Level14:『宴と後始末』
「初めに星が生まれた。星は天を輝かせ、同時に闇を産み、そして遙か遠き地を照らした。二日目に、火の精霊は太陽を空に浮かべた。二日目、土の精霊が大陸を削りだした。三日目、水の精霊は海を大地の裾野にはべらせた。四日目に風の精霊が、大気を世界中にめぐらせた。五日目、精霊たちは皆の力を合わせ、生命を育んだ。六日目、彼らはこれまでの営みを決して忘れぬよう、しかとこれまでのことを記録した。そして最後の七日目、彼ら四大精霊が休息しているよそで、悪魔はあくせくと働き、世に魔物という存在を産み落とした」
これは、この世界で一般的な宗教である“四大精霊信仰”における創世の記録だ。ただし、愉快な詩人達によって面白おかしく大いに色が付けられたものだが。
この詩は、労働者たちによって長く──それこそ何世代という時を隔ててなお──語り継がれている。というのも、それには理由がある。当然だ。この詩の本意が単純明快で、そして、多くの人間の心を打ったからだ。
即ちこの詩が意味するところは──こうだ。
“休日に働くやつは悪魔だ! 人間よ! 悪魔に生み出された魔物たちよ! 汝ら罪なし! 休め! 呑め! 騒げ! 大いに歌え! 精霊もかく仰せられたのだから! ”
という訳で、ウィリアムらは酒場にいた。いつぞやかにも世話になった『旅の帳亭』の一階である。酒場は例え休日であっても意気揚々と営業中、その商魂の逞しさには精霊さえもひれ伏すだろう。そしてそこでくりひろげられているのは、残虐なまでのどんちゃん騒ぎだった。こんな宴が許されようか。まるで百鬼夜行。悪鬼羅刹。酒が飛び交い、流言飛語が踊り、罵詈雑言が歌われる。飛ばされる野卑な賛美をいなして踊り子は流麗に舞い、詩人は金糸雀のごとく鮮烈な声を張り上げた。客は大よそが同職ギルドに属する男たちなのだろう。陽気に愉快な、痛快なまでの宴会だった。──しかも昼間っから。
「おい、ウィル、全然飲んでねェな!? 呑め! もっと呑め! 浴びるように呑め! クロエの嬢ちゃんをちったァ見習ったらどうだ!? 割とイケる口じゃねェのよクロエ」
「…………」
「僕はともかくクロエの顔が赤いを通り越して青いんだが。口数が減ってきてるんだが。ただでさえ少ない口数が滅しそうなんだが」
「……きもちわるひ」
エリオの端正な白い顔は、すっかりと酔いに赤くなっていた。なんというか、こう、ありていに言って、ハッスルしていた。陽気極まりない彼は、豪快に酒を飲み干す。人の金で飲む酒ほど美味いものは無い。──とはいえ飲み過ぎは毒である。そしてクロエは、もう、ぐったりであった。テーブルの上に頬を乗せてうな垂れるクロエの背をさすりながら、ウィリアムは忙しなく酒場中を駆け回る酒場の娘に声をかけ、水を頼む。「はいー、少々お待ち下さいっ!」小柄な体躯、おかっぱに切りそろえた髪、小さな顔に鎮座する一つ目。いわゆるチャームポイントである。サイクロプスと、人の間の子か。
「今の子かわいくねー? やべくね? ちょっと後で声かけるかなオレ」
「住み込みで働いてる子じゃないか。おばちゃんに怒られるぞ──クロエ! 大丈夫かクロエ! なんかもう青いすら通り越してるぞ!」
クロエの表情は白から赤に染まり、そしてやがて青くなり、再び白に戻る、という過程を辿っていた。それ即ち、蒼白である。幼い少女にしか見えぬクロエが、はー、はー、と尋常ならざる息を吐いている姿は、何とも言えず色っぽい。いや、そうではない。ウィリアムは不埒な考えを振り払いながら、彼女の背をさする作業に暫し従事した。水を持ってきてもらい、礼を言うと、おもむろにクロエに飲ませる。
幾許か彼女の顔色が回復し、ウィリアムはほっと一息吐いた。エリオは「回復したっぽいしまだ呑めんじゃね?」と抜かしていた。きひひと悪辣に笑い、不意に顎で促す。
「いっぺん休んでくりゃどォよ。部屋一個あてがって貰ってんだよね」
