表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv2:『旅立ち』
17/53

Level17:『妖精郷』

 これは、まやかしか。惑わされているのか。三人の誰もが目の前の光景を疑ったが、それは確かな現実のようだった。その場に転がるガルムの死体をエリオが見聞してみれば、ウィリアムが剥ぎ取った痕跡があることから、確かに先刻のガルムであると分かる。クロエはウィリアムに身体を支えられながら、漸うと立ち直って自分の足で立つ。と、エリオがふと疑問の声を上げた。

「なァ、ウィル。おばちゃんが言ってたろ。なんだっけな、気づけば入り口に戻されてる、だったか?」

「それだな」

 違いないとウィリアムは同意する。森に迷い込んだ街人が、いつの間にか入り口に回帰していたという情報。それもまた、この森が示す不可思議のひとつと考えられたが、しかし、それにしてもとエリオは首をひねった。何か、得心が行かないことがあるかのように。

「今のこの状況──そいつの全く逆だぜ。そもそも出ようとしても出られねェってなァ、想定外だ」

「僕は、奥で何かを守ってると思ったんだよな、それを聞いて。でも、それじゃ、辻褄が合わないことになる」

 ウィリアムの推測が正しければ、方位磁針みちしるべを失った彼らは、そのまま入り口へと送り返されなければおかしい。さりとて、実際に起きている現象としては、エリオの言及した通りだ。クロエは、ぐるりと辺りを見回して──不意に、ぽつりと呟いた。

「……侵入の、意志の……有無」

「オレらと、そいつらの違い……ってェわけか」

 偶然か、必然か、その差異だ。静謐の森に、クロエの涼やかな声が良く通る。

「……誘い、侵入者を、排除する……仕組み、なのかも、しれない」

 なるほど、と二人は首肯する。ありえない話ではなかった。この迷宮を初めて見たときに受けた印象、それは、この森そのものが変化しているかのようだ、というものだった。その変化に、何らかの意志や目的が介在している可能性は、決してありえない話ではない。その意志が、果たしていかなるものかは定かではないが──彼らにはひとつ、心当たりが存在していた。

 ウィリアムが、口火を切る。

幻想種エルフの持つ防衛機構、そう考えれば、納得は行くな」

 魔物をけしかけ、それを撃退された結果。防衛戦のレベルを、引き上げられたのだ。そう考えれば──ふゥむとエリオは頷いて、値踏みするかのように視線を道の先にやった。

「行くしかねェか。仮説が合ってるかどうかはともかく、出ようとして出られなかったことが現実、無駄なことを繰り返してもしょうがねえ」

 さっきのガルムの群れを相手にしなきゃなんねェ訳だが──と、エリオは肩を竦めてみせる。おまけに、その先に何が待ち受けているかも知れないのだ。辺りはまだ差し込む木洩れ灯に明るいままだが、じきに陽は傾き、暗闇が落ちるだろう。そうなってしまえば、状況は悪化の一途をたどる。そんな事態に陥るよりも先に、道を切り開くことが先決か──ウィリアムは改めて先鋒に立ち、二人を返り見る。

「行こう。日が落ちる前に片をつけて、少なくとも退路くらいは確保しなきゃあ」

「……うん」

「異義なァし」

 頷き合い、彼らは再び歩を進め始める。脱出するためではなく、明確に奥へ奥へと進む意志を持って、誘われるがままに行く。先刻、ガルムの群れが確認出来たかと思われる辺りで、エリオがひょいひょいと樹上からの視界を望んだ、その時だった。クロエがぽつりと、呟きを零す。

「……すごい、ね。……自然が、意志を、持つ、なんて」

「エルフは自然とともに生きる、なんて良く聞いたよな。っても、これじゃあ、まるで──」

「……自然、そのもの……みたい」

 彼女もまた同じように感じていたのか、紡がれかけたウィリアムの言葉を、クロエはその通りになぞってみせる。危険な状況にも関わらず、少女の顔に不安の色は薄い。むしろ楽しげなその表情に、ウィリアムは少し、いや、かなり意外に思った。

「────なァッ!?」

 と。

 期せずして、エリオの叫び声が上がった。何度目のことか。褪せずに滲み出す驚愕の色に、ウィリアムは戦々恐々とする。少年にも、クロエにも、またか、という思いは抱けなかった。まるで他人ごとではないのだから。

