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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv1:『出会い』
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Level9:『都市の暗がりに冒険者は罷り通る』

 夜の街に通りを行き交う足並みは決して多からぬ。暗闇のはびこる街の中心には、にわかに人家の灯が届くばかりだ。

 闇に隠れて中央広場に向かい、そこからウィリアムは“バリー総合商店”の様子を伺った。そこにあからさまな見張りの姿は見えない──が、もちろん、無防備なはずもない。その点は、前もって調べがついているところだ。

「……」

 路地の間から視線ばかりを覗かせて、息を潜める。街全体を回る守衛ガードとはまた別に、屋敷の周辺を巡回し、不審者の存在に目を光らせる者がいた。恐らくは商店子飼いの私兵であろう。あるいはそれが雇われの冒険者か、それはウィリアムに区別のつくことではないが、ともかく、彼らが商店の屋敷、その周囲に配置されていることは確かであった。

「……行こう」

 そしてウィリアムのなすべきことは、機を先んじて不意を打つこと。狙うべき隙は、即ち彼らが飽くまでも“商店”の警護を任としている、ということだ。他方へ警戒の目を光らせている、その時、その身自身は限りなく無防備である。

 ウィリアムは夜闇に紛れて通りに躍り出て、警邏する兵のひとりに、背後から取り付いた。すぐさま、外套の内から剣を引き出す。その足音に振り返られるよりも早く──遮二無二に剣先を、装甲の隙間を縫って突き出した。

「が……っ!?」

 軽装の革鎧レザーアーマーに身を包んだ男であった。ウィリアムはそのうめき声を聞きながら、刃を突き込み、抉り、引き抜く。噴き出す血流につれて、赤い飛沫が地を濡らした。武器を握る腕を殺し、確実に無力化する。殺しはしない。男が、口を開く。

「──敵襲ッッ!!」

 残る力を、命を振り絞るかのようにして、彼はその一言を叫んだ。どこまで届くものか、少なくとも人家の住民たちは厄介事に巻き込まれるまいと身を潜めるか、高みの見物となるだろうが──果たして、彼の一声からほとんど間もなく、人影がひとつ、向かい来る様子がウィリアムの眼に見えた。来ると知覚したその時も、暗闇に浮かんだその姿はぐんぐんと加速して、不惑に少年へと迫る。ウィリアムが身構え──男がその場を退き、そして白刃が強襲してきたのは、全くの同時であった。

 夜闇に、凶刃が輝く。ウィリアムは、一歩も引かず、真っ向から受け止めた。ギィンッ! と甲高い音を鳴らし、一瞬、散れる火花が暗闇を照らし出す。鎖帷子リングメイルに、白いラインが入った青の上着サーコートを着込んだ姿。打ち合うそばから相手方は刃を引き、すぐさま身を切り返すと、脚を払う一閃を繰り出した。流れるような動作。速い、と思いながらもウィリアムは身を退き、距離を離す。脚をやられるのは、まずい。機動力は少年の生命線だ。

「グレイ、すぐに退けッ! 応援の伝令を頼む!」

「──了解、ですッ」

「……」

 女の声であった。男がそれに応えてよろけかける身体をひきずり、赤い雫を点々と零しながらも走り出した。ウィリアムはその様子を無言で見逃し、敵方と相対する。彼女は恐らく、私兵部隊の中でも隊長の座に位置する者だろう。異常事態にすぐさま駆け付けてみせたということは即ち、己の配下にまで気を配っているということの証左でもある。それは、上に立つ者としての、行いだ。

「……少しはやるようだな。賊」

「……」

 彼女の言葉に、ウィリアムは──答えない。声も発さず、顔も晒さず。身体そのものを包み、覆い隠している。なるほど賊と称されても文句の言えない姿だった。それでもウィリアムは、静かに剣を構えた。身を伏せるように沈めて、開けた間合いをはかるように刃をかざす。刹那、彼女の髪が揺らいだ。ほのかな女性らしさを残す、肩口で短く切りそろえられた赤髪。それがふわり・・・と先触れのように揺れて──再三、刃が落ちる。ウィリアムの脳天を目掛けて。

 がきんっ!

