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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv1:『出会い』
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Level2:『仮宿に帰るまでが冒険です』

 ゴブリンと、そう名付けられし魔物。毛深く、赤色に近い褐色の肌を持ち、どこか猿にも似た異形の小鬼──それが、その魔物の姿であった。

 そして、迷宮の内部から確認することが出来るゴブリンは一匹。しかしこちらから仕掛ければ、獲物探しにでも散開しているに違いない、仲間のゴブリンがすぐさま戻ってくるだろう。そして、それで構わない。ウィリアムは階段の一歩目に足を掛けると──そのまま、足音を隠しもせず、翔ぶが如く疾走する。

「──ッッ」

 迷うこと無く抜き放つ。空の光を返して走る一閃の元に、ゴブリンの首を刈る。ぐらりとよろめき、倒れる姿を、返り見もしない。舗装された道を外れた、草原──元々はそれぞれがそれぞれのダンジョンに居着き、互いに無干渉を貫いていた結果、平和を保っていたその場所──に、散逸している小鬼が、四匹。それらがすぐさま集合し、陣形を固めた。その様を──見止め、すぐさまにクロエが駆け出す。ウィリアムが身を屈めた。迷うこと無く、クロエはその背を踏み台にして、行く。

「ぐえっ」

「……んっ」

 にわかに申し訳なさそうな表情をしていたのは果たしてウィリアムの気のせいであったか否か。余計な思索の間は一瞬。勢いのままに宙空に飛び上がったクロエの、その無手に、魔力の集約を示す光が宿る、瞬間──焔が生まれた。恐らくは精霊に属する魔術。それが、そのまま上空から撃ち下ろされる。ゴブリン一匹程度ならば、容易に飲み込み得る、焔の塊。その驚異に、四匹のそれぞれがそれぞれ散らばろうとして──果たして一匹、逃げ遅れた間抜けが、その炎の餌食となる。その姿は一挙に燃え上がり、ごとりと魔物が手にしていた鉄の剣が地に落ち、そして骨も残らず燃え尽きた。同時。ウィリアムが地を蹴り抜く瞬間と全く同時、クロエが──何かを、投げつける。ゴブリンに向けてそのまま飛来し、ごつんとその頭を打った。なんのことはない。ただのたいまつである。そして投げ付けた主は、クロエ──いかにも小さく、そして非力な少女の姿。そのゴブリンが、刹那、物狂いじみた怒声を張り上げる。鉄の剣を、振りかざす。常ならば集団の利ゆえにか冷静な判断が出来たかもしれないが──続けざまに二匹の仲間を屠られた低級の魔物に、そんな知恵は望むべくもなかった。背を向け逃走の姿勢に入るクロエを、単騎で追い掛けんとするゴブリン──その愚挙に、統率が失われる一瞬。真っ直ぐに飛び出していたウィリアムが一閃、刃を振り抜く。逸れ者の一匹の胴を真っ二つに切り裂き、狩る。

「────次ッッ」

 瞬時に切って返す。クロエを追うゴブリンを、迅速に仕留める必要があった。彼女の矮躯程度、例えゴブリンの一撃とはいえども、取り返しの付かない傷が残る可能性がある。それは出来得る限り避けねばならないと、ウィリアムは思考する。既に相手方に数での利はない。ゆえに最早、どうとでもなるだろうという状況。ゴブリンのその背を仕留めんとすれば、また己の身も狙われる定めであろうが──それは必要経費である。まともに食らいさえしなければ、問題はない。勢い良く地を踏み締める瞬間、開いたクロエとの距離を一歩で詰められる間合い。彼女が走る事を止めさえしなければ、彼女の背に刃が届くよりも速く──ウィリアムの剣にて切り伏せられよう。

 急げ。風を切る様に駆け出し、刃を振り翳し。その背を狙い──瞬間だった。

「……後ろッ」

 クロエの声が、したのは。その姿が立ち止まってウィリアムを振り返り、その涼やかな声が、ウィリアムの背を示していたのは。目の前にはゴブリンが、まさに凶器を手にして、振りかざしたその刃を振り下ろさんとしているというにも関わらず。

 そんなことは承知の上なのだと──ウィリアムは歯噛みする。

「──……ンのっ、くそばかッ」

 思わず声に出して毒づくほど、それは愚直な行為であった。少女自身が傷つく事を顧みない──愚かしい行ないであった。間を置かず、刃が振り下ろされる。避けようもない。避けられようはずもない。振り下ろされる刃が、少女の脳天に向けて落ち────かすかに身をよじると共、刃が逸れる。逸れた刃が少女の腿へと無情に落ちる。非情にも突き立つ刃が白い肌を鮮血に濡らす、その光景ありさまを見て取り──ウィリアムの疾走が、加速した。刃を引き連れる。魔物の白刃が突き立ち、そして貫くまでの、刹那の間隙。

「死ィ────ッッ!」

 飛ぶ。少年は迷うこと無く掲げた刃を、脳天に突き立てる。脳漿か何か、得も言えぬ奇妙な色合いの液体が天に向かい吹き上がった。深々と突き入れ刃を捻るようにして抉り、確実に仕留める。そして突き立てた刃を抜き放たぬまま、腰のもう一振りを抜き──ウィリアムの背にいるのであろう。気配に感じていた、クロエが指差し示したその姿に向けて一振り。最後の一匹を狙う凶刃。

