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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv1:『出会い』
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Level6:『三人目』

 ウィリアムと青年が、刃を打ち合う。膂力は互角。勝負は、一進一退。ならば先に限界を迎えるのは、互いの体力ではなく──いずれかの得物。ガキン、と刃が跳ね上がった。ショートソードの鋼鉄の刃が、ウィリアムのロングソードの鉄の刃を叩き折ったのだ。貧乏性故に装備にかける金をケチったのが仇となってしまった形である。

「──ちッ」

「道ィ、開けなッ!」

 青年は、深追いをするつもりはない。既に無力化したウィリアムを碧眼で一瞥するのみで、そのまま出口、扉の方へとまっしぐらに駆け出す。パタン、と音を立てて戸が閉ざされる。クロエが、閉ざした扉のすぐそばで、立ち尽くしていた。それを見た青年は──もはや止まらなかった。否。むしろ少女を人質に取ってしまえばこっちのものと、一直線に駆ける。さながら猪のごとく。

 それがいけなかった。真っ直ぐに向かい来る様など、クロエにとって、マトに等しい。

「……ッ」

 その白い掌が眩い灯火を生み出し、それはやがて人の身を灼きうる焔の弾となる。ひうんと空を切り、クロエは無造作に掌を振るう。炎が、撃ち出された。──餌か囮かクロエに目の眩んだ青年には躱しようもなく、なすすべなく着弾する。火花が、弾けた。

「あッぢ!! あづァッ!! がああああああああッ!?!?」

 苦悶の声を上げ、もんどり打つように転げながら床に倒れこむ青年。それなりに端正、端麗であると言えたであろう姿が台無しにならんかという勢いで、火達磨と化する。猫が鉄板の上で踊るよりも幾らか凄惨で、そして愉快に痛快な有様ではあったが、クロエにしてもウィリアムにしても、このまま家屋が燃えてしまっては困る。というわけで、速やかに鎮火することにした。

「……えい」

「おんどりゃー」

「熱ッ!? いや痛ェッ!? 痛ッ熱ッ死ぬ! 殺せ! いっそ殺せ!」

 ウィリアムは剣の鞘を振り下ろしてボコボコと殴り、クロエはおもむろに青年を靴で踏み付け、焔を散らばらせ、小さくし、あるいはもみ消していく。

「……死んだら、困る」

「僕らが色々と聞き出せなくなるもんな」

 外道が、という言葉はひとまず聞こえなかったことにして、二人は消火活動に勤しんだ。無惨な光景であった。


 幾許か、というよりもかなり貧相になってしまった感のある青年を、ロープで椅子に拘束した。ウィリアムとしてもクロエとしても、青年の目的などを聞くことには意味があるような──というよりも、その必要があるように、感じられたからだ。実際に身の危険が及びかけたということを考えれば、尚更のことである。幸いなことに眼前の青年は、腕っぷしがいまひとつのようだったが。かすかに焦げた金髪の青年は──エリオと名乗った。向かい合わせに座するはクロエ、その傍らにウィリアムが立つ。

 クロエは青年の姿を見定め、ウィリアムは押収したショートソードを手の中で弄んでいた。

「……目的は?」

「考えりゃわかんだろ、嬢ちゃんを攫いに来た、そんだけさ」

「僕らはその先、“どうして”かを聞いているんだけどな」

 クロエが問い、青年が答える。エリオは拘束された状況でありながらも、どこか不敵な雰囲気を崩さないままでいる。先刻の蹂躙リンチからは幾許か精神の均衡を取り戻したようだ。したたかだな、とウィリアムは思う。存外に、立ち直りが早い。

「オレは一介の雇われ犯罪者だぜ、そんな事がわかると思うか?」

「……雇われ」

「雇い主は?」

「知らんなァ~」

 ぴゅー、ぴゅーと彼方の方へ首を向けて口笛を吹くエリオ。特筆すべき調子の良さである。

「よし、殺そう」

「待てよ。まァ待てよ。まあまあ待てよ」

 そして首筋に押し当てられる短刀の刃の感触、その冷たさに態度を急変させる変わり身の早さ。というよりこれはむしろ、ウィリアムの行動力に引きずられたのだろう。エリオの言葉を聞いてからの思考、判断、そして行動に移すまでの時間があまりにも短すぎた。迅速である、と言っても良い。躊躇など微塵も存在していなかった。エリオの額に、知らず冷や汗が伝う。

「オレが知らねェってのは本当だ、なんせ向こうが身元を明かさなかったんだからな、依頼してきたのも、何か後ろで企んでる奴なんだろォよ」

「内密に、露見したら困る……つまり、この街の人間だな」

「……恨みのあては、無いけれど。私を攫って、得をするひと」

 静かに、ゆっくりと、己の中で噛み砕くように呟きを落とすクロエ。

 ウィリアムが、薄々と抱いていた疑問。なにか、きな臭さ程度のものしか感じられなかった気配が──クロエの言葉によって、脳裏に実像を結んだ。意図せぬうちに、視線が釣り上がる。

