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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv2:『旅立ち』
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Level20:『うまれいずるところ』

 闇夜の森をかき分けて踏み込む。背にはもはや、剣戟も聞こえない。聞こえる音は、アウルの小さな寝息か、暗闇にさざめく鳥の鳴き声くらいのものか。先刻までいた広場からある程度の距離を置き、暗闇に潜むことが出来たか──そういったところで三人は立ち止まり、そして真っ先にウィリアムが口を開いた。これからの方策のためだった。

「多分だけど、僕らに数の利は無いだろうな。逃げまわってもジリ貧にならざるをえない、と思う。クロエの体力的にも限界がある」

「……火を灯していけば、誘導、できない……かな。……時間かせぎには、なる、と、おもう」

 クロエにしても無策に、無責任に請け負ったわけではなかった。無論、無力な彼女ひとりならばどうにもならなかっただろう。だが、決して不可能だとも思わなかった。例え“帝国”の兵であるとはいえ、少数でのゲリラ戦に長けた戦力が多いとは考えがたい。

 いくら訓練を積んでいるとはいえ、彼らは兵、即ち軍の一部だ。位の高い騎士であるならば騎乗戦闘の訓練に長い年月を割かれるであろうし、白兵戦は密集陣形での戦が主だ。不用意に群体から離れてしまえば、弓矢の的にされるが必然。

 一方でエリオは、全く逆のことを考えていた。

「火、灯りか。──使えるぜそいつァ。クロエ。ひとつ提案があんだが」

「……なに?」

 クロエが、かくりと首をかしげる。ウィリアムが興味を示したように、暗中、エリオに視線を向けた。静かな夜に、エリオは語る。

「誘いこむ。ウィルの言うとおり、ジリ貧になる可能性を考えりゃ、その前に攻めるが肝要──つまり必然的にクロエが一番危険だってェことになるが」

「やる」

「はやいな!!」

 真っ直ぐに、クロエの青い瞳が見返す。ノータイムでの返答はクロエの決心の堅固を示していたか。その思い切りっぷりは思わずウィリアムが突っ込みを入れてしまうほどであった。

 つまりそういった経緯で、クロエとアウルは、陣形の中央に位置されることとなった。その周囲に火を灯した松明を設置し、いかにもな誘導、しるべとする。月光ばかりを明るみとする、暗黒に包まれた森の中では、さして大きくはない灯火でさえもやけに目立った。

 そしてウィリアムは、暗闇に潜むこととなった。少年は即ち、かなめである。直接的に相手方の戦力を削りとるためには、白兵戦を挑みかかる戦力が必要であった。──しかし問題は、装備と、あるいは練度の差だ。少々は経験を積んだ、そして地の利がこちらにあるとは言っても、真向勝負で敵うかどうかは、きわどい。なんと言っても、ウィリアムは未だ齢十五の少年剣士でしかないのだ。

 この陣形が意味するところは即ち、各々の役目を定め、それぞれの穴を埋めること。なればこそ、明らかに目に付く問題を、放ったままにするはずはない。どうにもならないことならばともかく、今この場には、守るべき対象であるところのアウル、そしてクロエとウィリアム、加えてもう一人、エリオがいるのだから。

「──さ、てェ、と」

 エリオは“森の人”と呼ばれる小さな民族の出身である。とある中小国家に存在する森林地帯、その守り人の一族であった。彼が森歩きに慣れ親しみ、あるいは隠密行動に秀でる由縁は、そういった彼の起源にあると言っても良いだろう。

 純粋な戦闘能力においてはウィリアムに後れを取るが、夜目が効き、破壊工作を得意とする彼は、他者の裏を突くことならば、一切の追随を許さない。ゆえに────現在、配された陣形で、エリオが遂行する機能、それは戦況の把握、そして状況の撹乱。

 樹上に陣取ったエリオは、遠目にクロエとアウルの姿を確かめれば、周囲に視線を渡す。暗闇に冴える碧眼が、猫の瞳のように大きく見開かれていた。その双眸が、不意ににわかに細められる。何かを見とめたエリオの瞳。

