何なんだ、あの先生は。
「えー、では、改めて自己紹介をします」
西尾先生が喋り出す。
「僕の趣味は読書。と言っても絵本でも、歴史書でも、雑誌でも、漫画でも、電子書籍でも、ケータイ小説でも、広辞苑でも、英和辞典でも、漢和辞典でも、六法全書でも、画集でも、詩集でも、写真集でも、新聞でも、その4コマ漫画でも、どっかのミュージシャンのファンブックでも、訳の分からない機械の取り扱い説明書でも、行く予定の無いツアーのパンフレットでも、赤の他人のノートでも、1歳児のスケッチブックでも、名前を聞いたこともない流派の武芸書でも、何も書いていないA4紙でも、縮尺の怪しい世界地図でも、動物の図鑑でも、インターネットの掲示板の書き込みでも、ハリウッド映画の英語のままのスタッフロールでも、寺子屋の教科書でも、初回のギネスブックでも、その他諸々なんだって読みます」
後半のものは読んでも読書と言えるのか?
「因みに性格は、そうだな……無口だ。どれくらい無口かと言うと、喋らな過ぎて場が重くなって床が抜けるくらいだな。前に僕と同じように無口な人と一緒にカフェでコーヒーを飲んでいたらカフェの空気が重くなって全壊した。またある所ではかなり喋る人とショッピングセンターに買い物に行った時にマネキンが全部倒れました」
全然無口じゃねえよ! かなり喋ってるぞ!
「という嘘です」
嘘なのかよ!
「好きな異性のタイプは、背が高くて、痩せてて、髪が短くて、気が短くなくて、素直で、泣き虫で、本好きで、犬好きで、バッハが好きで、運動神経抜群で、頭が良くて、程よく綺麗好きで、色んな人に気を配れて、友達が多くて、明るくて、大らかで、優しい、そんな女性です」
条件多いな!
「でも、背が低くて、太ってて、髪が長くて、気が短くて、我儘で、怒りっぽくて、本嫌いで、猫好きで、モーツァルトが好きで、運動が苦手で、頭が悪くて、潔癖症で、自己中心的で、友達が少なくて、暗くて、神経質で、厳しい、そんな女性も好きです」
結局、誰でもいいんじゃないか!? バッハの反対はモーツァルトなのか!?
「では、質問タイム。どんな質問でもいいですよ。彼女はいるのか、付き合った事のある女性は芸能人の誰に似ているか、無人島に1つだけ持っていけるものがあるとしたら何を持っていくか、願いが1つだけ叶うなら何を願うか、好きな漫画は何か、好きな惑星は何か、好きな星、好きな星座、好きなアイドル、好きな歌、よく見るテレビ番組は何か、ギリシャ神話で何の神が好きか、カーテンの柄は何か、時計はロレックスでスーツはアルマーニなのか、ガムを最高何分噛み続けたことがあるか、デジタル時計を見た時に数字がぞろ目で喜んだことがあるのは何回か、家の住所、ケータイの電話番号、車の車種とナンバー、親戚の名前、見たことのある有名人、母の臍繰りの代金、父の浮気の回数、友達の人数、同窓会で名前を覚えてもらっていたか、等何でもOKです」
よくある質問から聞いたことない質問まで、例を出しすぎだろ。
「はい!」
『歩いて走って踊れる噂情報誌』こと兵法が手を挙げる。
「西尾先生は散歩が好き、とい噂を耳にしたのですが、本当ですか?」
もう噂が回ってるのか! 早くないか!?
「よく知っているね。確かに僕は散歩が好きです。日曜日に本を図書館から10冊借りて5時間散歩します。そして家に帰る前に本を返します」
「全部読むんですか?」
「勿論。全部読まないと返さないよ」
生徒が質問している時は流石に喋らないようだ。
「つまり、30分に1冊読み終わるんですか?」
「その通り」
「速読なんですか?」
そりゃそうだろう。そうじゃなくて30分に1冊って何の本なんだ?
「いや、速読ではないです」
違うのか。じゃあ、絵本でも読んでいるのか?
「文庫本を持って散歩します。だが、速読では無く、普通に30分で読み終わります」
速読ではないけど、読むのが速いのか? 境界線はどこだ?
「僕は速読ではないので分かりませんが、速読をすると感情移入出来ないらしいんです」
そうなのか?と大愛に小声で訊く。頷く大愛。へえ。
「本を読むからには感情移入したいので速読はしません。なので泣きながら散歩をしていたこともあります」
一種の不審者じゃねえか。
「その時は何故か犬の散歩をしている女子高生も、健康の為に何歩も歩く人も声をかけてくれませんでした」
当然だ。俺だって声はかけない。道の端に寄って歩くだろう。
「わたしも質問いいですか?」
大愛が手を挙げる。珍しい。
「どうぞ」
西尾先生が微笑む。
「先生は何歳ですか?」
そういえば、西尾先生はあれだけ色々言ってたのに年齢を言っていない。
「えっ、気にしますか?」
「一応」
普通に喋ればいいのに。何で先生は話さないんだろう。
その時、終業のチャイムが鳴った。
「おっと、時間だ。その質問にはいつか答えましょう。次は体育ですね。早く着替えて遅れないようにしてくださいね」
そう言って西尾先生は教室から出て行った。
「えっと、号令はいいのか?」
谷沢が気にしているが全員が無視。いや、イジメている訳ではない。みんな、着替えをするから動いているだけ。
「何なんだ、あの先生は」
俺は呟いた。大愛も頷いた。闇雲も頷いた気がしたが振り向いた時にはもういなかった。相変わらず怖い。
「まあ、いいか。早く着替えよう」
そうやって西尾先生の件、終了。