Level41:『Break on Through』
ウィリアムは短刀──“硝子斬りの刃”を手にして、ボリスに相対する。その刃渡りは少年の手首から先の長さにようよう勝るかどうか、といったところ。当然ながら、ボリスの構える長剣の刀身にははるか及ばない。火を見るよりも明らかなほどに、ウィリアムは──戦いにおける“間合い”において、圧倒的に不利な状況であった。
自然、刃は彼方より先んじて来たる。
「──ッ、は」
調息と共にバックステップ。ウィリアムが元いた場所を、次の瞬間に横薙ぎの斬り払いが通りすぎていく──魔剣の、一閃。
虚言を刻む。偽りを切る。それはウィリアムがかねてウルクから聞きおよんだ情報であったが、それ以外にも知れたことがある。いかなる術理によって起こるものかは定かではないが、その男の振るう魔導器は──ウィリアムの武器を切り捨てせしめた、という事実である。
ゆえにウィリアムは、短刀を以てボリスの一閃をしのぐことが出来ない。正体の不明瞭な剣撃をもたらすその魔導器は、ウィリアムにとってひたすら不気味だった。だが──だからといって、退くことはままならぬ。とっくのとうに、退路は閉ざされてしまっているのだ。
回避行動とほぼ同時、ウィリアムはすぐさま地を蹴り疾駆する。必要以上の後退は自ら死を招く行為に他ならない。前進は突貫となり、すぐさまに刺突へと転じる。少年の握る鋭刃が、真っ直ぐとボリスへ突き出された。
「ハン」
あざ笑うような声を漏らすと同時、男は余裕をもってウィリアムの刺突を左に躱す。軽いが、しかし遅いわけではない。それでもウィリアムの刃は、ボリスに届かなかった。
ウィリアムと、ボリス──ふたりは根本的に、所持する体格が違うのだ。体格が異なれば、歩幅にも差異が生まれる。体格はそのまま、戦士としての資質を意味した。こればかりはいかな技術を学べども、どれほど強固な精神を備えようとも補えるものではない。体力の不足を直接的に補うことが出来る魔力も皆無となれば、これは尚更のことだった。
そのままボリスは掌を返し、ウィリアムのがら空きの右半身を狙う。足元を起点として放たれる、切り上げの一振り。
「──あああッ!!」
なんの意味もなしていない、獣じみた叫びが少年の喉からほとばしる。地面と接地した両足は、その邂逅に一片の未練すら残すことなく靴底を中空に投げ出させた。後方の壁際に飛び退ることで、ウィリアムはボリスの間合いから逃れながら──同時に崖上の射手の死角へと入り込む。人間離れした咆哮をともなって少年がなさしめた、一瞬の常人離れした挙動。それを認めてのことか、ボリスはわずかな合間に瞑目する。
だが、驚きはさほど尾を引くものではなかった。
「チッ。重さを捨てたって訳だ──なあ?」
一目で見て取れるウィリアムの変化といえば、その手に握る武器が第一に上がるに相違ない。本来の得物を破壊されてしまったがための、有り合わせの一振り。それがごくごく一般的な見方だといって間違いはないだろうが──しかし一方では別の観点も存在する。
そもそも剣士としては小柄であるウィリアムに、喧嘩用の剣との相性はいかほどのものか。かの剣は少年の性に適合したものであったが、純粋に取り回しのみを比べるのならば──今その手に握られた“硝子斬りの刃”、即ち短剣が勝るであろう。それに加えて現在のウィリアムには、クロエの魔術による身体能力の向上が施されているのだ。
ウィリアムがボリスと真っ向から渡り合うことを可能としている現状。それはいくつもの条件が重なりあって生み出された、ひとつの僥倖であった。
「ま。関係ねえ──射てッッ」
一拍の間にボリスが刃を天にかざすと共、その命に応じて崖上より矢が弓につがえられる。
「──な」