 ──しろがねの光を返す全身鎧。フルプレートアーマーの兵が二人。ローブに身を包んだ、魔術師であろう姿も見受けられる。それを一個の小隊としているのか。魔術師が灯しているのだろう、その周囲には蒼白い魂魄の様な光が漂っている。そろそろ、クロエ達の居場所を示す光が、彼らの視界に捉えられる──そういった距離であろう。自然、彼らの行く先は標に向く。注意がそちらに向けば、当然、周囲への警戒はそぞろだ。

 ゆえにエリオは、スローイングナイフをその手に構えた。この暗中にどれほど狙いを効かせられるものかと不安の種は無いでもなかったが、幸いなことに、敵方もまた標を手にしてくれているのだ。細めた瞳が、標的の魔術師を射抜く。猛禽にも似る視線。

 ────ひゅん。

 風を切り、凄まじい速度で正確無比に飛ぶ短刀。進行方向が一定に定まっている以上、例えそれが動く対象であるとて狙いは容易。銀の切先が、とすん、と人体に呆気無く突き刺さる。路傍に崩れ落ち、無謬に零れ出す紅が土を濡らした。樹上からその光景をエリオは眺める。遠景に見るその様相は、どこかひどく滑稽で、空虚で、現実味が薄かった。突如として後衛が倒れ伏した所に、兵の二人は慌てた様子を見せる。

 ふ、と糸が切れるように消え失せる、彼らの周囲を漂っていた灯火。術師が倒れ伏してしまったせいだろう。もはや頼る光が無い以上、彼らの寄る辺は、クロエらの傍らにある導きの灯のほかあるまい。

 だからこそ、それが罠となりうる。

 唐突に突然に、戸惑いながらも一歩を踏み出した一人が、つんのめった。フルプレートの兵が、前のめりに思い切り倒れこむ。がしゃりと響く金属音。高みからエリオが見下ろす光景そのは、やけに間の抜けたものであった。──クロエのいる場所を標、最終地点として定めるならば、その周囲に仕掛けをひとつとて施さない理由があるだろうか。木々の幹に結ばれ、橋渡したロープが、兵の脚を掬ったのだ。

「──なんとかなるもんだァな」

 あるいはこれも無意識に、エルフの少女の救いの手が差し伸べられているのか。彼女の防衛機構がいかような働きをもたらしているのか、定かではない以上、知る由もなかった。ひとりごちながら、エリオは静かに幹を伝い地に降り立つ。

 ちょうど、転げた兵の不意を打つ形でウィリアムが飛び出した時のことだった。刃の煌きが宙に踊る。振りかぶられた刃は、真っ直ぐに振り下ろされ、そして──可動部となる兜と鎧の隙間に、滑りこまされた。予期せぬ急襲にか、残された一人の動きが硬直する。どう見ても、倒れた彼は致命傷だろう。首筋から溢れ出して地を、そして刃を濡らす血液の量がそれを表していた。エリオは思わず息を吐く。感嘆を隠せない、といった様子だ。

 この暗闇の中、正確に急所を突きせしめた技術も含まれるが──何より、その剣の躊躇の無さは、賞賛に値した。先刻、レイヴンがウィリアムの剣を評したあの言葉は、その辺りに由来するのだろう。少なくとも、冒険者ならずものの法に照らすのならば、賞賛すべきことだ。まともな人間ならば、否、まともならずとも、人に容赦なく刃を振るうことは、容易なことではない。魔物を殺すことに遠慮はなくとも、人殺とは、この暗黒の時代でも──決して軽いことではない。

 法の上での罪の如何ではない。同じ人の形をした者を殺す、ということに対する、罪悪。嫌悪。それは拭いがたく付き纏う。これまででエリオが分かったことは、ウィリアムは決して、無慈悲で残虐な戦士ではない、ということだ。熟練というには遠く、まだまだ若いが、生への執着は強い。だが、それだけでは、説明がつかない。

 ──ウィリアムの心的な強靭さは、彼の年齢を鑑みれば、不自然ですらあった。

 少年は無言で血を払うとともに、身を翻すと、すぐさま残る一人へ斬りかかった。不意打ちならばともかく、真っ向からの切り込み。プレートアーマーという彼方の装備を鑑みれば、まるで無謀な行為。それでも鎧と鎧の隙間を縫うような刃は、しかと捌かざるを得ない。兵は咄嗟の反応を示し、幅広の剣を振るうウィリアムを身体ごと弾き飛ばす。得物は槍。鎧の重量も乗せた一振るいは、凄まじい威力を持ち合わせていた。槍の間合いを取らんとしたのか、そのまま一端距離を置こうと彼は身を引く。