ほいとエリオは軽い調子でウィリアムに何かを投げた。部屋の鍵だった。ぱしんと受け止め、一瞬の黙考の後、というか間に、クロエがゆっくりと立ち上がる。ゆらりゆらりと不安定にうつろいで揺らめく身体の有り様は、どこか幽鬼じみていた。
「……ちょっと、だけ……やすみ、たい」
「それじゃあ、ちょっと行ってくる、クロエ、そっちは階段じゃない、壁だ!」
「うぃ、てらっしゃい」
ごつん。という嫌な音がした気がする。重々しい面立ちでウィリアムはクロエの身体を支えると、ニ階に連れ立っていった。エリオはにやりと笑ったままの赤ら顔でそれを見送ると、追加の一杯を注文する。
そして、ついでにと言っては何だが、隣のテーブルの男たちから、軽くその後の進捗の話を聞いたりすることが出来た。先日の『鷹の爪団』の件である。実力そのものは中々悪くない様で使える、些か気性が荒ェが俺らには丁度良い、云々。なァるほどねと緩やかに聞き流しながらエリオがグラスを傾けていると、不意に、音がした。騒音じみた馬鹿騒ぎの中では、かき消されかねないそれだったが、にしても目立つ──足音だ。かつりこつりと甲高く床を叩く。それにエリオは違和感を感じた。
違和感そのものが、エリオのテーブルの対面に座した。
メイドの衣装を身に纏った女であった。白い。まるで、生まれて以来、一度も陽の光を浴びていないかのような白さだ。どこの貴族のお抱えだとエリオは眼を丸くした。そして、その美貌に目を見張った。なんだろォなこれ騙されかけてるオレ? と一瞬考えながら、酔った頭を高速で回転させるエリオ。
「どちら様ッスかね」
「既に忘れ去られているとは心外ですね──全く」
眼前の女、否、恐らくはエリオと同年代──未だ少女の領域であろうか。彼女ははぁと静かにため息を吐くと、駆けつけにエールを一杯注文する。どうやら彼女の言葉によれば、エリオは彼女のことを綺麗さっぱり忘れているらしかった。改めて、エリオは彼女を詳らかに観察する。黒を基調に白いラインのメイド服はロングスカート、二つ結いにされた髪はロングの藍色、エリオを見やる眼は鋭く翡翠色。──そこで何かが引っかかった。引っかかった瞬間に、青年は勘づいた。そして、倒れた。がたん! と派手な音色を響かせ、椅子ごとひっくり返るエリオ。ずりずりと地を擦って後ずさりながら、彼は彼女を指さした。
「あ──あんたは! あんたは! つゥか、なんでここに! つか、寝てろよ! 四階から落ちただろ、お前! めちゃくちゃピンピンしてんじゃねェかよ!」
「気付きましたか、御機嫌よう。つくづく阿呆ですね、あなたという方は」
周囲の男が、なんだ捨てた女との痴話喧嘩かと野次や冗句を大いに飛ばしてくる。それらを笑い交じりにいなしながらも、エリオにとっては全くもって冗談ではなかった。思わず酔いも醒めるというものだ。
「──そしてその阿呆にとっちめられたとは、あまつさえ顔すらも見られようとは。私の一生の不覚にして憤懣遣るかたなしと言ったところです」
「あんた、プライベートでもそんな喋り方なのな」
気を取り直して、漸う座り直しながらエリオが言う。とはいえ、その服装を鑑みるに、今の彼女を果たして私的と称して良いのか、はなはだ謎ではあったが──酒を入れてしまった以上、似たようなものだろう。嗚呼と首をひねりながら、彼女は答える。
「性分ですよ。生まれてこのかた奴隷でして」
「そんな感じにも見えねェけど」
「頭に高級が付きますので。申し遅れましたが──“奴隷の国”のネロと申します」
彼女、ネロはそぉと立ち上がると、どこぞの令嬢が如き礼をしてみせる。
その言葉を聞いて、エリオは得心がいった。いわゆる“高級奴隷”は、通常の奴隷とは全く異なる。先ず以てその高い能力からか、市民と同等に近しい人権を認められているのだから、これはただごとではない。おまけに、奴隷の国の出身と来ている。言葉の響きからすれば、まるで奴隷産業を大きく取り扱う国家であるように聞こえようが、それは半分正しく、半分は間違いだ。
