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光遠き地の冒険者たち  作者: きー子
Adv1:『出会い』
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Level12:『都市の暗がりにお祖母ちゃんが無双する』

「……クレハお祖母ちゃん、です」

 クロエの紹介に預かるその老婆──クロエの祖母、クレハは圧倒的な存在感と共に、そこにいた。彼女の存在、ただそれだけが、死地であったはずの、この場の殺伐とした空気を完全に、殺しきっている。刃の向ける先を失ったわけではないという事実にも、関わらずだ。彼女はゆっくりと、ようやく周囲の状況へ気を払うかのように、周りを見渡すと──訥々と言葉を零し始める。

「孫が、お世話になったわね」

 そう言って、笑みひとつ。そのまま、至極何気なく──ウィリアムの、エリオの、アルマの頭を、それぞれに撫でた。しゃわがれた手だ。水気なく、瑞々しさもない、枯れた掌。ひどく安心する手だと、ウィリアムは思った。エリオは気恥ずかしげに、そしてアルマはどこか困ったような顔をしていた。眦を垂らす様子がどことなく情けない。なんというか、犬っぽかった。

 クレハ老はゆっくりと枯れ枝のような腕を下ろすと、そのまま、ゆるりとした仕草で、立ち尽くす男達に向き直る。彼らは一様に気を取り直したかのように刃を向けながらも、しかし同時に、踏み込みかねていた。あまりにも、目の前の老婆が、奇妙で──そして、得体のしれない存在に、見えたからだった。

「御免なさいね。今夜はもう、店仕舞いの──刻限だわ」

 穏やかならぬ男達の様子を見渡すと、彼らに向けて──お客様なら後日お願いするわと、ゆっくりと語りかけた。即ち、大人しく退けと暗に。

 落ち着いた口調。案外に、はっきりと良く通る声だった。無意識にホークが一歩、距離を取り、そして──統制を外れた男の一人が、一歩距離を詰めた。

「引っ込んでろ、婆ァッ!!」

 斧を振りかざし、老婆に迫る。屈強な男であった。筋骨隆々とは及ばずとも、襤褸けた衣服が歴戦を思わせる戦士だった。馬鹿、とホークがそれを制しかけるが、間に合わない。刃が、クレハへと振り下ろされた。

「若いわね」

 一言、そう呟く。果たしてその凶刃が老婆に触れようかという瞬間──男の身体が“ぐるん”と引っ繰り返った。襲い掛かっていたはずの男がひとりでにすっ転び、顔面から石畳にぶっ倒れる。────その場にいた誰もが、そのようにしか見えなかった。その手から凶器が零れ落ち、床を転がる。

 男は、まるで狐狸のたぐいに化かされたかのような表情で、その場に倒れている。命はある。意識も、かろうじてだが、ある。油断していたわけでも、なんでもない。だからこそ、何が起こったのか、誰にもわからなかった。

「なあ、ウィル」

「なんだ」

「見えたか」

「いや全く。アルマは」

「手を、伸ばしたのが、見えた」

 ──だが、しかし、それだけだったと、彼女は続ける。ただそれだけのことで、大の男が、その場にひっくり返っていた。それは、まるで人の理にそぐわない現象だった。まさしく、今まで見たどんな術式よりも“魔法”のようだと、ウィリアムは思った。

 魔法とは、魔術とは、とどのつまりが人外達の理術なのだから。それを理解できないことに、きっと不思議などない。そう考えれば、その瞬間に破落戸の団長、ホークが下した判断を間違いと言い切ることは、決して出来ないのだ。

「……どんな魔法か知らねえが、全員でかかれ!! 一方向から行くな、術が婆さんの周囲に展開されている可能性もある、いざとなりゃ何でもぶん投げてやれッ!!」

 否、それはきっと、限りなく正解に近い。まるで得体のしれない存在に対して、ほとんど満点の対応だった。静まっていた空気が、殺伐とした熱気を取り戻す。男達が小隊を崩し、それぞれがそれぞれに老婆を中心として、取り囲んだ。それに対しクレハの周りを狭く囲い、外側を向いてウィリアム、エリオ、アルマが位置した。クロエは彼女のすぐ傍らに、大人しく佇んでいる。

 と、不意に老女が柔和に笑む。静かに口を開いた。

「三人は、さがっていなさいな。傷が響くでしょう、男の子」

「いや、だが僕は」

「意地を張るのは良いわね、実に、“らしい”」

 言い合う間に、エリオは先んじて引き下がり、距離を取っていた。お手上げの姿勢である。青年と少年の姿を見比べて、クレハは、ふふと小さな含み笑いを漏らした。

「でも、無茶は良くないわね。お嬢さん、見ていて上げて頂戴な」

「……非常に複雑だな」

 お嬢さん呼ばわりされたアルマは、剣を下ろして肩を竦める。彼女の元々の目的からすれば、このままウィリアム少年を掻っ攫ってこの場を辞してしまえば良いのだが、果たして眼前の老女がそれを許すだろうか。アルマはずるずるとその場で身構えるウィリアムの手を強引に引き、戦闘の領域から引きずり下ろした。

「待て僕はやれるぞ! 許せん! クロエの髪を! 許せん!」

「お前は緊張感というものをわきまえたらどうだ」

「全くだァな」

 剣を構えた姿勢のままで引きずられるウィリアムの様子を、エリオはからからと笑い飛ばした。そして、祖母は孫へと語りかけた。

「あなたは傍にいなさいな、クロエ。──なんなら手を握っていても構わないけれど」

「……もう、子どもじゃあ、ないもの」

「割に、心配性はなおらないものね」

 くすりと微笑んで、クレハは一枚の金貨をクロエの手に握らせる。──ウィリアムに、そしてエリオに渡されていたそれが、遡って祖母の手には無かったと、そんな可能性が考えられようか。その場所がわかっていたとすれば、当然、クロエの“もうすこし”という言葉にも、意味があった。信じるに足る理由が、あったのだった。

 さて、麗しき母娘の再会といったところだが、当然、破落戸は待ってはくれない。老婆の背を狙い、短刀が突き出されていた。クレハは視線をすらもそちらに返さず、掌だけを背後に向ける。掌底が、刃の先端に触れた。

 ──ズドンッ!!!

