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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv1:『出会い』
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Level7:『前哨』

 太陽が、昇っていた。窓から、まばゆい陽が差し込む。ちゅんちゅんと鳥の鳴く声が聞こえる。夜が、明けていた。

「クロエ」

 ウィリアムが、爽やかな朝に相応しからぬ、沈んだ声で呼びかける。

「……なぁに?」

「店、開ける気か」

「……うん」

 こくりと、クロエは頷く。当然と言ったような仕草だ。しかしその瞳の下には、大きな隈が出来ていた。明らかに、げっそりとしていた。体力に乏しい少女にとって、ほとんど一睡もしていないような状況は、辛かろう。

「馬鹿。店番くらいなら僕が出来るけど、調合一つ取り間違えでもしたら大惨事だろう」

「……うん」

「クロエ」

「…………」

「クロエェェェ」

「…………うん」

 半ば瞳を閉ざしたまま、胡乱な声とともに、こくこくと少女が頷きを落とす。ウィリアムの、割り合い必死な呼びかけにも動じるところがない。というか、明らかに限界だった。このままでは、立ったままで眠りこけるなんてことが十二分にありえる。

「まあ、クロエ、っつうんだな? 嬢ちゃんは寝かせとけよ」

「……うん」

「かなり駄目っぽいから、そうする」

 エリオの言葉に、ウィリアムは頷く。クロエは相変わらず、頷いていた。おそらく、否、むしろ確実に無意識の挙動である。ずるずると少女をベッドに引っ張っていくウィリアムの様子を見守りながら、エリオは言った。

「というかだな、オレを解放していいのかい。このままトンズラする可能性だってあるんだぜ」

「……だいじょうぶ」

「いや、君はかなり大丈夫じゃない」

 エリオの身はすでに拘束されておらず、彼を戒めていたロープは床に転がっていた。別に縄抜けなどという器用な技術を披露したわけではなく、ただ純然に、解いてもらったというだけの話である。クロエの言葉に律儀に突っ込みを入れるウィリアムだが、彼女は構わず続けた。

「……貴方の金貨に、私の“熱”を込めておいた。魔法で、私との相対的な位置を、探知出来る」

「抜け目ねェ嬢ちゃんだ」

 ひひとエリオは笑い、ウィリアムはほうと感心したような息を吐いた。便利なものだ。先日、ゴブリンを相手に魔法をお見舞いしてみせたように、彼女の属性は“炎”に偏ったものか。そしてどちらかと言えば、攻撃的な物よりも、補助的な術を得意とするのだろう。

「そんな凄いことも出来るんだな」

「……ぐー」

「子どもの割にな」

「十五の僕より年上だぞ。十九だって」

「嘘吐け!! オレでも十七だわ!」

「まあ僕だってそう思うけどな!」

 エリオの見た目は年齢通りのもので、ウィリアムよりは背丈も高い。が、クロエの見た目は完全に年不相応である。東洋の血がそうさせるのか、しかしそれにしても、限度というものがあった。そんな益体のない会話をくりひろげながら、不意にウィリアムが切り出す。

「──実際の所さ」

「あァ?」

 その言葉に、エリオが首を傾げた。が、少年は構わずに続ける。

「ほら、僕らの金を狙っただろ」

「そんなこともあった気がするな」

「あれ、結局何の意味があったんだ」

「実力の“ほど”をはかる意味さ。ターゲットと連れ立った間抜けが一人。オレの見立てじゃ、あんたは大したことがねェと思ったんだがね、ウィル」

 エリオは気やすい調子でウィリアムを一瞥して、ひひと笑って言った。ウィルとは、ウィリアムという名に由来する愛称といったところだろう。ウィリアムは瞳を眇め、怪訝な様子でエリオを見返す。

「でも、あれ、かえって僕は警戒したぞ。実際、あのことが無けりゃ、まんまとクロエを攫われてただろうし」

 実際、目の前の盗賊シーフ、エリオの腕は、決して悪くない。むしろ優れている。例えば昨夜──玄関口の扉を開けていたのは、中の人間を引き付けておく囮の役割──それだけではなく、逃走の際、速やかに玄関口から飛び出すことが出来る、その選択肢を増やす意味も果たしていたのだ。そのこなれた仕事は、熟練者のそれをウィリアムに想起させる。そして、だからこそエリオに仕事を依頼したのだと思う。だがしかし、決してそれだけでもない。

「まあ、乗り気じゃねェ仕事だったしな」

「……損得勘定だけでもないんだな」

 だからこそ、力を貸してもらおうなどと血迷ったことを、ウィリアムは考えたのかもしれない。

「それを言うなら、あんたもだぜ」

「僕か」

「そうだ」

 エリオはウィリアムを指先で指し示すと、頷いてみせる。ウィリアム自身は不思議げに首を傾げたが、エリオは構わず言葉を続けた。

「別に嬢ちゃんを手助けする義理はねェだろ」

「まあ、無いな」

 少年は、あっさりと頷いた。だが、頷いた上で「けれども」と繋ぐ。

「僕一人でいるよか、クロエといる方が、世界が広がると思うんだよな。ついでに、命の恩人だ」

「ついでか」

「一山いくらの命だからな」

 さも当然とばかりに、ウィリアムは言い切った。身も蓋もない言い方だが、悪びれた様子はない。かといって恩義を感じていない──というわけでも無いようだった。

「世界──世界ねェ」

「世界が閉じてると、地位も金も手に入らないと思うんだ」

「あんたは本当に身も蓋もねェな!」

「欲しい物は欲しいだろ。他人に媚びへつらってまで欲しくはないけど」

 平たく言えば──今の僕は、そう、仲間が欲しいんだ。

 ウィリアムはそう言うと、へっへ、と照れくさそうに笑った。エリオは、人が悪そうにひひひと笑い返す。こつんと拳を重ねて悪童の語らいを打ち切った後も、エリオは何度も、得心がいったように頷いていた。