奴隷の国は、奴隷によって創られた国だ。──詳しい話は、またの機会にするとしよう。
「エリオだ。──で、そのネロさんが何の用だい。ツラも隠さねェで」
「クロエさんを探しているのですよ。──嗚呼、嗚呼。危害を加えるつもりはありませんよ。そのお話は、すでに片がつきました」
訝しげな視線を向けるエリオの様子に気づいたのか、速やかにネロは言葉を付け足した。加えて、「仮といえども雇用主様は絶対ですからね」と肩を竦めてみせる。ビールのグラスを傾けながら、目元ばかりを向け、エリオは問う。
「それじゃ半分だぜ。その格好はアレか? やたらに刺激してた警戒心をどうにかしようってヤツかい?」
「聞きますか」
「ああ」
かたんとグラスをテーブルの上に置きながら、エリオは真顔で問うた。酔いも回り切ってはおらず、その表情も大よそ平静のものに見える。ネロは酒精を一口して間を置くと、無表情に口を開いた。
「実は私の生まれた村では一族以外で初めて顔を見た殿方に」
「ごめんやっぱ聞かなくていいわ」
「──冗談ですよ」
「なんだよ冗談かよ焦らせんなよ」
「以前は本当にそういった風習もあったのですけどね、形骸化したのでしょう。一応、残ってはいますが。申し訳程度に」
へぇ珍しい風習もあったもんだなァ、とエリオは頷くと、おむむろに興味本位で彼女に尋ねた。
「どの程度に残ってるのん?」
「好いた殿方にこそ処女を捧げるべきである、といった程度には」
「めちゃくちゃ残ってんじゃねェかよ! やめろやめろ! 悪しき風習は消しちめえ!」
エリオは一気に捲くし立てると、やけになったように勢い良くグラスを傾ける。ネロはそんな姿を見てか、おかしそうにほのかな笑みを浮かべた。
「で、もう半分はクロエが聞く話なんだな」
「……おはなし?」
その時、宴の騒ぎに紛れて、ウィリアムとクロエが帰ってきていた。驚くべきは順応の早さか。ネロの存在に驚愕を覚えていない辺りが。極々自然にテーブルに座しながら、ウィリアムはりんご酒に口をつけた。クロエは大人しくちびちびと水を飲んでいる。その顔色は先刻と違い、いささか血色良い色を取り戻していた。
「なんだ、もうちょっとゆっくりしてくりゃ良かったんだぜ、つかウィル、あれだァな、そうろ」
「エリオ、君は一回しぬべきだ」
ウィリアムの暴言にひひひはははとエリオが下劣に笑う。クロエはテーブルの上に頬をぺったりと伏せさせながら、やおら首を傾げていた。そこがもはや少女の定位置と化していた。
再びネロが彼らに名乗った所で、そうですね、と彼女が場を取次ぐ。
「クロエさん──そうですね、ウィリアムさん、エリオさんが聞くにも、問題は無いでしょう」
ゆるりと彼らを見渡し、そう前置いて。
「つい先刻、クレハ様とバリー様が直に話し合いまして、その話が纏まりましたので、お伝えに参りました次第です」
その言葉に──三人が共々、驚いた。
「非道い有様ね」
「おかげさまでな」
「罰でも当たったのかしら?」
「返し矢というヤツだろうな」
会話は、軽口の応酬から始まった。そこは“バリー総合商店”、最奥部。クレハは朝っぱらから、単身でそこに乗り込んでいたのだ。もちろん、暴力的行為などは伴わずに、しっかりと約束を取り付けて。
「──それは何のつもりだ、わびの品か?」
迎える男は“商店”が主、バリー・バルザック。ただし、ベッドに臥せったままの姿だった。茶色い髪も包帯に包まれ、あちこちに怪我や傷の痕跡がうかがえる、痛ましい風体である。とはいえ、大目玉を食わされても、口は効ける。商談は取り付けられる。そして、以前までは商店から薬屋に対しての申し出が全てだったのだが、その逆は──これが、初めてだった。