 退いた身に、するりと刃が付け入る。足音も無く、静かに寄り添ったエリオが、背後から刃を突き立てたのだった。全身鎧も合わせれば、総重量にしてトロルをも上回るのではないかという重みが、地に崩折れる。──生々しい、肉に刃を突き立てた感覚が、エリオの手の中に残る。

「エリオ、まだ──いるか」

 闇の向こう側からの問いかけ。ウィリアムの声だった。エリオは静かに首を横に振る。

「わかんねェな。けど、これだけじゃねえと思っておいたほうがいいだろォよ」

 そっか、とウィリアムは頷いて答え、不意にクロエの方へ視線を向ける。と、少女はちいさな手を精一杯に高く掲げて、こっちは大丈夫、というサインを送ってきた。ほう、と少年は安堵の吐息をひとつする。

 瞬間、だった。

 近くはないが、しかし遠くもない。彼方から響く爆音。決して無視すべきではない、驚異的な炸裂音が──此方にまで、届いた。木々の緑葉一枚一枚を揺らめかせ、生み出される甚大なさざめきが周囲を席巻する。そのまま一度ならずとて、二度に三度と連なるように弾ける轟音。クロエの蒼い瞳が、まんまるに見開かれていた。

 ────程近くに立ち上る光の柱。周囲の木々を薙ぎ払い、尽く枝葉を魔力の奔流が打ち払う。遙か暗闇を切り裂き、天まで打ち上がる聖白の魔力は、さながら極大の火柱にも似ていた。まるで森の一角が切り開かれたかのように、一帯を更地と化す。

「なん……だ、ありゃ」

「新手、いや、あれが──頭首、かッ」

 ウィリアムらには区別がつくはずもない。それがレイヴンか、あるいは彼が対敵する者の力なのか。レイヴンがウィリアムらと相対したそのとき、力の全てを出し切っていたとは、とても考えられないからだ。しかし、その事実もじきに知れる──光が晴れた先、その向こう側に、男が地に伏し、そして一人の女が、彼の前に立ちふさがっているということに。

「ふ……む。まだ見つかっていない、か。む?」

 プラチナブロンドの女、レイチェルが、その視線を鋭く周囲に走らせる。倒れ伏す男、レイヴンは半ば意識の外──すでに仕留めたという認識か。初めに見とめたのは、地に伏している兵達の姿だ。その様子を、彼女は大いに訝しんだ。なぜならば斥候兵は、ウィリアム、クロエ、エリオ──この三人を、認知出来ていなかったからだ。ならばこそ、先刻の兵達の警戒が薄かったことにも納得がいくだろう。レイチェルは瞳を細める。クロエはその目に、射すくめられたかのように──その場に、へたりこんでしまう。その傍ら、眠り続けるはエルフの少女。

「護衛がいた、か。良いわ。早いところ包囲して──」

 瞬間。

 レイチェルの瞳が、ひときわ大きく見開かれた。その色彩に乗せられた感情は、間違いない、驚愕一色。果たして、驚異的な戦闘能力を保持する彼女が、一体何者を驚きの対象としたのか。その双眸は少年に向けられ、真っ直ぐな視線を一身に受け止めさせられていた。ウィリアム。灰色の頭髪。暗闇とすら称される黒きまなこ。携えるは一振りの刃。

「────ウィリアム王子ッッ!」

「……えっ」

「あァ!?」

 エリオと、そしてクロエの視線までもがウィリアムに向けられ、驚きの声が上がった。クロエなど目の色を白黒とさせ、ぱちぱちと瞼を瞬かせている。当の少年は──その呼び名に、まっこと渋い表情を浮かべて、肩を竦めるばかりだ。

「……やめてくれ。二十番目のガキだぞ、僕は。継承権なんぞ無きに等しい」

 それも────物心ついてから、当て所なくふらついてきたような身だ、と。

 ウィリアムは、レイチェルの言葉を確かに認めながら、静かに首を横に振った。

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