ウィリアムの体躯は間違いなく、崖上の射手からすれば死角に位置していた。無理をすれば狙えないことは無いだろうが、夜の暗闇をともなった動的を正確に射抜くなど至難に過ぎる。ならばなぜ、誰を狙って──瞳を見開くウィリアムには驚く暇さえ与えられなかった。少し考えさえすれば分かるような、簡単なことだ。
「……ふ、ぅっ……」
聞こえたクロエの息遣いは、いささか穏やかならぬそれであった。火の壁を築き、焔を纏い。夜の帳を隔てて男たちの群を遮る娘。ウィリアムのすぐ後ろで展開される孤軍の奮戦。
たった一人のガキ、押さえつけちまえばどうってこたねえ────そう哮り勇猛にも炎へ突っ込んでくる男へはクロエの小さな拳が痛烈に見まわれ、その身が仰け反り均衡を崩し緩やかな坂を見事に転げ落ちていく。
それはさながら圧倒しているような光景で、実際は否。こんなか細い有利など、少し横槍が挟まれただけでも容易に崩れ去ってしまうようなものだ。例えば──援護射撃の一矢でも放たれたならば。
つまりそういうことだった。
「クロエッ、大丈夫、だッ!」
一言吐いて飛び出すウィリアム──その刹那に弦より解き放たれた矢が、一直線に少女の身へと向かい来る。その無防備な背に飛来する一矢は仮に彼女がかわし切れたとしても、その際に多大なる隙を生み出すことはもはや必定。風切りの音を聞き届けた後では、すでに遅いのだ。
それを悟ってかクロエはウィリアムの言葉を受けて、ぴくりと頭を震わせたのみ。瞬間に地へと突き立つ数本の矢、そして続けざまにその小さな後頭部へ突き刺さらんとした射撃を──割って入るウィリアムの手が咄嗟にかっさらう。
「……ぎ、ィッ」
疾風を伴ったかのような速度で撃ち出された矢。それを手袋もしていない片手で受け止めて、無傷でいられようはずもない。掌上には、一直線に膚が引き裂かれたような傷跡が残される。露わとなる朱肉、したたる血流。
「……あり、がと」
「礼に及ばずッ」
礼の言葉などなくとも、少年は手傷に相応しい代価をすでに受け取っていた。庇うことが出来ると明言したわけでもない──そんな状況で少年の発した、大丈夫だという不確かなな言葉ばかりで、その身全てをウィリアムに任せてくれたのだから。
全幅の信頼を寄せられ、それに応えぬ道理などあるものか。ウィリアムは傷の痛みを意に介さず拳を握りこみ、ボリスへと再び相対する。
「身体、張るねえ」
「……当たり前、だ!」
「仲良くオダブツしときゃ楽だぜ、なあ──」
ボリスは少年との距離を保ったまま、彼の身の向こう側へと視線を飛ばした。その目が見るものはウィリアムばかりではなく、戦闘の全域。十数の命を背負うものとしての責務。
「おめえら散るな、突っ込むな、固まれ。見たとこその火も大したもんじゃあ、ねえ。圧せ」
応と荒くれの威勢良い声が上がる。崩壊は時間の問題、そう予感させるには十分に過ぎる言葉だった。否が応でも急かされる状況、知らず内にウィリアムの頬から冷や汗が伝い落ちる。焦燥はクロエとても同様に違いあるまい。──間に合ってくれ、少年は心中独りごちて刃を握る力を強めた。
地を踏み締め、身を低く沈める。それはさながら獣の疾駆にも似た姿態、ウィリアムは駆け出すと共にボリスの間合いの一歩外から跳躍する。突き出された刃の狙いは迷うことなく素っ首、しかし男は戸惑いの一端すらも垣間見せぬ所作により身を後退させる。間を置かず放たれる返す刀は下段からの切り上げ、それはウィリアムの手中の刃を刎ねる一閃であった。
「ぐッ……!!」
いかんともしがたい刃渡りの差に零れるうめき声。届き得ぬウィリアムの薄刃は虚空を突き、まさに払い飛ばされんとした間際──着地と共に身体もまとめて滑らせることで、すんでのところで逃れてみせる。それでも、剣は空を裂いたばかりであるにも関わらずボリスは、勝利を確信したかのような笑みを見せた。