ならばこそ、病身でもなんでも引きずって行ってやろうという、心構えで、バリーは面会を許した。商人であるがゆえの、矜持だった。
「わび? ふふ、おかしなことを言うわね、私たちは互いに疚しい所を抱えながらその実、全き証明は出来ないわ。そうでしょう?」
だからこれは単なる見舞いの品よ──と、クレハはその老いた相貌を笑みにほころばせながら、ベッド脇のテーブルに、布の巻きつけられた酒瓶を置く。バリーは、ぱちぱちと瞳を瞬かせた。商人であるところの彼にも、見覚えのない酒類だったからだ。「東国──私の祖国のものよ。“冷酒”と言うの」彼女はそう言いながら、ベッド脇の椅子に座する。細枝のような老婆の痩身を乗せたとて、それは軋みもしなかった。
「……食えん婆さんだ。──で、なんだ? よもや土産話を肴に酒を酌み交わそうなどとは言うまい」
「ご名答だわね」
「このババア私じきじきにでも這いずってぶん殴ってやるそこで待ってろあいたたいでででで」
怒気に満ちた声でバリーはベッドから這い出ようとして、身体のあちこちの骨を軋ませ、肉のあちこちが剥離しそうな感触を感じ、速やかにやめた。その様子をクレハは静かに見守っている。俯瞰するばかりでは、さながら親子のような関係にも見えた──というよりも、事実、親子ほどの歳の差がバリーとクレハの間には存在しているのだが。
バリー、二十九歳、商人。ギルド内での立場悪化の危機。
クレハ、七十一歳、薬師。生涯現役。
「もちろん、嘘よ。きちんと、商売の話をしにきました」
「……」
にこにこと人のよい笑みを浮かべるクレハに恨みがましい視線を向けかけるが、ごほんと咳払いをすると──バリーの瞳が真剣味を取り戻した。
「聞こうか」
その言葉に応えて、クレハは、外套の内側より、紙の束を取り出した。否、バリーはそれが一瞬、紙の束に見えたが、その実、しっかりと一冊に纏められている、ということに気付く。
「教本か。薄っぺらだが」
この時代、未だ印刷は、始まったばかりの技術だ。ゆえに、印刷物のほとんどは宗教書で占められる。それが自然のことだ。老いた手がバリーに促し、彼はそれを手に取り、何気なくぱらぱらと捲る。瞬間───その本がなんなのか、気付き、バリーは、それを取り落としかけた。
「おい、これは」
「私の売り込ませて頂く物。“技術”を売るわ」
それは──“どくけしそう”の調合書だった。
「それを手土産に、友好的にお付き合いしましょう、と早い内に言いに来たかったのだけれども……すっかり遅くなってしまったわね。本当に。もう少しで、手遅れになるところだったわ。──あなたも、私も」
「……──」
バリーは真剣な表情で、その紙の束を捲る。何度も繰り返し見直す。見定め、値踏みするかのように、穴が空いてしまいそうなほど熱のこもった視線を向ける。そして、成程、と頷いた。
これを量産すれば、その販路は、商人ギルドに独占されてしまっても、一向にかまわないのだ。なぜなら、売れれば売れるほど、技術は広まるのだから。無論、長い眼で見れば、ギルドの内部で技術そのものを独占しておくほうが、利益は高まるだろうが──誰もが長期的な視点をもって、商売が出来る商人ばかりというわけではない。否、むしろ商人ギルドに売上、即ちノルマという概念が付き纏う以上、今すぐにでも利益を上げたいギルド所属の商人は、少なくないだろう。
「──面白いッ!! げほッこほッかはッ」
「傷に響くわ」
叫びを上げては咳き込んでと忙しないバリーの様子を笑いながら、クレハは足を組み、頬杖をつく。その口元に、静かな笑みが乗せられていた。静かに提案を差しかける。
「……率先して、その商品をさばいてくれるかしら? 必要ならば此方からもいくらか出資しましょう。利益はそちらに委託させて下さいな」
「く、はは、お得意の商人との関係はどうするつもりですかな、クレハ殿?」
「過去の栄光にいつまでも頼っている程、老いてはいないわ」
クレハは不敵に微笑んだ。
