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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv3:『世界』
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Level46:『小さな怒り』

 ウィリアムは、王の浮かべたその冷笑に警戒を示す。相対しながら視線を逸らさず、その手は腰に。帯びる二振り、そのいずれとて瞬時に引き抜くことが出来るよう。──そしてそれは、クロエとエリオもまた同様であった。なぜならば眼前の相手──レオンハルトは、自分たちと比して圧倒的と言って差し支えないほどの強者。仮にそれが、力を振るう意味すら感じないほどの差異だったとして、それでも────脅威と感じていること、その事実までも覆い隠すことは出来なかった。

 温度の、ともすれば人間味さえ感じられないレオンハルトの表情。

「────ははははははッ!」

 破顔一笑、ほとばしるそれは鮮やかなまでに。哄笑の最中、たじろぎながらも反射的に身構える三者──その様子に気づいてか、彼はようよう声を押し込めてウィリアムへと向き直った。しかしそれでも、男の口角はつりあがったまま。

「なんの、つもりだ」

「いやなに。“合格”だ。俺が期待してた程度には跳ねっ返りだよ、お前は」

 くっくと零された笑みの残り火は、向けられた周囲の人間の不審げな視線さえ意に介した様子はない。彼の供人は大いに気を揉んでいるのだが、肝心となるレオンハルト当人がこれだった。そんな彼に進言するかのように、身辺警護として伴われたレイチェルが神妙に口を開いた。

「王。余りの長居は公務に差し支えを」

「わーかってる。……というわけだ。俺は国に帰らなきゃならん、用は済んだからな。飯食えよ、ちゃんと寝ろよ、女抱けよ」

 ──またな、と。

 そう言い残して、レオンハルトは呆気なく背を向ける。竜の紋様をあしらわれた外套がゆらりと風にたなびいた。こつん、こつんと重靴ブーツが石畳に足音を響かせる。ゆっくりと遠ざかっていくそれに、ウィリアムは疲労の色濃いため息を吐き出し、「これっぽっちも似てねェな親ッさん」とエリオがうそぶく──最中。

「……待って。ください」

 何者もさまたげることなき歩みを、クロエのか細い声が引き止めた。真っ直ぐな蒼い視線が、怖じることもなくその背を見つめる。レオンハルトは緩慢な所作で返り見、肩越しに蒼黒の瞳がちいさなその姿を垣間見た。男は返事もよこさずに、ただ彼女の言葉を待つ。

「……用、って。……ウィルと、話すため、だけ……に?」

「ああ。もちろんだ。用は済んだといったろう?」

「……嘘」

 ぽつりと、しかし確かに告げたクロエの言葉に──にっ、とレオンハルトの口端が持ち上げられる。ひどく楽しげなその様子は、しかし王の付き人とは裏腹。特に、彼の侍らせる銀髪の娘と日焼けした肌を覗かせる黒尽くめの身からは、並々ならぬ鋭さをほこる視線がクロエへと突き立てられていた。レイチェルほどの手練ではないだろうが、しかし万が一の可能性として──ウィリアムは緩めかけた気を瞬時に立て直す。

「ウィル。止めといた方が良くねェか」

「……いや。クロエが物申すってこと、そんなに無いだろ」

「オレは大人しくしといた方がって思うんだがなァ──いや、良いか」

 エリオとてそれは承知の上、しかし不要な危険を避けて通るのならばそれが最善。そう考え、ゆえの提案であったが──それ以上に譲れないものがあるのだろうと。ならばこそ、ウィリアムは──あるいは彼が似た思想の持ち主であるためか──制止することなく、ただ警戒を強めるのみ。

 自然、クロエの言葉が風に流れるように続けられた。

「……その為だけ、なんて。手間に、見合わなすぎる」

「かたく考えるなよ、ちびっ子。魔法でやればちょちょいのちょいだ」

「……それも、嘘。──“転移”の魔法、それも国と国での“転移”なんて、出来るはず無い。……高位の“転移”に適した魔術師数十人、それを揃えて……やっと、都市の端から端に飛べるかどうか、なのに」

