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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv3:『世界』
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Level42:『帰結のかたち』

 翌朝のこと、ようようレーヌ村へと帰りついたウィリアムらが先んじてするべきことは、報告であった。三人が三人、出来ることならばすぐにでも寝床に倒れこみたいところであったが、何をさしおいても司祭サノバクへと事の顛末を告げなければ話にならない。即ち──“屍肉漁り(ヴァルチャー)”の離散。指導者の死亡を火付けとする動員力の消滅、事実上の壊滅、という結果である。

「──にわかには信じがたいことだ」

 老いた司祭が思わずそう零したのも無理はない。神の使いとして担がれているのだとしても、それは彼ら自身の実力とは無関係であるということをサノバクは気づいている。一介の旅人に過ぎない少年少女が三人、一個体の“血盟クラン”とぶつかりあって凱旋を果たそうなどとは──とてもではないが了解できることではなかった。

 だがしかし、証拠があれば話は別である。

 ウィリアムは手中のそれをサノバクへと突きつける。少年の体躯に比してはいささか長すぎる、一振りの刀剣。ひとたび刃を抜けば、剣先が平らであるという特徴的なその剣の正体は、たちまちに知れる。鞘の造形から見ても、ボリスが所持していたものであるということは明らかであった。それを今、ウィリアムが所有しているという事実が示す意味は──その理解に、さほど時間はかからなかった。

「……信じさせてもらおうかのう。村の者のため、一度ならずとも身体を張ってくれた君たちのことだ。皆へは私から伝えておこう。……なんなりと礼をせねばな。私たちの出来る範囲のこと、にはなるが──」

 なにか、望むものはあるかね。サノバクが穏やかな声でウィリアムへと問いかければ、彼はクロエとエリオのそれぞれに視線を送り、頷きあう。そして眼前の老司祭へと、厳かに告げた。

「三日ほど休ませてください」

 ──至極真剣に。改めて見ればウィリアムら三人は無理な行軍と連続の戦闘が祟ってか、いかにもみすぼらしい様相となりはてていた。その表情には疲労の気色が色濃く表れ、ともすればその場にくずおれてしまいそうな程である。

 そんな様子に司祭は小さく笑みを浮かべる。予想とはかけ離れた、なんとも欲のない答えもあったものだとは思うが──彼らの様子を見れば分かる通り、それが今の彼らにとっては最も望むところに値するのだろう。

「三日とは限るまい。何せ恩人よのう──程よい季節だ。収穫祭にでも顔を出していくが良い。礼は別にこちらから用意させて頂く」

 有難う、と。司祭は感謝の意を大いにこめて、遥か年少の彼らへと頭を下げた。


 それから三日後のこと。ウィリアムたちがもたらした報はすでに村全体へと行き渡り、その真贋については──それなりの時間を隔てても“屍肉漁りヴァルチャー”からの報復行動など、一切の働きかけが無いということが一段と信憑性を強める。それが示すところは即ち、例え一時的なものとはいえども、何者に脅かされるでもない平穏な日々の去来であった。

「──にしてもまあ賑やかで。貯えとかいいのかコレ」

「……反動……みたいな感じ、かなあ」

 ぽつりと落とされたクロエの呟きは、まさしくその通りと言うべきものであった。抑圧から解放された人々の反動──それは村の一画で催される、ささやかな収穫の祝いに表れる。大地の神へと礼賛を捧げるといった趣旨であろうそれは、村そのものの小ささとは裏腹に盛大を極めた。集まる人々そのものはせいぜいが百に届くかどうか、といったところ。さほど大きくはない規模とはいえども、ウィリアムたちがひっそりと身を隠すには十全の賑わいである。

 秋播きの作物であるところの小麦、ライ麦を主たる供物として──人々は昼間っから大いに酒精に酔い、神に捧げる言を謳い、披露される舞踊を楽しむ。大地への感謝を、解放から来たる歓喜を。そんな様子を人混みから外れて見守るウィリアムの気持ちは、いささか面映ゆいものがあった。

 ──というのも、堂々と“神の使い”などと名乗りを上げた手前だ。一介の冒険者でしかないところの少年としては、祀り上げられたとしてもたまったものではない。必然としてその身を隠しつつ顔を出すことが、いわば自明のことであった。

「酒もらってきたぜェー」

「エリオォォォお前ちょっとは隠れろ! 堂々としすぎだろ! 当たり前のように飲みやがって!」

「オレの溢れでんばかりの美貌を隠し通せるはずも無ェな!」

「白々しさばっかり一級品ッスね……」

 元より隠すつもりなども無く金色の髪をさらけ出すエリオの面相に、アドナの冷ややかな視線が突き刺さる。堪えた様子のないエリオの悪辣な笑みはしかし、その元気に過ぎる様にこそアドナは呆れたのかもしれない。──というのも、あれから疲労のあまりに倒れ伏したウィリアムらを甲斐甲斐しく世話したのは、まさしく彼女であった。