「今度はどうしたんだよ! もう何が来てもそんなに驚かないからな!?」

 こくこく、とクロエはしきりに首を縦に振る。というか、これ以上に驚かされてたまるものか、といった様子であった。とん、と小さな音を立ててエリオが地に降り立つ。その顔色は、とてもではないが平静ならぬそれだ。過ごし良い自然の風が木々の合間を吹き抜けているにも関わらず、エリオの額にはじっとりと汗が滲んでいた。

「あァ、もう、なんだ! 見りゃ分からァよ、行くぞ、別に危なくはねェから!」

 危なくは、ない。どういうことだとウィリアムは眉をひそめたが、構わずエリオは靴先を前に向けて歩み出した。少年はクロエに目配せするが、少女は、こくんと頷きを落としてみせるばかりだ。今は彼を信じるしかあるまい、そういう意であろう。先導するエリオに付いて森の迷宮を真っ直ぐに進めば、程なくして彼らは、その光景を眼にすることとなる。

 先刻見たガルムの姿は、四匹。しかし、そこにいたのは、四匹どころの話ではなかった。パッと見では、誰もがその数を認識しかねたほどだ。ゆうにその数、十を上回るだろう。エリオはため息を吐き、クロエの肩が呆けたようにずるりと落ち、ウィリアムは眼を白黒とさせた。まさしく、脱帽である。

 そこにあったのは、十を越える────ガルムの死骸だった。

 そのどれもが一閃のもとに切り捨てられ、小さな山のごとく屍が折り重なっている。局地的に、地獄が具現したかのような有様。一体どこの誰が、このような惨状を作り出せるというのか。それも、恐らくは、たったひとりで。ウィリアムは無意識に十字を切っていた。

「これは、どうするか、考え直したほうが、いい、か……?」

「どうもこうもねェだろ──ヤベエのに出くわしたら全速力で回れ右、だ」

「……退けない、のが……つらい、ね」

 ぽつりとクロエが呟きを零し、背を返り見る。そこに道が無いわけではないが、しかし、実質的には退路が塞がれているにも等しい。さながら迷い道の入り口。すぐさま退く、というその言葉には賛同しながらも──しかし、ウィリアムにはどうしても疑念が心中に残った。否、その疑いは、ウィリアム以外の二人にも必ず過ぎったことだろう。ただ、あまりにも悲観的で、どうしようもない仮定だったので、見てみぬふりを──してしまったのだ。

 もし、此れほどの魔獣を捌いてみせる冒険者がここにいるとするのなら、しっぽを撒いて逃げ出したとて、どうしようもないのではないか、と。

 そんな不安を拭い去ろうとするように、三人は適当な推論を交わしながら、ただただ歩いた。

「あれがその、なんだ? 剣魔七星セプテントリオンっつゥ奴の仕業だったりすんのかね、ウィルも入り口んとこで言ってたろ」

「僕はあれは単なる杞憂だとも思ってたんだけどな、だいたい、都合が良すぎる──いや、悪すぎるのか」

「っても、他に何がいるってェ話だぜ」

「……エルフさん?」

「アグレッシブなエルフだな……」

 そんなエルフはどんなお話にも見たことも聞いたこともないぞ、とウィリアムは嫌そうな顔をした。剣使うってのもイメージでもねえなァとエリオが笑う。「……うーん。……肉、食べなさそう……だしね」真面目な風のクロエの呟きを、そういう問題かとウィリアムがおかしそうに突っ込んだ。一行に不思議と悲観の色はない──当面の食料には困らず、火種も少なからず用意があるのだから、一夜を越すくらいならば、どうにかならないでもない、といった推測がその所以か。暗夜で魔獣に襲われるリスクがあることに、変わりはないが。

 と、歩み続ける内に、一直線に連なる木々によって織り成される通路の向う側に、開けた空間が垣間見えた。四方を木々に囲われるがまま、しかし開放感のあるその領域は、小さな広場とも呼ぶことが出来るだろう。

「……わ」

 三人が、その領域に足を踏み入れる。むき出しの土の道はそこで途切れて、草木生い茂る地面はさながら芝生の体だ。木陰の隙間、燦々と降りそそぐ陽光は、疎らな木洩れ灯とは比べ物にならないほど眩い。時々に身に心地良い涼風が吹き抜け、草木を揺らがせる。魔物の、その影さえもうかがわせないような、穏やかな──自然の織り成す世界が、そこにあった。

