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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv2:『旅立ち』
23/53

Level23:『別れ、そして』

「結局のところ、人に似ていることが面倒なのよね」

 アウルは、まるで当たり前のように──そう言った。

 全て、一夜ばかりが全ての大騒動が一段落したところで、未だ暗闇の空を見上げながら、彼女が何の気なしに零した呟きであった。ウィリアムらも、レイヴンもまた寝付くことなく、夜を過ごしていた。夜明けの時を、待ちわびていた。それはさながら、森林の帝たる目の前の人物エルフに敬意を払うが如く。

 火を、炎というものを、人はその手に扱うようになった。だが、依然として夜の闇はそこにある。それを決して見くびる事なかれ、と。──ウィリアムにしては戦闘からの昂奮が覚めやらぬのやもしれぬし、クロエに至っては自分の早とちりからあのような醜態を晒してしまったことに対しておもむろに膝を頭をと抱えこんでいるに過ぎないことではあるのだが。

 穴があれば入りたいし、暗闇があればうずくまりたい。羞恥に顔まで赤らむクロエが、灯りのために魔法を行使することを厭うた、その心情をどうか察して貰えれば、それ以上のことはなかった。

「面倒、つゥと」

 億劫げに木の根に凭れかかったエリオが、闇の向こう側にいる──アウルの、いるはずであろう場所に向けて、疑問を投げ掛けた。本当にいるのかどうか、それはエリオには確かめようもなかった。明かり一つとて存在しない暗夜、彼にとって一寸先、手の届かぬ場所は正しく、闇。

「わたしはそこのウィリアムくんを助けた。どうしてかわからないけれど、それはできる。わたしにとってこの森は庭のよう。全ては掌中、手に取るようにわかる──木々のざわめき。葉の一枚一枚のゆらぎ。地に根付いた生命いのちの胎動」

 はァん、とエリオはかすかに首を傾げたが──アウルの、その言葉に、ウィリアムは静かに頷く。

「そうでもなけりゃ、ありえない……なあ。確かに」

 全て認めざるを得ないことではあった。実際に経験、体験していないエリオやクロエにとって、聞いただけではいささか信じかねるほどに、それは超常的なことだが。

 ウィリアムは、知った。そして、理解した。目の前の、少女のかたちをしたそれは、人とは全く異なる、幻想の名付けられるに相応しき生き物なのだと。言葉や理性ではなく、半ば感覚で、理解させられた──あるいは、悟ったのだ。

「俺にしてみれば、そんなこたあどうでもいいからつっつと育てと言いたい所なんだがな」

「寝る子は育つ、とは、限らないようだわね」

「オイ、俺は何年と育つために寝ているのだなと勘違いし続けてきていたのか」

「馬鹿ね」

 アウルの嘲笑うような声。一目見れば親子以上に歳の差があるような彼ら、レイヴンとアウル。守り守られる関係であるはずの二人のやり取りは、尖っているというか、なんというか、そう、偏っていた。そもそもの発端が、なにがなんなのか分からない内に巻き込まれたウィリアムらに、『なにかあるなら今のうちに言っておけ、早朝には発つからな』というレイヴンの言葉があって、今の状況に至っているのが──ご覧の有様である。まるで取り留めのない会話であった。

「……すごい、けど。……だから、ねらわれた……?」

 沈痛に相貌を伏せていたクロエが、ゆらりと視線をかかげる。灯のない闇に、青い輝きが一点。天然の暗幕の向こう側からでは、決して見つからないような、かすかな光。

「すごい、なんてことでも、ないのだわ。わたしからしてみれば、なんでもない。ただの差異。こんなものは単なる少数派マイノリティ。多数派に取り込まれるか、あるいは消えるか」

「要するに、稀少レアなんだな。保護だの保証だのを考える気持ちは分からんでもないが。──ドラゴンだかも幻想種に分類分けされるが、それでも割とままある“災害”だ」

 なにせやつらはでかいから隠れにくい──と、まるでレイヴンは見てきたかのように語る。否、実際に見たことがある、のかもしれない。あるいは刃を交わしたことさえあろうか。絶対にありえない、とは言いがたい。

「生きる時間が違うのだから、放っておいてほしいのだわ──隠棲しようにも出来たものじゃなし」

「……猫と、ひとの時間が、ちがうような、もの?」

「おおよそ似たようなものだわね、きっと」

「身も蓋もねェな!」

「その例だと僕らが犬猫なわけか……」

 深刻な面持ち、真剣な言葉で何を語らっているのかという状況ではあるが、本人らとしては至って真剣なのだから、致し方のないことではある。アウルに至っては「わたしは猫だかの方が良いわよ、野良社会で太く短く生きてやるのだわ」などと言い出す始末。とはいえども、あるいはその文言は、先刻レイチェルに向けて言い放った言葉を考えれば──ある種、自然ではあった。