口元は三日月を刻む表情。薄く開かれた瞳は歓喜を浮かべず、まるで睨めつけるかのよう。ほのかな悪意が覗く、そればかりだった。
「詰みだ。──じゃあなあ。ウィリアム」
その言葉が意味するところは即ち、少年の背に広がる光景にあった。すでに風前の灯、ある程度の火傷など覚悟の上ならば障害にもなりはせぬ──男たち悪鬼の壁は波のようにクロエへと迫り来る。そして彼女が突破されるということは、隙だらけの少年の背が凶刃に晒されることに繋がる。
「……ウィル」
「うん」
「……私じゃ、だめ……かも」
「大丈夫。地獄篇で続行だ」
「……ばか」
ふざけた物言いをこぼしていられるような状況ではないのだが、否、このような状況だからこそか。他愛ない軽口を交わしながら、わずか十数歩にも満たない距離に迫り来る脅威へとクロエは瞳を向ける。
──極めて唐突に、その視線を遮るかのごとく、彼我の合間になにかが落下した。ぐしゃりと肉がひしゃげるような音を立て、そのなにかは鮮やかに地面へと叩きつけられていた。広がる血溜まり。惨劇と呼ばうに一欠片の迷いも抱かせないその光景は、ひどく現実離れしたそれであった。
「……へ?」
瞳を丸くして、呆けたような声をもらすクロエ。しかし急変はそればかりでは留まらない。ひとつばかりでは留まらずにふたつ、みっつ、よっつ。いくつも落下してくるそれは果たして何なのかと少女が瞳を細めると、その正体はすぐに知れた。なんのことはない。それはどこからどう見ても、人体であった。脳天から落下して完全に昏倒しているか、激痛に呻き名状しがたい叫び声を上げているか──その程度の個体差は見られたが、ともかくそれは人体であった。
ひひ、と悪辣な音色が崖上から響く。
クロエにとっても、そしてウィリアムにとってもとうに聞きなれた笑い声。
「よォ。悪ィな、バレねえように登ってたらすーっかり遅れちまった。生きてっか、まァ多分生きてんだろ、悪運ばっか強ェからなァ」
逃げも隠れもせず、威風堂々とエリオはそこにいた。その手には逆さ吊りの男が見え、拠所ない空中でゆらゆらと揺れている。恐らくは先刻まで崖上に陣取っていた分隊の一人であろう。はるか地を見下ろしてみれば、彼の末路となるだろう姿が山と積み重なっていた。
「た、たす……けっ」
「んじゃな」
ポイ、とエリオはその男を呵責なく投げ捨てる。男の悲鳴は幾ばくとも続かず、地面に激突すると共に林檎が砕けるような音を立てた。そのままぱんぱんと掌を払ってから滑り止めのグローブを嵌めると、エリオは弓をその手にたぐり寄せ、クロエに迫る群体へ狙いを定める。
「……間に合ったかよ! 遅いぞ、エリオッ」
「ばっか手前ウィル、オレにだって語り尽くせねえ苦労がなァ──まァいいや。行けよ、やっちめェ。クロエ、援護すんぜ」
言い終えると同時、エリオの一矢が暗闇を物ともせずに標的を射抜く。
「……うん」
クロエはウィリアムに目配せし、頷き合う。是非もなしと、互いは真っ向より群勢に向き合った。数の不利はさほど変わらないが、しかし先刻ほどの脅威は最早ない。──形勢は、既に返った。
「……腹わた煮えくり返りるぜ。分かるかよこの気持ち──なあ?」
「僕が逃げ打ったときを上回るんじゃないか」
「三人ごときの血じゃたりねえぞ」
呆れて物も言えぬ──自分の間抜けさに、とばかりにボリスは悪態を吐き出して刃を突き出す。瞳は憤怒にか半ばほど見開かれており、そしてそれにも関わらず振るわれる剣の冷静さは一片たりと失われていなかった。
いかに形勢が転じようとも、純然たる力量差は覆しがたい。真っ直ぐに飛び込んでくる刃をウィリアムは紙一重に躱し、同時に刃先を掠めた灰髪が宙に跳ね上がる。