「まァた、えらく毛色の違ェ場所だこと」

 エリオはゆっくりと周囲を見渡してみせる。花に寄り添う蝶、草木を寝台にして眠る小さな妖精種。整然と、そして冷厳と自然の脅威を叩きつけてみせるかのような森林の迷宮に比して──なんと幻想的で、そして非現実的な光景か。小鳥のさざめきまでもが耳に届き、エリオは思わず呆れたようなため息をつく。

「いかにも中心部、だなあ。休憩所って訳でもあるまいし」

 まるで秘境。その奥にまで脚を進めてみれば、小さな泉さえ湧き出していた。少しずつ傾く日、赤らむ空が、水面に映り込む。このような場所が、果たして、どれほどの間、人の目を避けて存在し続けられるだろうか。ありえないと、ウィリアムは素直な感慨を抱く。

「……あ、そこ」

 ついとクロエの小さな指先が、彼方、泉のかたわらを指し示した。いや。指し示されるまでもなく、その方向に視線を向ければ、ウィリアムとて理解し得た。ただ、ウィリアムも、エリオも──それがあまりに大きすぎて、その存在を、認識することが出来なかったのだ。この世界の、さらに中心に聳えるのだろう、それは遥か高く天を仰ぐ──大樹。

 広がる木陰、そして、その樹の根元。ちいさな人影がひとつ、遠目からにも見える。

「……見てみっか?」

「行くだろ!」

「……うん」

 各々に頷き合ってみせ、ウィリアムが先導する隊列で歩み出す。案ずるより産むが易し。というか、あまりにも迷いがなかった。暖かな日の下に反して涼やかな木陰から、少しずつ近寄って、その人影との距離を縮めていく。

 そしてその正体を、見た。

 木陰、大樹の根元に座した人影、それは──幼く見える、少女であった。背から腰までを流れて侍る金色の髪は上質の繊維のように。眠りこけているのか瞳は閉ざされ、その色彩は判然とせず。絹の貫頭衣に白い肌身を包んで、小さな胸を、ゆっくりと規則的に上下させる。そして────尖った耳。エルフの証左。”五番目の精霊”とあだ名される幻想の種。

 森林の主が、当たり前のようにそこにいた。

「──オイなんか当たり前みてェにいんぞ」

「迷子の子どもって可能性も──うん、無いな……」

 少し遠巻きにその様子を見守る。男ふたりは真顔だった。幻想の存在が、至極当然のような顔をしてそこに居座っている様子を見て、いっそ驚きの感情が麻痺してしまったかのようだ。一方のクロエといえば──

「……かわいい。……ちっさい、ね」

 などという呟きを零していた。クロエ、君も似たようなもんだ。とは流石にウィリアムも言わなかった。というよりも、言えなかった。そして彼らをよそに、中心に存在するかの少女は、かすかな寝息を立てて寝入っている。気楽そのものであった。

「どうする? ……放っておくべき気が、僕としてはひしひしとするんだけども」

「っても、それじゃ問題が解決しねェだろ。一応は仕事なんだぜ」

 起こそう。エリオは覚悟を決めた眼で言い切った。鬼の目をしていた。しかし、それは同時に決心の現れでもある。エリオが踏み出すと共に、ウィリアムもまた、一歩を歩み出していた。お前だけにやらせるかよ、といった心の通じ合いがあったかどうかは、果たして定かではない。

 彼らが、エルフの少女へと歩み寄る刹那────劫と突風が吹き荒れた。大樹に生い茂る緑葉が、互いに擦れ合いざわめく響きは、さながら自然の囁きのよう。後ろのクロエが、ふと前髪を押さえながら、空を見上げて──そして、自身の目を思わず疑った。

「────……な」

 凶鳥。

 否、鳥ではなかった。それは、人だった。凄まじい速度と、落下を伴い、人の形をした影が、飛来する。その形状がゆえに人と判断するしかないそれは、その手に一振りの刃をたずさえて、前列に立つウィリアムの斜め上空より真っ向から、突貫していた。──目にも留まらぬ強襲、急襲。それは、疾すぎた。少年が刃を手にしたまま、その目を見開き、慄く。

「……ウィル──っ!!」

 森羅に、クロエの叫び声が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