わたすは大したことしてないッスけどね、力仕事はウルクさんに投げたり、他にも何人か手伝ってくれたッスし。預かった留守番のついでッス」などとうそぶきはしても、存外に世話焼きの性質であるらしかった。そもそもウィリアムたちが無事に帰ってくるという保証は一切無く──ゆえに彼女には、約束を守らねばならない義理などあってないようなもののはずなのだから。

「……そういえば。ウルクさん、どうしてる……の、かな」

「僕は見てないけど──この盛況だしなあ。イヤになるほど働かされてそうだ」

「……お祭りも、また神事……かあ」

 どこかしみじみとした呟きを漏らすクロエ。村に一員として生きることの大変さ、その一端を感じ取ってのことだろう。生まれてこのかた、自由な都市の市民として生きてきたがゆえの感慨であった。

「あー。そォだな。折角だし探してくるか。ちィと付き合えよアドナ」

 これ持っててくれ、頼まァ──とエリオはウィリアムに醸造酒エールを突き出して、強引にアドナの腕を引っ掴んだ。

「えっ? あ、ああ」

「えっ」

 ウィリアムは困惑しながらもそれを受け取り、そして一方でアドナはエリオの言葉に反応する暇さえ無い。呆気に取られたかのようにぽかんと口を開くと、次第に大した力をこめられるでもなくその腕を引かれた。

「──なんで私ッスかねえ!?」

「商売話聞きつけよォと村廻りでもしてんだろ。土地勘良くわかんねェんだよ」

 ぎやああああと繊細さのかけらもうかがえない悲鳴を上げながら引きずられていくアドナ、それに伴いエリオの姿もまた遠ざかっていく。その時ウィリアムとクロエの脳裏に、市場へと売られてゆく仔牛の幻像イメージが去来したことは、果たして偶然ではあるまい。

「……どう、する?」

「流石に今の僕にあの人の波に突入する気合はないな……」

「……ゆっくり……しとこ、か」

「だなあ。祭りの空気が味わえれば、それで十分だ」

 そう言って頷くと、ウィリアムは何の気無く寝転がる。道から外れて青々と茂る草原、空には燦々と輝く太陽。背を委ねるにあたっては、これで十分の環境と言えた。そんな様子を見下ろして、クロエは小さく笑みを口元にほころばせる。ともすれば久方のようにも思われた緩やかな刻──

「見つけた」

 その最中で不意に、彼らの背後から聞こえる声。少女のものと思しき涼やかなそれであった。その声にウィリアムは咄嗟に身を起こし、クロエはゆっくりと振り返る。何者かが自分たちを探していたのか、一体それは誰なのか、そして何のために。頭の中に浮かび上がるいくつもの疑問は、しかし堂々とそこにいた姿にかき消された。短く蒼い髪。碧眼。絶対ではないが、しかし農作業に従事するものとは思えないほどに白い肌──総じて、透き通るように儚げな印象をもたらす少女。

「……あなた、は……?」

「イレーヌ、です。このたびお世話になりました」

 ゆるりと首を傾げ問うクロエに、明瞭と言葉を返す娘──イレーヌ。クロエも、そしてウィリアムもまた知らぬ名であった。だが、知らぬ姿ではない。ウィリアムは数秒の間、暗がりの視線を細めて彼女の姿を繁々と眺め──そしてようやく合点が行ったように、軽く手のひらを打ち合わせた。

「……ウルクさんが、助けた……ひと」

「あの時の!」

「はい。まさしく」

 あの雨の日から続く展開を引き起こした、いわば引き鉄とでも言うべき少女。恨み骨髄を一身に背負い、怨敵へと刃を突きつける──その行いそのものは決して褒められたものではないが、鮮烈な印象を刻み込むには十分に過ぎる出来事であった。ウィリアムとクロエは彼女に名乗り返し、そして問う。

 なぜ斯様な行為に及んだか。ともすれば集合体そのものを脅威に晒しかねないほどの危険リスクを伴うにも関わらず、刃を突きつけざるをえなかったか──その理由。

「……本来は私の責務。尻拭いを。してもらって。しまいましたから──答えないわけには。いきません」

 無論、ウィリアムらは彼女のために“屍肉漁りヴァルチャー”を壊滅させたというわけではない。結果としてイレーヌに与したというだけのことだ。ゆえに、少年としては言っておかなければならないことが存在していた。

「正直、僕の目的は別んところにあったからな。無理に言ってくれる必要はない、と思う」

「……気には、少し、なる……かも」

「まあ気になるんだけど」

 ──ふたりは、無駄なところで正直であった。

 イレーヌは表情の希薄なその顔に、ほんのかすかな笑みを一瞬ばかり垣間見せ、頷くと共に語りだす。彼女の父親が、“屍肉漁りヴァルチャー”へと表立って叛意を唱えたこと。それが原因となって彼は殺され、所領の土地は焼き尽くされたこと。たった一人のために村全体を危機に晒すことは出来ないという判断によって、父親の仇を打つことは半ば絶望的であった──ということ。

 どうにもならないのならば、いっそ死してでも。それが即ち彼女の決意であり、先日の蛮行へと至らしめた相応の理由ということになるのだろう。ウィリアムとクロエはじっと静かに、彼女の告解のような言葉へと耳を傾けていた。