軸足を踏んだまま身を反転させ──返礼とばかりに振るわれるウィリアムの刃が、胸元に吸い込まれるかのごとく鮮烈な弧を描く。その一閃をボリスは剣の柄で打ち、軌道をねじ曲げながら一歩、ウィリアムへと踏み込む。膂力を乗せての圧し切り。脳天から打ち下ろされるそれを防ぐすべが、ウィリアムにはなかった。
──彼自身の片腕を残しては。
「ぐ、ぅッ……!!」
「──ああ?」
魔剣の刃と骨が打ち合う。皮膚を引き裂き肉を刻み骨を削ぐ、嫌悪感を催す硬質な感触を感じながら──乗せられた重みによって腕が断ち切られるよりも疾く、ウィリアムは背に一歩飛んだ。幾許かの距離を開け、少年は思考する。
実際のところ、すでにほとんど勝敗は決している。退路は遠くない内に開かれ、“屍肉漁り”の大勢はその概ねが撃破されたと言っても良いだろう。壊滅させたとは言えないが、実質的な活動は不可能に近かった。そして当然、再建には相応の期間が必要とされる。ゆえに、眼前の頭目を倒しきる必然性は、存在しないのだ。
だが。
知るか。
そんなものは知るか、と吐き捨てる。
二度目なのだ。二度挑み、敗れおめおめと逃げ帰る──そのような無様を晒してたまるものか。それは少年の、少年なりのつまらない意地だった。
ウィリアムはその両足をもって地を踏み躙り、ボリスの身をその直線上に捉える。腰を低く、暗い瞳は睨めつけるようにして掲げ──短刀を順手に握りしめた。
「またその手か。何回繰り返しても届きやしねえよ、分かってるだろ──なあ?」
「分からんッ!!」
堂々と切り捨てる。己はそれほど物分りの良い人間ではなかったはずだと、聞き入れる耳すらなく瞳の奥ばかりに煌々とした光が灯っていた。
「そうか。なら先ずはその腕とオサラバだあな──そこから順繰りになます切りだ」
ボリスは少年の様子にいささか苛立ったように瞳を見開かせ、肩上に剣を持ち上げる。
瞬間、引き絞られた矢が放たれるかのごとくウィリアムの身は撃ち出された。一寸でも疾く、一歩でも近く懐へと力強い踏み込みを見せる。それは自然、ボリスに一撃を撃ちこませる隙を齎した。天上へと掲げられた刃はそのまま自然、重力を加え膂力を合わせ──ウィリアムへと、落ちる。
咄嗟。さながら繰り返しのようにウィリアムは空手の片手を打ち上げ、その刃を受け止めさせる。硬骨と刀身が喰らい合い、自然、少年の腕は両断された。そのように──思われた。
ぞぶり、と突き立つ。
より深く懐へと踏み込み、あえて一手遅らせて突き出されたウィリアムの刃──それはまさにボリスが一閃を放った間隙へと滑り込み、男の胸の中心を穿っていた。少年が手首をひねると共に刃は胸を抉り、臓腑へと至る。
「あ──あ?」
なぜ、と。真ん丸に見開かれたボリスの瞳は、驚愕のままに停止する。流れる血流に引き連れてその身にこめられた莫大な膂力が抜け落ちていき、ウィリアムの刃はあっという間に紅へと染め上げられてしまった。そんな男の様子を真っ直ぐに見据えながら、ウィリアムは深々と突き立った刃を引き抜く。滾々と溢れ出る紅い雫はもはや止めどない。疑いようもない、致命傷であった。
「勝算のある賭けに、勝っただけだ。……その剣、そもそも──人を斬るものじゃないだろう」
さながらボリスの疑問に答えるかのごとく、ウィリアムは言い放つ。
そもそも少年は、以前の戦いを経てからひとつ引っかかることがあったのだ。鋼鉄の剣を容易に両断してみせた魔剣の一閃を、ウィリアムは幾度と無く浴びた。そのはずだった。にも関わらず、ウィリアムの負った手傷は──浅すぎた。それほどの切れ味を誇る刃で数えきれぬほど斬りつけられたのだから、とっくに失血死していてもおかしくはない。にも関わらずウィリアムは健在で、おまけに半日程度の休息で戦闘すら可能な領域にまで回復したのだ。