 ウィリアムのあまりにもあまりな、凶気の撒き散らし方に──魔物こそが、一歩を引いた。振るわれた刃も、その身をかすかに掠めるばかり。本能から刃を躱しせしめたゴブリンも、しかしすでに一匹しかいない状況。逃げ出そうとしたのか、踵を返して──尋常ならざる足取りで、ふらふらとよろめき──ばたりと、倒れる。まるで、毒にでもやられたかのような。

「……ふ、ぅ」

 毒。そう、毒だ。ウィリアムは先刻に蛇を剥ぎ取った際、毒袋の毒を、収めた刃の剣先にたっぷりと──塗しておいたのだった。刃を収め、ゴブリンの頭に突き立ったままであった一振りの剣を引き抜き、一息吐くと──急いで少女の傍らに駆け寄る少年。

「……よし、クロエ、とりあえず傷の手当てだ」

「……うーん」

「なんか僕に不満そうな顔されてる!」

「……ばかって」

「バカだろう!」

 ウィリアム少年はそう言うものの、少女クロエとしては、どこか納得行かないかのような様子である。わざわざ身を呈して傷を負いもしたにも関わらず、馬鹿と言われるのはあんまりだ──とでも言いたげな、そんな顔である。そしてそれは、ウィリアムにとっても分からないわけではない。

 でも頼んだわけではない。というか積極的にやめてほしい。やめてほしいと頼みたい。それがウィリアムの正直な心境であった。

「……戦力外の、わたしが、負担を、背負っておく、ほうが……効率的」

「確かに」

 確かに──あのとき、クロエがそこで立ち止まらなければ、ウィリアムがゴブリンの背を切り伏せるのは、あと一手遅れていた。その結果、ウィリアムが背後から痛烈な一撃を食う可能性は否めない。剣を振り切った攻撃後の一瞬は、何よりも無防備な姿を晒している時であるからだ。

「……ということ」

「納得」

「……した?」

「しねえよ! 嫁入り前の娘さんを傷物にしたら僕にはどうにも出来ねえよ! そこのところ考えてよ!」

「……」

「宜しいでしょうか」

「……うん」

 不満そうではあるが、ゆらゆらと黒い髪を揺らして頷いてみせる少女。多分、阿呆なことを言い合っているよりも、早めに傷の手当てをしたほうが良いか、という彼女の冷静な判断により、自ら折れたのである。外見に反してクロエは、ウィリアムよりかは幾許か大人であった。見た目には寄らないものだ。と、少女はローブをまくりあげ、白くか細い患部を露とする。穴の開いてしまったローブは以後、使い物にはなるまい。

「……。よし」

 迅速に傷口を水筒の水で洗い、薬草を煎じた薬を塗付し、しっかりと包帯を巻く。毒消しの類の持ち合わせはなかったが、そこは必需品、傷薬が余っていたのは僥倖であった。とはいえ取り敢えずの応急処置に過ぎぬ。痛みはするし、大人しくしておけば当面の問題は無いだろうが、何にせよ後できちんと看てもらう必要はあった。

 いそいそとローブの裾を引き戻しつつ、クロエは立ち上がらんと試みる。そして、転げた。すっころげた。前のめりに、倒れた。表情をしかめる。流石にいかんともしがたい。

「無茶すんない」

「……心配。かける」

「気にするなら怪我するんじゃないよ! もう!」

「……あ」

「……。取り敢えず背負ってこう」

 今気づいた、みたいな顔をされて、本日何度目かの天を仰ぎながら、ウィリアムは頷く。神妙な視線を感じる様な気もするが、積極的に気にしないことにした。さて、まずはきちんと整備された道にまで戻ることが第一である。なにせ町外れは些か物騒だ──だがこの場所は、元居た町までそう遠くはない。そしてクロエの重量ならば、恐らく問題はあるまい。という算段をつける。

 その時、だった。

 ゆらりとクロエが彼方を指差す。かすかに震えた指先。ウィリアムが振り返る。少年が、そこに見た。そこに──いた。兜と剣で武装し、通常のゴブリンより一回り大きな体格の、魔物。異様な、青色の肌。ゴブリンの親玉格、悪鬼────ゴブリンチーフ。

「うえ。……そう、か」

 確かに、聞いた。ゴブリンは五匹だと聞いた。ある程度の統率力を持った、五匹のゴブリン──彼らが、一匹の長の元に動いているわけではないと、果たして誰が保証出来たろうか。あまりにも、甘かった。そしてその魔物は、ウィリアムがクロエを背負って一対一で逃げ切れるほど、甘い敵でも、無かった。普通のゴブリンよりも数段上の強敵──危険指定生物ボスモンスター

 その危険性の真価は、部下であるところのゴブリンを複数引き連れた時にこそ発揮される、が。その手下をやられ、逆上した悪鬼と──未熟な剣士であるところのウィリアムが、手負いの少女を背後に庇い、相対してしまっているという、この状況。逃げられるかと、ウィリアムは彼女に視線を投げる。小さな身じろぎの後、静かに首が、横に振られた。ならばと、ウィリアムは剣を抜く。不意打ちも何も無い。万策は尽くした後だ。

 これは──死んだかな、とウィリアムは思った。



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