「しかし、アレだァな。一人いると実はもっと、どっかに隠れてんじゃねェかって思わないでも無ェなァ」

「……アウルちゃんの、いうみたいに……隠れて、くらしたり?」

「妖精が人知れず生きる理想郷、みたいな感じか。伝承ではよくある」

 彼らの言葉に、ありえなくもないわね、と首肯しながら、しかしそれは前置き。

「それこそ無いものとする方が良いのだわ────それがきっと、望むところだもの」

 小さなかぶりを振る。アウルのその表情は、どこか憂いを含んだかに見えた。


「さて」


 その時。静かに、そして重々しく、レイヴンが立ち上がった。気づけばかすかに明るんだ空、陽はその姿を覗かせるかどうか──しかしそれで十分だと言うかのように、視線でアウルを促す。少女が立ち上がると同時、さくりと土を踏む音。裸足だった。ちいさくため息を吐くと、彼女はゆっくりと暗がりの中から、背を、三人の姿を返り見る。その傍ら、レイヴンは視線を細め、彼らを見渡した。

「俺らは、行かせてもらう。それと、ウィリアム」

「なんです、というか、僕に、ですか」

「同行ってんなら、エリオ、お前もだな──気をつけろ・・・・・よ」

 レイヴンが示すは、二人への警告。自分を置いていかれたことに、彼らの隣で少なからざる衝撃を覚えたクロエだったが、これは仕方のないことであろう。クロエを除いたのは、彼の観察眼なりに、彼女が正確には冒険者ではないということを悟ったのだろう

 男は、彼なりの流儀か思想に従ってか、ウィリアムの事情などを詮索することはしなかったが──元より今回のことはレイヴンらの事情に彼らを巻き込んでしまった形であるがゆえか──今後いかなる厄介ごとがウィリアムに振りかかるか、そのことについては容易に想像がつくことだ。ゆえの、危険の示唆。

 例えば、この都市『カタラウム』は、“帝国”の属領とも言える街なのだ。

「オレねェ。どーすっかねェ」

 緩々と立ち上がるエリオは、頭の後ろで手を組んだまま、飄々と天を仰ぐ。元より根無し草、半ばウィリアムと共犯的な関係を結んでいるとはいえ、ウィリアムの個人的な厄介までをも被る羽目になるのならば、少なくとも表面的には有益な関係とは言いがたいだろう。元より冒険者同士の盟約に、必然など無いのだ。そのことはエリオも、そしてもちろんのこと、ウィリアムも──承知していることだった。その様子を、戸惑いながらもクロエが見守る。

「一応。僕にも考えが無いわけでも、ないので」

「だろうな。ま、念のために言っておいた、だけのことだ」

 あるいは、旅立つべきかというウィリアムの抱いていた逡巡、思考も含めて見透かした、その上で言ったかのように。くははと笑い飛ばして、ゆっくりと背を向けた。「それじゃあな」「それじゃあね」男と少女の、声が重なる。緩慢に遠のく二人の身。

 ひとつの声が少女の脚を止めた。

「……アウル、ちゃ──アウルっ」

 朝焼けの森に響くクロエの声。

 ゆっくりとアウルは振り返った。

「アウル“ちゃん”でも良いのだわ──なにかしら」

 齢五十を経る精霊。少女と呼ぶべきか、その名に能わざるか。されども少女の形をしたその姿は、子ども扱いのような言葉に薄く微笑んで、言葉を待つ。

「……──いつか。ひとと一緒に、生きられる、ときが……くる、かな……?」

 ぽつぽつと切れ切れに、一言一句に想いを、力を込めて、言葉を選び、クロエは吐き出す。

 その言葉に、アウルは──頷きも、首を振りもしなかった。否定も、肯定もせずに、ただ笑うばかりに、留めた。

「そのときには、きっとあなたが、そしてわたしもいないとき。──残念なことだわ」

 そう言って、彼女は再び前を見た。もう、止まらない。止まらずに振り返らずに、真っ直ぐと歩み出す。そして、もう止めもしなかった。ただただ、見送るばかり。どっと疲れが来たかのように、そこで止まる。