「正直。未だ心残り」

「というと」

「自身の手で。かたきを取れなかったこと」

「……それ、は……」

 イレーヌの瞳は伏せられもせずに、真っ直ぐと前に向けられていた。後悔はなく、後ろぐらいところもない。過ちに近しくはあるが、しかしそれと知って殉じる様な意志さえもうかがえよう。それほどまでに、真っ直ぐな──本気の眼であった。

 言葉に詰まるクロエには、それを否と言うことが出来ない。大切なものを傷つけられて、それを許すことなど想像もつかなかった。似通った境遇に立たされて、果たしてイレーヌと同様の行為へ走らずにいられるかどうか。

「それは、すまん。僕がっちまった。どうしようもない」

「……はい。でも。そうでなければ私が責任に問われたことには間違いなく」

 故。その上で。ありがとうございました──と、彼女は静かに礼を落とした。

 一方のウィリアムとしては、いささか擽ったいような気持ちが拭えない所ではある。がしがしと灰色の髪を掻きむしって、少年は軽く肩をすくめた。

「まあ、勢いで任せろって言っちゃったしなあ。約束くらいは守るよ」

「……覚えて。いませんでした──義理堅い人」

 娘は呆れたようにウィリアムを一瞥して、そして視線をクロエに向ける。じっと見つめるようなその目に、クロエはいささか萎縮した。同じく少女とはいえイレーヌの背丈は、ウィリアムに及ぶほどではないが──しかしクロエのそれを大きく上回っているのだ。そんな彼女からあまり感情のこもらない瞳を迷いなく向けられては、恐縮してしまうのも無理からぬことである。

「よい人ね」

「……よく無茶する、けども……うん」

「お兄さん。ですか」

「えっ」

「…………弟」

「ええ!?」

 突っ込みどころしかないにも関わらず、突っ込みを入れる暇は見当たらない。幾許かの逡巡の後にもたらされたその答えが果たしてどういう意図によるものだったのか、それは全くもって定かではなかった。クロエの方が年上であるということへの、申し訳程度の主張だったのかもしれない。

「とりあえず血縁関係とかそういうのはない。確かに僕のが年下なんだが」

「……いわゆる、旅の連れ……です」

「──予想外」

 そんな益体のない会話への一歩を踏み出しかけたところで、彼方に見える人混みの中からはみ出し、そして外側から見れば一際目立つ一団がウィリアムらの方へと向かってくる様子が見られた。──というか、どう見てもエリオだった。散々に振り回された結果としてぐるぐると眼を回しているアドナを片手に伴い、苦笑交じりのウルクがエリオの後ろにつく。

「よォ、見つけてきたぜ──って何ぞそこの娘さんは。この短い間に引っ掛けてんじゃねェー」

「そうじゃない!」

「どこが違ェんだ」

「むしろ合ってるところが無い!!」

 ひひとエリオは軽やかに笑みを吐き出すばかりである。ちょっとした冗談だ気にすんじゃねェよ──などと飄々としてうそぶきつつ、エリオはアドナの肩を掴んでがくがくと揺すった。

「オイ起きろ。アドナ起きろ。祭りだ。宴には酒がいるっつゥわけだまァ飲め。てェか飲ます」

「もうとっくに人に酔ったッス」

「……私も、飲めないし、なあ……」

 身の丈が小さいぶんだけ許容量が少ないということもあるのだろう、酒精の類にあまり良い思い出がないクロエだ。彼女はそおとアドナの背をさすりながら、不意にウルクの方を見やった。

「焼けた土だけども。どうにか。なるものでしょうか」

「俺には良く分からんのですが──牧草なんかを肥料にして休ませておけば、時間はかかりますが、地力は回復していくと」

「ふ、む。司祭様も。前もって教えて下されれば良かったのに」

「それは俺も思ったんですが。イレーヌさん一人の手に余るだろうと、人手も無かったということで」

「……成る程。ではその時に。お願いします」

 ──なんだか生活感溢れる会話が聞こえてきた。そう感じたのはどうやらクロエばかりでは無かったらしく、同じ方向を見据えるエリオの瞳には好奇の色合いがありありと浮かぶような有様である。

「なァ、ウィル」

「なんだろう」

 問い返す少年は最早、色々なことを──主に思考を──放棄したように醸造酒エールを傾けていた。というか、やけくそだった。

「こういうのって、なんて言うんだろォな」

「一件落着」

「……まるく、おさまる……?」

「雨降って地固まる、ッスね」

「それだわ」

 ──逆境にも人は耐え忍び、強く生き続ける。それは決して個人としての誇りの喪失ではない。恐れという感情は少なからずあれども、同時に村の全てを存続させるという意志が同居しているはずなのだから。

 まるでその証左のように宴も半ば、人々は歓びを分かち合っていた。

「で、実際どういう関係なわけよウルクさんよォ」

「俺に言われても」

「同居人以上。家族未満」

「僕では聞いてもわからん」

 要するにそれはただの同居人じゃなかろうか、とは言えないクロエであった。

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