バリーが無敵に哄笑する。
「承知、委細承知したッ、休日働きも悪くはない! 今の私ならば酒のひとつでもなんでも付きあおうじゃあないかッ!」
「そうね、若し宜しければ、“ためし”の人材を一人、お貸し頂きたいわ。私の技術のかけらばかりは飲み込んで貰いたいのよ」
じっと老婆が見つめる視線に、ふむ、とバリーは冷静になって熟考した。そして、思い当たる顔──そう、つい先日までは執拗に姿を隠していたはずが、唐突に顔を晒した彼女だ──を、思い返して、ぽんと手を叩いた。
「仮の長期契約を結んだ娘が、まあ、思うところでもあったかは知らんのだが、暇を申し出てな。残りの期間を出向させよう。その後は好きにすればいい」
「助かるわ」
ふふ、とクレハは──にこやかに笑んでみせた。すこぶる機嫌も良さそうにして。
────かくして契約は成立したのだが、この後、こっ酷く飲まされたバリー・バルザックが、数日間つぶれっぱなしだったことは、全くの蛇足なので、語らずに置いておくとしよう。
「────と、そういった次第で。長からぬ間やもしれませんが、お世話になります」
ネロは静々と頭を落とし、恭しく礼をする。メイド衣装でのその仕草は、驚く程にさまになっていた。ははあクロエのお祖母ちゃんの遠出してでもやらなければならなかった仕事とはそういった類の話だったのだな、とウィリアムらはおもむろに納得し、頷く。
「……うん。よろしく、おねがい、します」
もそもそと顔を上げたクロエが、姿勢を改め、ちょこんと小さく頭を下げた。
「なるほど。……となると、僕とエリオは宿を確保しなきゃならないな」
「……『こんなこともあろうかと』って……お祖母ちゃんが、地下室、掃除、してた」
「めちゃくちゃ準備万端じゃねェか婆ちゃん」
かははと飲みっぱなしのエリオが笑う。
ウィリアムは些か申し訳も無いように肩を竦めていた。
「世話になれるのは僕としても有り難いんだけど」
神妙なつぶやきを落としながら、ちまちまとりんご酒を口に含み、嚥下する。芳醇な甘みと、そして控えめの酸味が口腔に広がった。が、飲む酒の味もどこか苦い。ウィリアムはこういったことに、何かと生真面目な性分なのだ。そんな気難しい面をした少年の顔を、クロエがゆらりと見上げる。酔いのさめかけたほろ酔いの表情。
「……皆と、一緒、のが……うれしい、よ?」
「そう、か?」
ふむ、とネロが頷くと、おもむろに彼女はテーブルの上に乗り出した。ウィリアムの傾けるグラスの底を、おもむろに引っ掴む。そのまま手のひらに、にわかに力をこめた。
「ななななんだろう初対面ながら僕は何か悪いことを!?」
「殿方がそれではなりません。だいたい、その飲み方はいかなものですか。かくなる場では思い切ることが肝要です。さぁ、ぐいっと」
グラスの傾きはほとんど垂直になった。喉まで流れ込んだ。ウィリアムは鼻から酒が逆流しそうになる感触を初めて感じた。
「がぼああああああああああ!?」
「……う、うぃるーっ!」
ウィリアムの絶叫に悲痛な叫びが重なり、満足気なメイドの吐息と、酒に濁ったエリオの爆笑が、大騒動の最中になお響き渡っていた。宴会はまだ、終わる気配すらも見せない──。
「クロエ」
「……うん」
「多分、あれだ、僕は冒険者というか、いわゆる根無し草というやつだろ」
「……ウィルも……エリオも、だね」
「だな。だから、こう」
「……いつかは、流れる?」
「それだ。で、その、なんだろうな。あんまり深入りすると、迷惑なんじゃないかと、思っちゃうんだよな。仲間にいて、ほしいのは、確かなんだけど」
「……うん」
「三人でさ、こう、世界を回れたら楽しいと思うんだよ。目的とか抜きでも。でも、クロエにはさ、きちんと帰る家もあるわけでだな」
「……かんがえ、とく」
「え? いやちょっとまったクロエ、その」
「……そろそろ、もどろ?」
「ハイ」
────そんな間隙のような閑話。