 だから見送りの言葉は、たった一つしかなかった。

『いつか、また』

 それは誰かの言葉で、そしてひとりひとりの言葉だったのだろう。返事は、彼方に腕を上げ、手を振り返す姿が見えたかのような、気がする、そればかりだった。そして、それだけで十二分だった。


 波乱の夜は幕を下ろし、這々の体で森を抜けだした三人の物語は、だから此処からはいささか事後処理の様相を呈する。なにせ一度や二度ならず全滅の危機に陥ったのだから、致し方のないことだろう。残念ながら彼らに、拠点へと帰還する魔法の道具といった便利なものの持ち合わせはない。否、本来ならば持ち合わせるべきなのだろうが、そんな金銭的な余裕があるはずもない。

 しかし、何はともあれ。

「金入ったんだから重畳だろォよ」

 酒場『旅の帳亭』であった。クレハ老に孫娘の無事を伝え、その身を送り届け、無断に一拍してしまったことを懇切丁寧に詫びた後、一足先に依頼の達成を報告しにやってきたのだ。そして待つこと数時間、視察師団による問題の解決が確認されたらしく、二人の目の前に出されたのがご覧の金袋である。──二〇〇金貨は詰まっているだろうか。問題そのものが中々の大規模だったとはいえ、結構な金額である。

「あれだ、僕は毎度思うんだけど、こんなお金ぽんと出してどうやって儲けが出るんだろう、冒険者ギルドって」

「そこはお店の秘密に触っちゃうからねえ」

 他言厳禁さ、と酒場の店主のおばちゃん、イルはうそぶいた。何はともあれ、説明を求めているわけでもない。現在、目の前に金がある、ということが現実であった。三人で五十ずつ、残りは居候の身分ということで家に金を入れさせて貰うとする、といったところが妥当だろうか──とウィリアムが考えていたところで、不意にエリオの声。

「なぁ、ウィル。あ、おばちゃん、エール頼まァ」

「あーいよ。そうだ、エルフってのは本当だったのかい?」

 おばちゃんよォそれを聞くにはちィと銭が足りねェんじゃねえかい銭がよォ、しょうがないねえあんたってやつは今日は奢りにしといたげんよ、等と軽やかな会話が交わされている一方、ウィリアムは緩やかに首を傾げた。──いや、何について聞かれるかなど、すでに分かっていたのかもしれない。眠気に沈んだ頭がやけに冴えるのを、ウィリアムは感じた。

「……なんだろう」

「お嬢さんを僕にくださいとばあちゃんに言いに行くのはいつにすんだよォおい」

「そうじゃなくてだな!!」

 がたん!! とテーブルに拳を打ちつけて全力で突っ込みに回るウィリアム。聞くべきことはそうじゃないだろう! と大いに憤怒する少年であったが、エリオはウィリアムを指さしながらげらげらと笑っていた。念の為に付け加えておくが、素面である。ひとしきり腹を抱えて笑った後で、はー……、と息を吐きながら、届けられたエールに口を付けて、エリオの一言。

「これからどうするつもりなンだよ、プリンス」

「家を出るに決まってるだろ」

「早ェな」

 いや、やっぱりそうか、そうするよなァ──と、エリオは天を仰いで呟きを零す。ほとんど睡眠を与えていないせいで霞のかかったような頭、そんな状態での判断ではあるが、しかしウィリアムに間違った判断であるという意識は、無かった。

「クロエもそうだし、クレハのばあちゃんもいい人だからよォ。まァあの鉄拳冷血女はともかく、止めるんじゃねェかと思うぜ、オレは」

「だからこそ、だろう」

 この話をするためにクロエを先に送り届けたのでは、決して無いと、果たしてウィリアムに言い切れるだろうか。その自信は、少年にはなかった。──というか鉄拳冷血女て。あまりにもあまりだろ。という言葉は、今は置いておくことにしたようだ。

 ウィリアムはエリオに、言い切る。

「エリオまで面倒事に付き合わせるつもりはない。僕だけでも出てくよ。そこは揺るぎない」

「こんなに喋ったのは、久しぶりだわ」

「起きたのも久方だろうが」

「そうね。違う。まるで違うわ」

「ああ」

「あの人はいつも、わたしとひとの溝を埋めるのに終始していたわ。わたしの時間をいじくりまわして人にちかづける。ひととして生きる。まったく大それたこと。わるくはなかったけれど」

「──本当によく喋るな」

「気分が良いのだわ。察して頂戴。たのしみ。いつか、いつか──ふふっ」

「若作りはそろそろやめたらどうだ。その喋り方とか」

「キャラ作りじゃないのだわ!?」

 ────傭兵と幻想、その取り留めのない閑話。

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