ゆえにウィリアムは推論し、そして腕を盾にして刃を受け止めることで──推測は確信へと変わった。その言葉通り、少年は賭けに勝利したに過ぎない。
「……偽りを斬る剣に、生身は切れない。まさか使い手が知らなかった訳じゃないだろ」
「ハ」
当然だ、と言うようにボリスはあざ笑う。それを心得ているからこそボリスも、切れ味に任せて剣を振るうのではなく、力を乗せ、押し切るように刃を扱ったのだろう。そういった弱点を勘定してもなお、一太刀によって敵の武具を無力化し得るという力は強力無比極まりないのだから。
なれば過ちはただひとつ。──ウィリアムが魔剣の特性に気づいていたことを察することが出来なかった、その一点ばかりだ。
ボリスは力を失った体をぐらりと仰向けに倒れこませて、血に沈む。
「じゃあ、な。ボリス」
「また地獄でな」
「……言い残すことは」
「……ねえよ。我が祖国があ────」
ぐったりと倒れ伏したまま、男はゆっくりと瞳を閉ざして物言わぬ骸となる。
静かな死に様だった。
ウィリアムが周囲を返り見ると、粗方は片付いてしまった後。さして多くない健在な者たちは早々に逃げ出し、あるいは茫然自失のまま立ち尽くし──またあるものは、血盟の崩壊と頭目の死を悼むものたちであった。
「……ウィル……怪我」
「僕は腕が半分逝ったくらい。多分大丈夫だと思う……クロエとエリオは?」
「……私は、だいじょうぶ」
クロエがそう返す最中、縄梯子を頼りにエリオが崖上から滑り降りてくる。彼無くして今回の勝利はありえなかったが、当の青年自身は浮かぬ顔であった。濃厚な死の漂う湿気た空気が、彼の性にはいかにも合わないのだろう。ウィリアムはボリスの手の中にあった剣を拾い上げながら、小さく肩をすくめて「助かった」と一言礼をするに留める。
「ウィル、良いんかよ、それ」
エリオは指先でボリスの骸を示す。悪人といえどもクソッタレといえどもクズといえども、明日は我が身の同類のようなものだ──と、そういう意図だろう。ウィリアムはそれを再び一瞥すると、静かに首を振った。
「……僕らの仕事じゃあないだろ。たぶん」
「あー……んだァな」
例えばウルクのように、恐怖によって律せられていた者もいるにはいたが──決してそればかりではなかった、ということなのだろう。頭目として相応の実力と指揮能力、そして憎ったらしいが憎み切れないような人間性には、それなりの人望が伴っていたということでもあったか。
──復讐に来られたって文句は言えないな。一切の皮肉を抜きに、ウィリアムは素直にそう考えた。もちろん大人しく殺されてやるつもりなど微塵もないが、それでも殺されたって仕方がないとも思うのだ。そしてこれは、紛うことなくウィリアムの選択が産み出した結果だった。
「……ウィル……?」
ふとクロエの見上げる目と視線が合う。どこか不安げな様子には、吹けば消えてしまう揺れる灯火にも似た儚さがうかがえた。
「なんでもない、ちょっと考えこんでた。……帰るかあ」
「朗報持って帰れんだ、深く考えたってしょーがねェさ」
「……ウィル」
「なんだろう」
「……腕、すごく血、でてる」
「──ほんとだ痛ッ!? というか骨見え痛ァッ!?」
「あー。やってる時ってすげェ脳内麻薬出てるもんなァ」
「……せめて痛みのあるうち、に」
ひひとエリオが軽やかに笑い飛ばす最中、苦悶に呻くウィリアムをクロエがいそいそと治療する。
空を仰げば、夜を切り裂く朝焼けが雲間より垣間見える。
何はともあれ当初の目的を達した三人は──ほんの一時、平穏へと帰ることにした。
〈汝は人狼なりや〉
偽りのみを斬る刃を持つ魔剣。
偽証者、そして物言わぬ無機物に対し常軌を逸した切れ味を発揮する。
ただしそれ以外にはなまくら以下となる難儀な剣でもある。
かつて魔女狩りに使用されたという記録が残存。