「なるほど、なるほどな。そんじゃ、オレはやらなきゃならんことのために、駆けまわってくらァ」

「っていうと」

「雇用主様を探さなきゃな」

 なるほど、とウィリアムは頷く。こちらから探ることの出来る手がかりは、そこしか無いと言っても良い状態だからだ。くだんの商店が怪しいのだと目星あたりをつけていても、確証は無い。

「適当に話つけてくるぜ──嬢ちゃんの護衛は頼まァ、オレ以外の奴が雇われてないとも限らねェし」

「攻めこむための悪知恵でも働かせておくよ」

「そいつぁイイな」

 そう言ってきびすを返すと同時──唐突に、何かを思い出したかのように、エリオが振り返った。ウィリアムに、かたく握った拳を向ける。そして、人差し指と中指の間に親指を挟むサインをしてみせた。

 それを見た少年は、取りあえず本気殴りを食らわせた。吹き飛ぶような勢いでエリオが部屋から退出していく。

 思わず額を掌で押さえながら、ため息を吐いた。

「……うぃる?」

「なんだろう」

「……すぅ」

 ウィリアムは、ベッドで伏せるクロエの様子を覗きこむ。見ると、静かに寝息を立てる少女の姿があった。

「──寝言か」

 随分とやかましくしてしまったのが宜しくなかったのだろう。少年は静かに反省する。本日休業の看板を提げてこないとな、と、少女の寝顔を見守りながら、ウィリアムは思った。


「依頼の、キャンセルですか」

「あァ」

 昼過ぎの街の酒場で、金髪碧眼の青年と奇妙な人物が、テーブルを隔てて向い合っていた。青年は、エリオだった。先日と変わらぬ軽装で、燃やされ焦げ付いた衣服も元通りといった姿で、青年はそこにいた。真っ直ぐに、向かい側に座する奇怪な人影を見据える。

 その人物をことさら怪しく思わせるその要因は、ひとえにその風体にあった。

 真っ黒な頭巾フードで目元すらをも覆い隠し、同色の外套クロークがその身を包み込んでいた。人相どころか体の線をすらをも窺わせない、徹底した正体不明っぷり。夏も近しい温暖な気候、空気は乾燥しており、過ごしやすいとはいえ──その姿はあまりに奇妙で、面妖で、必然的に人々の視線を集めた。しかしその人影は、怪しく思われることを、全く意に介していない様子だった。怪しく思われてでも、その身元を隠蔽することを、全てに先んじて──優先していた。

「話が違うぜ、一人、護衛がついていた。そしてオレにはどうにも出来そうにない」

 エリオの語る言葉は、半分が嘘で、半分は本当だった。護衛──即ちウィリアムを指して言った言葉──そのものは、一対一で相対すれば、決して踏破し得ぬ敵ではない。だから、どうにもならないという表現は正確ではない。

 だが青年は、すでにウィリアムの言葉に“のせられ”ていた。ゆえに、エリオの言葉は実質的には真実だとも、言えるのだった。

「護衛──お話、聞かせて貰っても」

 相対する依頼主が、平坦な声で問う。

 性別さえも判然としない、感情のこもっていない声色。

「剣士の、男だ。まァ、ガキだな」

 暗に、ガキごときに打ち破られたという事実を、なんの気無く口にするエリオ。盗みを生業としていた青年は、ちゃちなプライドのたぐいを、ほとんど持ち合わせていない。

「……承知しました。お断りの旨、受領致します。前金は、受け取っておいて下さいませ」

「そうか? 用意しておいたんだが」

 エリオは首を傾げて、テーブルの上に金貨の包みを置く。元々から、返却するつもりであったのだ。

「構いません。ですが、お一つ、お約束を」

「なんだ」

「御依頼の内容を人口に膾炙致さぬ様、宜しくお願い致します」

 つまるところ──前金は口止め料として持っておけ、ということだと、エリオは解釈した。その言葉を聞いて、エリオは黙りこくる。守りかねる約束であったからだ。というより、すでに破ってしまっている約束だったからだ。神妙に瞳を細めて天井を見上げた後、ため息を吐き、こう言った。

「無理だ。持ってってくれ」

「当方としても受け取りかねますゆえ。ご了承下さいませ」

 その人影はそういうと、音も無く立ち上がった。それでは失礼致しますと、一言向けて、踵を返す。テーブルの上にはいつの間にか、エリオの分も合わせた支払い分の金貨が残されていた。

「……“商店”の子飼いだろうな、やっぱり」

 使いか従者か、それは知れぬが。一人テーブルに取り残されたエリオは、残っていたエールを一気に飲み干すと、立ち上がる。

 もちろん、彼か彼女かの後をつけるためだった。

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