 鋼の音を鳴り散らしながら、ウィリアムはようやっとのことで、一閃を受け止める。ウィリアムとほとんど背丈の変わらない彼女の剣は、男女の体格差などという概念をものともしない。その上、剣戟、衝突インパクトの瞬間、ウィリアムの掌に感じられた膂力は──女性の細腕であるということを、まるで感じさせもしなかった。その強靭さに、ウィリアムは、少なからず戦慄する。

 女が、ウィリアムの全貌を、真っ向から見下ろした。まるで外套の向う側を見透かすかのような、透き通った蒼の瞳であった。

「何が目的かは知らないが──切り伏せさせて貰うぞ」

 肉薄する刃が、押し込まれ、ウィリアムに迫るところを、すんでの所で弾き返す。それでも押し返し切ることは適わず、彼女がにわかに距離を離すばかりに留まった。ウィリアムの手の中には未だ、激突の衝撃から来る痺れが残っているというにも関わらず。おまけに長時間この状況のままでいれば、じきに援軍が駆けつけて来るであろうことは想像に難くない。あまり長い間は持たないな──と、そう考えながら、少年は再び剣を握り締める。

 女へと攻め込めるような隙は、あいにくながら窺えない。徹底した守勢の姿形で、ウィリアムは構えた。


 一方のエリオは、徹底した暗躍を続けていた。闇に潜み、影に隠れ、路地の裏を行く。民家の灯を厭い、人目を避け、敵襲の声に引き続いて、中央広場で騒動が巻き起こっている様子を気取りながら、“商店”の裏へと回る。その目的は、なんてことはない。こんなものは、盗賊たる彼がやってきた、いつものこと。即ち──裏手からの不法侵入である。不思議な事に裏側に当たる見張りの姿は見られなかったが、エリオは何構うことない様子で、屋敷の壁面に取りついた。

 石壁の取っ掛かりを探る、エリオ単独での暗闘が密かに開始される。手探りの動きは、どこかおぼつかない様子だった。というのも、これはまずもって容易なことではない。足元がおぼつかないなどという話以前の問題であるし、登頂最中で誰かの目に触れれば、それでオジャンなのだ。射掛けられてしまえば、当たろうと当たるまいと、これはまず落ちる。落ちて、おしまいだ。そんな戦いを強いられる青年の心中はいかばかりか、沸き上がる不安を経験から来る自信によって──そして、飽くまでこの“作戦”は、己一人で挑んでいるものではないのだと、そう言い聞かせて、挑む。

 この時すでに、エリオの手の震えは、不思議といくらか収まっていた。

「行くかァ」

 鉤爪とロープ、それだけで十分だ。出来ることならば梯子でも持ってきて尺を稼いでおきたいところであったが、何せかさ張る。致し方ないと諦めて、ついに脚を掛けて──行く。

 だが、いざ行けば、実際には数分とかかる仕事ではない。というより、それ以上の時間をかけていられる余裕は無い、と言った方が正確だろうか。四階の硝子窓から内側の様子を覗き込めるまでの高みに至ったエリオは、腰に提げた刃を引き抜く。この世の中、例え金満家でなくとも、硝子張りの窓は珍しくない。人間が“魔法”という名の火力をコントロールし得ているのだから、当然のことではあった。

 ゆえに盗賊であるところのエリオが、その技術の発展に合わせた、“硝子をも斬りうる鋭さの刃”を持ち合わせていることもまた、自然の成り行きと言えよう。刃で硝子を鮮やかに切り抜くと、音を立てることなく邸内への侵入を果たす。緊急事態の為に窓からロープを降ろしながら、エリオは周囲の様子を見渡した。赤い絨毯の敷き詰められた廊下、壁際には何ぞと知れぬ絵画、そして部屋への扉が幾つもと立ち並ぶ。さてどうしたものかとエリオは思索する。