 ──面と向かって“気にしていること(幼児体型)”を言い切られたのが気に障ったのかは定かではないが。仮にも王侯貴族との対面ながら、しかしクロエは明瞭に言葉を並べ立てていく。その不自然を突き詰める。隠していることが明らかなのだから、ならばそれを察して退くべきところを──退かずに、真っ向から向かう。

 無論。レオンハルトは娘子のそれに臆さなかった。

「それを俺一人でまかなえる、と言ったら?」

「……にわかには……信じがたい、です」

「じゃあ、そうだな」

 ゆっくりと身体ごと向き直ったレオンハルトは顎元に手をやり、思考するような仕草を見せる。その様子を見るに、とても本気でクロエと向かい合っているような姿勢ではない。その面貌には、愉快気に遊ぶようなものが浮かんでいた。

「ウィリアムにそれだけの価値を認めている、と言えばどうだ」

「……──ッ!!」

 ニヤリと浮かんだ笑みの風采は、勝利を確信してのものか。クロエはぐっと言葉につまり、息を呑んだ。

 ──人は誰しも、己の基準によって思考する生き物だ。その基準というものが、外界からの影響によって構築されているのだとしても、その大原則に変わりはない。

 レオンハルトの言葉は、とても本気とは思えぬものだ。だが、それを嘘だと一言で切り捨てることが──クロエは、咄嗟には出来なかった。その遅滞は、言葉の応酬の中では致命的だ。あっという間に置いてけぼりにされ、取り残される。

「親は子どもが大切なのさ。誰だってそうだろう、俺だってそうだ──それくらいの手間暇を惜しんだりはしねえよ。ハハ」

 もっともらしい正論は、胡散臭さしかただよわせなかった。クロエの視線がきっと強められ、抗う意志ばかりは逸らさぬ中──レオンハルトが、ゆらりと彼女の頭にその手を伸ばす。

「そう荒ぶってくれるな、名を名乗る光栄をやるよ、幼女むすめ。俺のことは未来の義父おとうさんと呼ぶが──」

 いかにも揶揄した語気を乗せ、向けられる言葉と差し伸ばされる手。その声が、中途で不意に止まる。

 ガブリ。

 非常に嫌な感じの音がした。────クロエが思いっ切り歯を立ててレオンハルトの手に噛み付いていた。

「──ッ痛エエエエアアア!?!?」

 絶対的強者がゆえの傲慢か油断か。無防備なその手はクロエの唇が離れた後も盛大に歯の跡が残されてしまっている。幼くやわにも見える少女のそれにしては、相当に強く噛み付かれたであろう様子がうかがえた。

「何すんだ!! 痛いもんは痛いんだぞ!!」

「──ウィルが、いつあなたを、親と、みとめたッ」

 常は穏やかな、そして静やかなクロエの声が、荒げて吐き出される。痛みを言い募るレオンハルトのそれにも負けじとばかり。そしてその言葉がこそ、彼女の怒り──そして蛮行の理由として知れよう。一国の王に対するそれとしては手打ちモノといっても差し支えない暴挙。外見にも語調にも浮かばない、凶暴なまでに一途な気性──それのあらわれであったか。

「──言いたいことはわかるがッ、落ち着け、クロエッ」

 息子と呼ばれて親父と返すが親子の道理ならば。関係を投げ捨てた己にそんな道理などもすでにあるまい。ウィリアムのそんな思考は──立場というものの差を突きつけられて自分もまたふぬけていたか、賢明などというものに成り果てていたか。小さく唸りながら額に手のひらを押し当て、ウィリアムはひとまず少女をなだめんと────

 した、その瞬間だった。

 ひうん、という音すらもなく。

 風の揺らぎばかりを感じさせ、刃が向かい来る。中空を躍る黒尽くめは、一糸とて乱れさせず白刃を閃かせ──その矛先は、一切の迷いを含ませることなくクロエへと一太刀。

 正にその間をウィリアムが割って入る刹那、それの行き止まりとなるは大盾。風にたなびく二つ結びの銀色。まさに尋常ならざる視線を輝かせていた二手、その一人──ウィリアムの姉であると、そう語られた娘であった。