「なるほどね、少年少女。オレが言うまでもねェ」

 ははん、とエリオは細い眉を潜めた。瞳を眇めて、嘯く。

「雑貨屋────か」

 ウィリアムが、苦虫を噛み潰したような面で言葉を吐き出した。静かな怒りが滲み出している様子が、傍目にも感じられる姿。暗い瞳に、微かな熱が灯っていた。

「…………どうして」

 少女の零す声には、憂いの色が隠し切れず、表出している。ゆらゆらと揺れる黒髪のもと、瞳が波紋を生み出すかのように揺らいだ。

「商人ギルドも取り扱ってねえ品を、生み出すことが出来る嬢ちゃんが、のうのうと、無防備に、一人になってくれてやがる、こんな美味しい話は無いぜ。仮に嬢ちゃんが製法を知らなくても、知ってる人間との取引に使えるだろ。で、客だって奪える。坊主丸儲けだな──金のなる木が落ちてるようなもんだ。誰だって拾う」

「……うん」

 頷くクロエの姿は──そう、言われずとも本当は分かっていたような、様子であった。受け入れがたい事実を他者から叩き付けられて、認めるしかないという表情。彼女に──あるいは彼女にまつろわる者に、向けられた悪意を。

「これからは身の回りに気を配る、ほか無いだろうぜ、嬢ちゃん」

 エリオの、その忠告じみた言葉を聞いて──ウィリアムはそこで、そういえばと前々から気になっていたことを問うた。それは決して、エリオの言葉と無関係ではない。

「クロエのお祖母ちゃん、いつから空けてるんだい」

「……五日前、から」

「エリオ、あんたが依頼を受けたのは」

「三日前、だな。急ぎの依頼で引き受けたがる奴も多からんでお困りの様子だったぜ──オレとしても、あんまし気持ちのいい仕事じゃあねェかったが、ま、悪くはねえ。前金も貰ったしなァ」

 エリオが道化た仕草で、太っ腹なこったァよと聞いていないことまですらすらと捲したてながら、縛られたまま器用に肩を竦めてみせる。

「……一週間もすれば、戻るって」

「つまり、詳しくは分からんが、向かいはその婆さんを恐れてるってわけだ。と、なると──」

 その婆さんとやらは相当なやり手なんだろォぜ、とエリオは天井を仰いだまま嘯いた。ウィリアムらが彼の言葉を丸ごと信じるならば、つじつまは合う。彼女の祖母の存在が防波堤となっており、そしてそれの無い今、クロエの身の上は極めて危険な状況であると、つまりそういうことになってしまう。

「“それひとつ”で毒を治療する、薬の調合。僕からすれば、十分に非現実的だな。万能薬エリクシールにも近しい」

 けれどもそれは実際に存在していて、それを為した人物こそが、クロエの祖母であるという。なるほどそれは、恐るるに足りた。戦闘能力がどうこう以前の問題として、不気味、なのである。あまりにも、底が知れない。その存在が大手方の手を警戒させていたと、考えられないことではなかった。

「向かいがたとしてもタイムリミット付きなわけだ──まあ、オレは降りるさ。約束する。オレとしては今は金よりも命が惜しい、平たくいえば解放して貰いてェわけだな。元々乗り気じゃねー仕事だ」

 ひひと整った容貌にそぐわぬ下卑た笑みを、わざわざ浮かべるエリオ。その様子を見ながら、ウィリアムは緩慢に立ち上がる。そのままエリオの前に立ち、ゆっくりと振り下ろした。

 そのまま、床に落ちる。それは、金貨の袋だった。

「……あ?」

「50Gだ」

「あァ、あの時オレの狙った」

「僕と、彼女で75G、山分けのつもりだったんだが」

「……つまり」

「実に“乗り気”になれると思う依頼だ。力を貸してくれ。あいつらぶっ飛ばす」

「……あァ!?」

 ウィリアムの言葉には、少なからぬ怒気が含まれていた。そう語る少年を前にして、エリオは驚愕の声を吐き出す。彼の足元には、金貨の詰まった袋が転がっていた。大金という訳ではないが、然し決して安からぬ金であった。否、彼のような、あるいはウィリアムのような一介の冒険者ならずものにとっては、大金だと言って差し支えは無いのかもしれない。

「オレみたいなのがどうこう出来る問題じゃねェよ」

「あんたがいるなら、目はある。いかようにでもらちを開けてやる・・・・・・・・

 目の前の少年を、エリオは狂人を見る目で見た。全く以てどうかしている。彼の言葉はすなわち、直接的には大商人、間接的には商人ギルドそのものを、敵に回すということだ。しかも、大した力も持っていないような、ただの三人の個人で。

「死んでも無理だ」

「どうせ一度僕に殺された命だろ」

「護衛の手を集めて、嬢ちゃんの祖母さんを待つのが確実だと思うがね」

「それじゃあ、根本は解決しない」

 そう言い切るウィリアムの背後で、口を噤んでいたクロエの、思案げに閉ざされた瞳がゆっくりと開かれた。真っ直ぐにエリオを見据える、蒼く澄んだ双眸。

「……私の望みは、お祖母ちゃんの店を、守ること」

「なら、尚更」

「……出来得ることを、出来る限りは、やる。……お願い」

 ちょん、と小さな頭を下げた。全く以て、どうかしている。しかしその望みが叶うのならば、それはとても、胸のすく思いがするだろうなと、エリオは思った。地位か金か。守る物を持ち合わせた、遠く高みの人間に、自らの手が届くのだとしたら──己らの力で一泡吹かせてやれるのだとしたら、と。

 そんな風に──思って、しまった。

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