 今回、彼──否、彼らの目的とするものは、即ち、情報。一介の薬屋への襲撃に関与する証拠か、あるいはそんな大層なものでなくてもいい。何刻なんどきに騒動を起こそうとしているのか、それを知る者に、全て吐かせてしまえば良いのだ。前もって知ってさえいれば、いかようにでも対処できよう、と、そういう運びになるのだが、此処からは全くの手探りである。

 取りあえず偉そうな奴がいる所と言えば最奥が相場だろう。安全面からしても──というわけで、エリオは左右に人影が見当たらない様子を確認すると視線を切って、まずは屋敷の南側へ向かうことにした。今エリオがいる廊下のど真ん中が、ちょうど南北の境目に当たっている。足音を立てないよう、しかし急いでエリオが歩み出した、その時だった。

 ズドン!! と、戦術級の魔術でも炸裂したかのような衝撃を、エリオはその身に感じた。否、紛うこと無く、背後から、撃ち込まれていた。青年の痩身がまるで飛ぶ鳥のような勢いで吹き飛び、高速を保ったまま壁に叩き付けられて、ようやく留まる。

「……げほッ、がァ……ッ!?」

 止まりながらも、その身に受けた損傷は、凄まじいものがあった。ごぽりと泡立つように、口腔から血塊が溢れ出す。冗談ではなく、なぜ自分の体が壁にめり込んでいないのか、エリオは不思議なくらいだった。まるで何をされたのか理解出来ないまま、金髪を掻き乱して、エリオは立ち上がった。己が元いた場所に、視線を向ける。

 黒尽くめ。いつか見たその影は、邸内であるにも関わらず、何も変わらない姿で、そこにいた。

「全く都合の悪いタイミングで鼠が入り込んでくれたものです──急所も躱したようですし」

 その影が、静かに拳を引いた。

 拳。拳か。砲弾でも撃ち込まれたようなあの衝撃は、彼か彼女かの、拳の一撃によって果たされたというのか。そんなものは、まるで、化物フリークスだ。エリオは心中、愕然とする。

「まあ、良いでしょう。どうせ、今夜には全て片が付くのですから」

 ゆらりと、頭巾フードの下から覗く翡翠色の視線が、エリオを射抜いた。冷たい瞳だった。否が応にでも彼は理解する──己は今、猫に追い詰められた鼠程度の存在に過ぎないのだと。

 しかし、それでも彼は、生き延びて、逃げ果せなければならなかった。それも、可及的速やかに。でなければ、今、相手の口から零れた何気ない言葉──そしてエリオ達にとっては極めて重要な情報──も、一切の意味をなさないのだから。死人は、口を効かない。

 静かに刃を抜きながら、エリオは相対する。出来ることならば今すぐ逃げ出したいが、そんな隙は見当たらなかった。悪あがきの代わりに、エリオは言葉を投げかける。

「──よう。先日振り」

「御機嫌よう」

 挨拶に答えると同時、“それ”が踏み込んできた。廊下を疾駆し、一瞬にして彼の身に迫る。静かに刃を翳すが、果たしていかばかりの仕事をしてくれようか。エリオは瞳を見開いて、身構える。

「そして、さようなら」

 腰だめの拳が、真っ直ぐに振り抜かれた。


 事は城壁に程近い区域に移る。というのも、その地域こそが、薬屋『黒枝』の位置する所であった。そして、当の一軒家を暗がりから見やる男達がいた。男達──それは大よそ十人規模、否、それ以上に及ぼうかという極めて穏当ならぬ集団であった。