「こなくそッ!」

「無礼千万──不肖の弟よッ!」

 互いに叩きつけ合うは敵意。ウィリアムが刃に手をかけると共、まさに抜剣するその時──行く先を遮る大盾はその直径をウィリアムの、そして娘の背丈をも上回らんかという異様。その巨躯たる銀が、猪突猛進たるウィリアムの顔面へと行き着く。衝突、衝撃、全身の骨が軋みをあげあらぬ向きへとウィリアムの身体が一直線に──吹き飛ぶ。

「──ご、ぷッ……クロ、エッ!!」

「……っ、く……ッ!」

 その時、少年の視界に垣間見えたのは紅。クロエの首筋にかすめた刃、生じる傷が血流を吐き出させ宙を抜ける。まさに紙一重、後退が一秒遅ければ薄皮一枚どころか血管ごとまとめて断ち切られていたに相違ない。──否、追撃はまさに彼女の眼前へと迫っていた。即ち両手に短剣、双刀の担い手。第二刃が、クロエの頸動脈を掻き切るために空を翻り──

「スタアァァァップッッ!!」

 この事態を、この現状を。ある意味で最も覚悟していたのは、恐れていたのは──エリオ。ならばこそ、窮地に飛び込むことに一片のためらいもない。凶刃はまさにクロエを絶命せんとしたその瞬間、黒尽くめの身を押しのけんために“その身ごと”投げ出したエリオが繰り出すは蹴撃、一閃。結果、蹴り足は黒の外套を見事に打ちぬきせしめる──しかしその中身はすでに空洞。

「──無事か、無事なんだなッ!」

「ウィィイル! どォーにかすっからテメエはテメエの心配しとけッ、タコ助ッ!」

 吹き飛び石畳を転がりながらも安否を確かめんため、傷も痛みも何のそのと反射的に飛び起きたウィリアムが必死の声をあげる。それをいさめるエリオの言葉に小さく息を吐き、少年は改めて腰に帯びる両手剣に手をかけた。

「……全く。通りで騒ぎ起こすってどういう了見だ。ちょっと通らんぞ」

「──ふむ。いかなる無礼の言い訳を紡ぐかと思えば然り。父さま、人避けの結界をお願い出来ますか」

「良いぞ。面白そうだからな──ああ、シャーロット。殺すなよ」

「クソッ! 余計なことしやがって!」

 お言葉には出来得る限り善処致します──と。シャーロット、そう呼ばれた盾持ちの騎士は静かにウィリアムと相対する。少年を睨めつける視線は敵意以上に怨念じみたものを感じさせるそれ、ウィリアムはいささかげんなりしながらも──最早已む方なしと言い聞かせ、ついに刃を引き抜いた。

 それと時を同じくしてか。空っぽの黒尽くめばかりを石畳に落として、その中身──浅黒い肌、黒い髪、幼さの残る顔つきにしなやかな体躯。肌に密着したチュニックを身につける少女、見るからに暗殺者アサシンを想起させる姿が──エリオとクロエの目の前に、無音のままで現れる。

 ずるりとその片手にギルバートの身を引きずって。

「痛い! アイシャ君痛い! なんだね! 僕もやれと!?」

 悲痛な魔術師の叫び声に返るは無言の首肯。──全く君といいシャル君といい人使いが荒すぎる、垂れ目の男はぶつくさと文句を零しながらも髪をかきあげ、悠然とした態度を崩さぬよう立ち上がった。

「……話は……だめそう、かな」

「駄目じゃねェか。ありゃあ狂信者の目だ」

 エリオは大仰に息を吐き、無音にたたずむ──アイシャと呼ばれた双刀のちいさな娘、それと相対する。双眸の色彩は漆黒、しかしそこにはぎらぎらと奇妙な輝きが瞬く有様。そしてエリオの背にはクロエが控える形だった。

