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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv1:『出会い』
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Level8:『暗躍』

 奇妙な人影を、張り込む。否、それはもはや追い縋るといっても良い。気配を消すよう努めていたにも関わらず──エリオの尾行は明らかに感づかれ、気づかれていた。人の行き交う道に紛れ込まれて、それでもなんとか、外套を翻す姿を視界のうちに収める。

 その身が駆ける様は、異様なまでに速い。加えて、体力も尋常ではない。ずっと走り続けているにも関わらず、エリオの方が先に力尽きそうなほどだ。仕草や言葉の端々から見て取れる繊細さに、女かと、彼は考えていたのだが──果たしてその認識を改める必要があるかもしれない、とエリオは思考する。

 裏路地に滑り込んだ影を、追跡する。何度となく角を曲がり、三叉路を追い、しまいには方向感覚を失いかねないほどに愚直に走る。かろうじて、角を曲がる直前にその姿を見止めてはいたが、いつ撒かれてもおかしくはなかった。

 その時。

「……──!」

 唐突にエリオは、黒い影と向かい合っていた。彼は思わず眼を見開く。恐らく“それ”は、右往左往する最中に、自身の姿が彼の視界から消えた一瞬を見計らない──その身を切って返したのだ。ほんの刹那の出来事。尋常ならば、それこそすれ違う時を捕まえれば良いと、考えただろうが、とてもそんな生ぬるい速度ではない。エリオが身を返すよりも早く行き違い、路地に紛れられる。咄嗟に来た道を引き返すが、そこにはすでに、影もかたちも伺えない別れ道ばかりがあった。

「やられた……痛み分けか」

 ぐったりと、棒切れのようにままならない脚を引きずりながら、エリオはぼやく。しばらく立ち尽くしたまま、空を見上げた。陽はにわかに陰り、そして赤く染まっていた。


 城塞都市『カタラウム』の中心には、中央広場が存在する。刻限によってはこの広場で流れの商人たちによる市場が催され、あるいは公開処刑が行われ、そして広場の周囲には聖堂教会や身分の高い貴族の屋敷、そういった錚々たる建物が通りに面して立ち並ぶ。街の中心部、ここに、“城塞都市”最大を誇る雑貨屋『バリー総合商店』は存在していた。それこそ、公の庁舎とも見まがいかねない規模で。

 全四階層、その最上階、最も奥まった一室──誰しもが容易には踏み込みかねる領域に、男はいた。男は、商店の主、バリー・バルザックだった。齢二十五を超えてにわかに髭をたくわえた茶髪の男。壮年と呼ぶには、まだ少し若いだろう。恰幅よく、目に見えてきらびやかではないが、身につけた衣服も上質の布の類と知れる。反して、室内の家具などは一目でわかるほど豪奢な代物ばかりであったが。

「報告を、聞こうか」

 男は椅子に座したまま、問うた。ぎしりと椅子の足が軋む音を立てながら、振り返る。

「件のことを依頼した──賊逸れの男の件ですが、本日、お断りの旨を頂きました」

 そこにいたのは、彼の言葉に答えたのは、あの黒尽くめの姿だった。室内でも、この状況でも、その風体は些かも崩れていない。そして、主としているのであろう男の前ですら、その素顔を晒すつもりは、毛ほどもない様子であった。

「……腕利きと聞いていたのだが、な。所詮は破落戸ゴロツキか」

 使えんな、と嘯くバリーの表情は、己が従者にも背を向けるばかりで、うかがえはしない。ただ不機嫌そうな様子ばかりは、一目で見て取れるほどに明らかであった。

「言い含められておりました様に、前金は、口止め料とするようお伝えしましたが──受け取りをお断り致されました。返却には応じておりませんが」

「既に漏らしたのやもしれんな」

「いかがいたしましょう」

「機会があれば消しておくに越したことはないが、そうだな。捨て置け」

「了解致しました」

 黒尽くめの姿が、静かに頭を下げた。背を向けていた男が、ぎしりと座椅子をきしませながら、向き直った。その表情は──苦虫を噛み潰したかのように、苦々しげなものであった。思案げに瞳を細めると、目の前にたたずむ姿へ、視線を落とす。

「……代わりが要るな。先日、賊の集団が都市に入ったようだ。話を付けられるか」

「確かなことならば」

「間違いあるまい」

 その言葉には一片の疑念すらも無い。一介の大商人の風情すらも漂わせるが──なんのことはない、恐らくは門の周辺を警護する衛兵なぞに金を握りこませて、情報を得ているのだろう。断言する主に、従者は答える。

「では、明日にでも」

「多少の荒事は構わん。出来る限り、早く、そう──」

 苦い相貌が、それこそ、忌々しげなまでのものへと、変ずる。ぎり、と歯を噛み締めた。

「“魔導十哲アウトサイダー”の──あの婆さんが、戻らん内に、迅速にだ」

「委細、承知しました」

 恭しく礼を落としたその姿を見届けると、「行っていいぞ」と言い含める。そしてバリーはまた、ぎしりと椅子を軋ませ、机に向かった。男が向かっていたのは、商人ギルドへの報告書であった。月毎の売上高、そしてギルドに上納する金貨の枚数。

 ──のし上がってやるのだ。そのために、男には、ギルドの流通経路にも存在していない、かの薬屋の商品が必要であった。交易商の言葉に寄るならば、「ハズレがない」と語られるほどの品なのだ。──否、必要ではないのかもしれない。しかしそれは、目に見えてはっきりと分かる、近道だった。それによって手に入る金貨の枚数、そしてそれ以上に、ギルド内での男の地位の向上は、計り知れないものがあるだろう。