「ホーク団長ォ、多分あそこで間違いねえッスよ。怪しげな看板かかってましたし」

「多分たあ何だ、ああ!? 転がすぞ!?」

「まあまあ声がデカいですよ団長、で、どうします」

「火つけてみるとかどう?」

「良いねぇ~」

「やった! 久しぶりに若い女の肉を引き裂けるんだな!?」

「普通そこは犯すとかからだろォよしっかりしろよ」

「つか死ぬだろ」

「火つけても死ぬぞ」

「死んだら困るねぇ」

「いいや、炙り出すには丁度いいな、出てこなかったら、そうだな、ガードのふりでもして攫ってやろう」

「流石団長!」

「頭いいッスね!」

「天才だわ」

「肉……」

 ──といった風に、喧々諤々の様相。下卑、下衆、あるいは野卑、そんな言葉がいかにも似合いといった有様。それぞれがそれぞれ好き勝手に喋り散らす声が、夜をはばからない喧騒を織り成していた。彼らは一様に男で、そして控えめに言っても小奇麗と表現できる風体の者は見当たらない。いわゆる山賊か、盗賊か、傭兵団の類か。それを戦力として見るなら、もはや一個の群体として勘定すべきだろう。

 しかし何はともあれ、ひとつ確実に言えることがある。彼らは今、クロエに迫る強大な脅威たりえる存在であるということだ。それも、極めて絶望的な種に属する。

 一通りの話をまとめ終えると、これまで協調性の欠片も見当たらなかった彼らはしかし通りに飛び出すと、速やかに店舗の周囲を囲い込んだ。男らのひとりが石を打ち、炎を起こす。ごうと暗闇を照らす光が木の棒に移され、まさにその一軒家に火をかけんとした。

 その時だった。入り口の扉がきぃと音を立て、開かれた。現れたのは、少女だった。武器も持ちあわせておらず、護衛の一人すらも無い、ただのひとりの少女。そもそも、自ずから出てこられるという展開を予想していなかった男達は、思わず目を見張った。

 それは少女の風体が、些か物珍しいものであったことも、あろうか。

 肩を撫で、丈は踝のすぐ上まであろうかという長衣。前で打ち合わせた衣を帯で抑えた姿は、遙か東国より伝わる着物という衣装に酷似していた。渦巻や括弧などの不可思議な文様が直線と曲線によって織り成され、左右でシンメトリになるよう装飾が施されていた。地の色は、大地のように赤茶けた色彩。その上を橙、藍、黒、赤、白──独特の色使いの刺繍が躍っている。それは至極色鮮やかながらもきらびやかというよりむしろ大人しく、悠然としたものを感じさせた。

 果たしてそれはいずこかの民族衣装に違いないだろうが──同時にそれは疑いなく、少女にとっての正装でもある。そう思わせる程に、幼い容姿ながら堂々とした立ち姿を彼女は見せていた。──クロエだった。

「……やめて」

 闇に、ぱちぱちと火花の弾ける音がした。

「やめて──下さいませんか」

 涼やかな声が通る。先日は店の奥に控えていたがゆえに見受けられなかったが、今日のこれは間違いなく、彼女の店の主としての姿だった。

 店を守るべき主──クロエとしてはやはり彼らの存在に対して、無自覚にはいられなかった。視線は多方面から感じられ、仲間が分散して待機しているのだろうかと──そう考えられる状況。窓から外の様子を覗けば彼らが店舗の周囲を囲い込む様子を、見て取ることが出来たのだから。──飛び出さないわけには行かなかった。

「ふうむ」

 一瞬、男衆が呆気に取られたような状況で、いち早く平静を取り戻した男がいた。周囲からは団長と呼称されていた男であった。彼、ホークは鋭い目付きで少女の姿を見据える。そしてざっくりと短く切られた茶髪を掻きむしりながら、「そうだな」と思案げに呟いた。

「俺らとしても、店はどっちでもいいんだな。別にこのちっちぇえ店が焼けようが焼けなかろーがどうでもいい」

 単に焼きたかっただけのひとりの男が不平の声をあげたが、意に介さずに、彼は続ける。

「でも、こっちとしても仕事があるんだよなァ」

「……」

 クロエが視線を返し、無言で促す。“きっ”と強い目付きを心がけてはいたが、それはやはり、幼い少女が強がっているようにしか見えなかった。周囲を十人規模の男に包囲されて、その上での振る舞いと鑑みれば、そのくそ度胸ばかりは評価に値するだろうか。

「大人しく攫われてくれ」

「お断りです」

 下卑た笑みに、少女の声が間髪入れず返礼する。

 ──集団が、にわかに殺気立った。

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