 一対一、二対二。これが入り乱れての状況、その隙をぬっての逃走。これが最終目標であるという一点で、ウィリアムらの思惑は合意を見せた。ウィリアムはクロエとエリオに視線を送り、頷き合う。なにより、クロエはすでに手負いなのだ。これを無視してまで無益な戦いに付き合う余地は皆無といって良い。そしてその作戦を──突如として周囲に浮かび上がる障壁が打ち消した。

 障壁。強いていうならば硝子に良く似た壁、それは城壁よりもなお高く天にまで伸びて通りの全体を覆い隠している。そしてこれは、極めて奇妙なことに──この壁が生み出された途端、ウィリアムら以外の人々がまるでこの場を“避ける”かのごとく離れだしたのだ。それはさながら結界のごとく、その中心には──レオンハルトが悠々と立つ。

「……王。お戯れを」

「たまには許せ。俺は実に楽しい」

 レイチェルは大いに頭を痛めるが、王は高みの見物を決め込んで視線を渡らせるばかりであった。


 巨大な盾。それは即ち防具であると同時に武器となり得る。通常、武具の取り回しの邪魔にならないためにも盾は使い捨て同然に扱われることがままあるが────銀髪の女。シャーロットの“振るう”盾は、それらの設計思想と全く別の方向性をもって形作られていた。

「……汝が罪ッ! その血で贖えッ!」

「殺す気、満々じゃ、ねえか──ッ!!」

 轟と烈風を巻き込んで、巨塊なる大盾はウィリアムへと振り抜かれる。それは正しく巨人の拳の一撃とも例えられようそれ、真正面から受け止められれば骨格をねじ曲げる程の衝撃を受けることは目に見えて明らか。先刻の殴打はシャーロットの疾走と共に放たれたからこそ、腰を据えての一打ではなく、ゆえにウィリアムが一撃で昏倒するほどの威力を込められてはいなかったか。

 銀色に輝くその大盾が真っ直ぐに伸びきったその一瞬、ウィリアムの引き抜く両手大剣クレイモアが真っ向より叩き付けられる。その扱いは刃物というよりも鈍器に近しい愚直の一撃、といえども生半な防具ならば破壊は免れえないそれを──かの大盾は、いともたやすく耐えしのいだ。響き渡る甲高い金属音は、しかしその無事を明瞭に示してみせる。

「……無駄ァッ!」

 ちィ──とウィリアムは舌打ち一つ吐き捨てながらも、しかし同時に算段を立て始める。受け止めたその構えはしっかりと腰を落とし、刃を待ち構える態勢。ゆえに打ち込んだその瞬間に生まれる隙を逃す手は、無い。

 ウィリアムは咄嗟にその身を切って返し、背を向ける。その狙いは──レオンハルトによって展開された障壁、結界。まずはそれを打ち崩すことが何よりもの肝要。ウィリアムは両手大剣を迷うことなく振りかざし──叩きつける。

 ガキンッ!!

 それはさながら鋼鉄にでも打ち付けたかのような刃音。魔術的作用によって引き起こされたとは思えない防御力に、ウィリアムは舌を巻く。無論、それを予想しなかったわけではない。ウィリアムがその結界をつまびらかに見れば、彼の剣閃を打ち付けた一点が物質として実体化し、刃を受け止めたと思しき痕跡が垣間見えた。

 刹那にウィリアムが返り見ると共、シャーロットの凶器が迫りくる瞬間は全くの同時。

「──この期に及んで逃げる気か。父さまがなぜお前なぞに気をかけるか、私にはまるで分からんッ」

「僕も知ったこっちゃあるか、そんなもんッ!」

 怒気をはらんで叩き付けられる言葉は刃と同時。とても避けられる距離ではない大盾による打撃は、もはや受け止める他に術がない。しかし真っ当に食らえば再起不能も同然──ゆえに刃によって受け、そのまま流すが最善。