 穏便な話し合いも試みたが、それが実を結ぶことはなかった。

『あなた方と──ギルドと契約を結ぶことは、即ち、組織での独占を認めることになるわね。頷きかねるわ。この店にはね、そう、ずいぶん昔、十数年と前から、取り引きさせて頂いている流れの商人方がいらっしゃるのよ。あなたの提案を受け入れることは、彼らへの裏切りだわね。お話は、有り難いことですが────お断りします』

 細く痩せた老婆の、しかし芯の通った力強い言葉が、バリーの脳裏に反芻される。忌々しい。だが、同時に、道理だとも思う。だから、許せとは考えない──ただ、行うだけだ。人攫いでも、人殺しでも。

 不意に振り返ると、男の従者は既にいなかった。きっと、言い付け通り、すぐにでも話を付けに、街中の酒場を駆け回るのだろうか────さて。

 当の黒尽くめの影は、“商店”四階の廊下で、先刻の会話を反芻していた。従者は、ひとつだけ、商店の主に嘘を吐いていたのだ。厳密には、はっきりと嘘を吐いたわけではないのだが──似たようなものだ。彼か彼女かは、全く不覚を取ったものだと、頭巾のもとで、表情を歪める。そして、外套の内側に、その掌を差し伸ばした。その中から取り出される、包みがひとつ。

 そこには、金貨が十数枚ほど、つめこまれていた。

 それは──受け取らなかったはずの、あの、一包の金貨であった。

 たったひとつだけの、不覚。機会はあの時、エリオとこの身が重なり、そして擦れ違った、あの一瞬しか無いだろう。“スリ”と同様の技法にして、全く逆の用法──即ち、“しのびこまされていた”のだ。

「……捨て置け、でしたか」

 是非に消して・・・捨ておかねばなりませんと、影は、ひとりごちた。


「というわけで困ったことに、確認は取れずじまいなんだな、これが」

 エリオは軽く肩を竦めてそういった。どことなくくたびれた姿をしている。というのもやはり、散々と追走劇をくり広げた弊害であろう。実りがゼロというわけではないが、成果は著しくない。そんな調子で青年は、薬屋の一室へと戻って来ていた。

「まあ、元より足が出る間抜けは期待し難かったしな……」

 ウィリアムが顎に掌を宛てがい、呟く。傍らには、朝から昼にかけて眠るという人間として間違った生活を過ごしたクロエが、憂いを含んだ表情で、思案げに窓の外を見やっていた。空はすでに、仄暗い。

「金は突っ返してやったがね、大した意味があるわけでもねーし」

「……そうでも、ない」

 エリオの何気ない言葉に、クロエがぽつりと呟いた。ウィリアムとエリオが、ほぼ同時に少女の方へ視線を向ける。彼女は、どこか遠く──否、確かに一定の方角を見つめていた。こくりと頷くと、クロエは二人に視線を返す。確信を掴んだ、という表情であった。

「──熱源を探知した。金貨は今、あそこにある」

「……あ」

 忘れていた、という表情で、エリオが呆けた声を漏らした。クロエの指差す先には、街の中心がある。クロエが実に何気なく言っていたためか、まるでそのことはエリオの意識の外であったのだ。流石と嘯きながら、ぽん、とウィリアムが彼の肩を叩く。

「まあ、結果往来だろ」

「んだな」

「……うん」

 そこはかとなく、軽かった。

「で、なにか手はあるのか」

 エリオの問いに、ウィリアムは、ニ、と笑った。

「僕らが問題とするのは、襲撃者だ。で、更に大きな問題が、この襲撃者と、仕手──つまり商店側の関係が、証明出来ないってことだ」

「あァ」

 だから──と、ウィリアムが続ける。

「この繋がりを、明白にする。明白にして晒してやるんだ」

「方法は、あるんだろうな」

 その言葉に、クロエがこくりと頷いてみせる。瞳を細めて、二人に視線を渡し、そして、ゆっくりと口を開いた。

「…………詳しくは、夕食のあとに」

「やった!」

「よしきた」


 ────そして、前準備に奔走する一日が過ぎ、次の夜が来た。

「行くか」

 エリオの装備は常のそれと変わらなかった。軽装にロープだの鉤爪だのの小道具を携え、腰には短剣を一振り帯びている。が、出来得る限り身のこなしを優先してのことか、外套は身につけていなかった。

「僕も行ってくる」

 代わりに、その外套──身体を包み、覆うことを主目的としたクロークは、ウィリアムが身につけていた。フードでその相貌をも隠して、その姿はいつかの黒尽くめにも似た風体をしていたが、黒ではなく茶こけたカラーリングであるため、その印象は随分と異なるだろう。

「ウィル。もってけ」

「うん?」

 エリオがぽんと長物を放り投げた。布に包み込まれたそれは、受け取ったウィリアムの手にずしりとのしかかってくる。全長にして一メートルほどもある。布をほどくと、現れたのは、幅広の剣の鞘だった。

喧嘩用の剣カッツバルゲルだ」

「高かったんじゃないか」

「借りてきた」

 エリオが悪辣に笑ってみせる。ウィリアムは、笑いながらもため息を一つ吐き出した。どこかでかっぱらってきたんじゃないだろうな──そう思いながらも、受け取る。何にせよ、使わない手は無い、と考えたからだ。金欠のために安物の細っこいロングソードを振り回してきたウィリアムにとって、これほど有り難いものはない。その外套の内側に一刀を携えて、振り返る。

「クロエ。出来るだけ急ぎで戻ってくる、けど、用心しておいてくれ」

「……うん。いってらっしゃい──無理は、しないで」

 逃れ得ぬ緊張感を覚えながらも、クロエはかすかな笑みを浮かべて見送る。

「応」

「オッケエ」

 そして互いに頷きあうと、深夜の街の中心に向かって散って行った。

 作戦、開始。

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