 言葉で言えば流麗。されど成し遂げるは難事であれば、その現実は刃を叩きつけて軌跡を捻じ曲げるにも似ていた。とんだ荒業によって、ウィリアムはその死線を凌ぎきる。


 その様は、防戦一方の言葉に相応しく──それはエリオ、クロエとて例外ではない。


 それは重々しい一撃の交錯ではなく、鋭利な無数が幾重にも重なる鉄火場。銀色の閃きが幾度となく輝き、そのひとつひとつが死の誘いを見え隠れさせ消えていく。

 エリオの手に握られし短剣マンゴーシュ一振りでは、とてもではないが防ぎきれぬほどの猛攻。それがアイシャの痩躯より繰り出され、弾ける火花が繚乱の花々と散る。知らず青年の頬には冷や汗が流れ、つぅと伝い落ちたそれが石畳を濡らした。極度の緊張状態に、その剣戟は声もなく金属音ばかりが鳴り響く。否、エリオの吐く息ばかりならば聞こえようが──アイシャには、それがない。

 足音も、呼吸も、衣擦れも、引き連れる風の音も。

 その全て、一切合切が感じられない程の──無音。

 それがどれほどの異常で、いかに戦いづらい相手であるか。エリオは身を持って思い知らされていた。

「──はは、いやいや。相も変わらず我が部隊パーティの女性陣は苛烈だ。どうだい。ウィリアム君ともども、ひき肉になる前に投降して非礼をわびるが賢明だと僕は思うのだが」

 その背にて、朗々とギルバードは語る。一見すれば語るばかりに見える──が、しかしその実。いかなる術を行使しているか、知れたものではない。それが魔術師というものだ。わざわざ目に見えるように周囲へと構築された、レオンハルトの結界のようなものばかりではない。今──クロエがエリオに身体能力向上フィジカルエンハンスの術を行使していることと、全く同様に。

「非礼は」

「うん?」

「……非礼は、謝る。……それは、私のこと……だから」

 首筋からだくだくと溢れ出る血流は、決して深い傷ではないながらも止めどなく。放置しておけば程なくして、活動に支障が出るほどの失血になるだろうことは想像に難くない。クロエはいささか荒い息を繰り返しながら、ゆっくりと言の葉を紡ぐ。

「……態度の上の非礼は、認める。……でも、それ以外は、だめ。……言葉は、撤回、出来ない」

「安心しろよォクロエ、どうもコイツはその程度じゃ止まりそうにねェ──ひひッ!」

 咽喉のひきつったような笑みを漏らし、エリオの重ねる刃の交錯。気づけばその身に重なる薄傷、無傷では凌ぎきれようはずもない千刃の群れよ。それを見ればいずれ押し切られるは時間の問題、何せアイシャという名の少女は何度となく刃を振るいなお息を切らせる気配すら浮かべないのだから。

 ゆえに、状況をひっくり返す何かが必要だった。何か劇的な偶然、あるいは創意。

 ひたすらに思考するクロエは、きちりと歯を食いしばって堪らえる。何も出来ない、現状を変えられない力の無さに──喘ぐ。

「──ったぞ、くそったれッ!!」

 その時だった。天恵のごとくそそがれた声は、蛮族のそれにも等しい。ガツン、と勢い良く叩きつけた両手大剣をその勢いがままに腰へと収め──煌きは背に負った大剣の抜剣にともない現れた。ウィリアムの手に持つ魔の一振り、それは物質化して両手大剣クレイモアを受け止めせしめた結界の一端へと向けられる。

 魔剣“汝は人狼なりやヌーヴェル・リュヌ”。

 アドナによって見定められた一振り、物言わぬ無機をことごとく叩き切る魔道具アーティファクト。先端に刃を備えぬその異形が、しかしその様な力を持つと予想すらされていないのなら──それはこの場の誰にも想定されていない、奥の手となりえた。

 即ち─────結界斬り、成る。

 バヂン、と。奇妙な異音を響かせて、結界が──霧散した。

 そしてそれに留まらない。逃げ道が構築されたのならば、その後は道を広く切り開く必要があるのだから。

「──な、ま、待てッ! 何だ、それはッ」

「見ての通りの切り札、だ。貴方に振るって万が一にも対策を練られたら困るんでなッ!」

 そう、そもそも彼女の大盾と真っ向から打ち合う必要はウィリアムには無かった。かの魔剣を振るえば、それは容易に打倒出来る。しかし──その後が続かない。眼前の勝利をひとつ手にしたところで、クロエとエリオを無事な状況にまで持っていけないのならば、それは失敗だ。ウィリアムは魔剣を背の鞘に納刀、同時────エリオとアイシャの狭間を掻っ切るかのごとく両手大剣の抜刀をともない、がむしゃらに駆け抜けていく。必然として、その間合いは開かれざるを得ない──無茶な突貫に巻き込まれたくないならば。

「──デカしたタコ助ッ、違ェウィル!」

「……ウィルッ。……ごめん、ね」

「そこは礼で応えてもらいたいなあ」

「ッし、退くか!?」

「無論ッ」

 応と高らかに答えるがエリオ、ありがとうとおずおず応じるがクロエ。ザッと総員がきびすを返す様子をしかし、どこか偏執的なアイシャの視線が見つめていた。双手に握られた刃は逆手に返され、ゆらりと揺らめく。剣呑な気配が失せることはなく、音も立てずに歩みが進められる。その様子を気取ってのことか、シャーロットがはっと正気を取り戻してはギルバートに歩み寄り、その襟首をむんずと掴んだ。

「ぼさっとしてる場合じゃないッ、追うぞッ!」

「僕もかい!?」

「当然だろうッ」

 ──ひとりは無言にして無音であるにも関わらずひどく賑やかなやり取り、それを背に聞く三者。しかしそれに続いた言葉は、冷水をうちかけるように静かなものだった。

「構わん。追うな」

「──ですがッ」

「二度、言わせるな」

 彼らに何かと吹っかけていたはずのレオンハルトが、しかし静かに筆頭のシャーロットを制する。手負いの身ゆえウィリアムに背負いこまれたクロエは、それを聞いてか──あるいは全く無関係か。視線ばかりを返りみて、届くかどうかも不明瞭な言葉を返す。

「……無礼を、不遜を……ごめんなさい。……でも、取り消しは、しません」

 ──本気で正直に言い張るとは思っていなかったのか、ギルバートがどこかぽかんとした表情でその言葉を聞く。王はそれを大いに笑い飛ばして、ひらりひらりと投げやりに手を振った。

 次第に遠ざかるその姿──不意にウィリアムが零す言葉はひどく今更なもの。

「というか」

「……うん」

「結局なんだったんだろうな……」

「……うう、ん……」

「取りあえず、オレもうあの女とはやりたくねェな……」

 何気ないかけあいをともない、ウィリアムらは出来る限り宿への道を急ぐ。ほのかな不安と、そしていささかならぬ疑問を残して──。



「……父さま。なぜお止めなさった」

「お前ら、自分の任務を忘れてないか。──いいか。お前らの仕事はアレだ。あの“飽食塔”とやらに始末をつけてくることだ。わかってるだろう。第一、俺の城だの国だのならともかくだな、よそに来てまで権力を振りかざしてどうする、そりゃあ俺も時の帝王なんぞが支配地視察に旅に出ることがあるくらいは知ってる、だがな、俺は他国に歓迎させて国の力を疲弊させるとか、そういうしち面倒臭い上に不利益なことをする気はないんだ、身分とかも投げっぱなして対等に振る舞えばいい、俺も王として動くのが面倒だからな! わかったか覚えろこれで何度目だッ!」

「ご……ごめんなさい」

 しゅーん。


「で、そうだな。あいつらも目的は同じだろう。決着は塔で付けてこい。以上」

「……王はなにゆえそう思われますか」

「あいつら、バカだからな。行くだろう。──行かないわけがない」

 ニヤリと笑みを浮かべるレオンハルトに、今日何度目かも知れぬため息を吐くレイチェルだった。


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