 何の冗談でもなく、ブラックパウダーを連鎖的に爆裂させたような轟音が、夜の裏路地に響き渡った。掌で、とん、と優しく触れた。それだけで短刀を手に握った男は、軽々と吹き飛んだ。宙を真っ直ぐに切り裂き、そのまま地に叩きつけられる。烈しく地を摩りながら身体は滑り、開けた通りにまでその身は押し出されているだろう。

「真に──若い」

 残り九人。同時に、ウィリアムに武器を破壊された男が、素手で老婆の細腕を掴みにかかる。掴んだ。クレハがくいと腕を捻り、それに引きずられたかのように男が地に転がった。向き直ると同時に頭を蹴り退かされて意識を落とす。残り八人。左右から一斉に襲いかかる男らの方向へ、それぞれに掌を突き出す。双方が、全く逆の方向へと吹き飛んだ。何度も石畳をバウンドして、鞠のように跳ねる。残り六人。加熱する混乱に煽られてか、一人の男が斧をクロエに目掛けて振り下ろした。彼は不幸だった。老女の爪先が彼の腰に触れたとき、男は突如脱力したかのように斧を取り落とし、それは足元に落ちた。筆舌に尽くし難い悲鳴。刃が、その脚を切り裂いていた。その場で蹲る。残り五人。脚に地を付いていない状態のクレハを狙い、三人が三方向から迫る。既に我を失いかけているのか、真っ向からの突進を果敢に試みていた。果たして激突しようかという寸前で、老婆の身が“すりぬける”かのように彼らの脇を抜ける。最早止まらぬ彼らは、あえなく激突し、自爆した。残り二人。

 ホークとそして残った一人は、じりじりと距離を置きながら、言葉を交わす。

「団長ォ」

「ああ」

「逃げます?」

「逃げよう」

 ようやく提案された“限りなく正解に近い判断”よりもなお正しい、紛うことなき“正解”に、彼らは真顔で頷きあった。


「クロエ」

「……うん」

「何者なんだ、君のお祖母ちゃんは」

「……“魔導十哲”」

「というと」

「世界で、十指に数えられる、魔法使いへの名誉、なんだって」

「へー……えっ?」

 ウィリアムが愕然とした表情で、少女に向き直る。

「……それが、どれだけのことかは、わからないけれど」

 すごい、でしょう?

 と──クロエはウィリアムに屈託なく笑いかけた。何の不思議もないかのように、自慢の師を語るような、そんな表情を浮かべて。

「……一つだけ分かることがあるがな」

「なによ」

 そして、クロエとウィリアムの傍ら。腕を組み、戦いとも呼びかねる一方的な攻防の一部始終を見終えて、アルマは神妙に呟いた。その声に、エリオが興味深げに問う。

「あれ、魔法、使ってないぞ」

「何を言ってるのか、ちょっと良くわかんねえッス」

 神妙にもなるというものだった。

「……──あ。ありがとう、ござい、ました」

 と、不意にクロエが、ぎこちなくもアルマに向けて頭を下げる。無論、顔見知りでもなんでもない彼女が、命を張って守ってくれたことに対してだ。そもそもアルマの存在はこの時、全くのイレギュラーである。祖母の存在は、クロエははじめから・・・・・想定したが、彼女だけは、その範疇の外なのだ。

「いや──気にしないでいい」


 一方、一目散に背を向けて逃げ出したホークと、残る配下の男(モヒカン頭をした彼の名はモルドと言うが、これは全くの余談である)。彼らの逃走に、果たしてクレハは一瞬にして追いついた。とても老婆のそれとは思えぬ神速。常人離れした健脚──という訳ではなく、彼女が“縮地”と呼ばれる技術を用いた事を、分かる人物はこの場に誰もいないだろう。

に、軟弱」

 枯れ枝のような老女の手が、逃げ走る彼らの肩にかかる。男達二人は、背後を返り見て──恐怖に目を剥いた。


 そんな光景を遠巻きに見たアルマは、ため息を一つ吐いて、言う。

「私も、まだまだ未熟だと知れた──だから、ウィリアム、お前は剣を納めろ」

「僕の怒りの矛先はどこへ!」

「私にでも向けるがいい。引っ張ってやる」

「やめておきます」

 ウィリアムは神妙に肩を竦めた。そんなやり取りに、クロエが静かに笑みを見せる。どことなく嬉気うれしげだったのは、気のせいか否か、彼ら二人にはくみ取りかねた。が、それはきっと、ウィリアムが誰のためを思って全速力で空回りしているのか、という辺りに起因しているのだろう。

 さておき。

「ところで、お前」

「エリオだ」

「何をやっているんだ」

 アルマは首を傾げて尋ねる。呼びかけられた当のエリオは、道端に蹲って、ごそごそと暗闇で不審な行動を取っていた。目を凝らしてよく見ると、そこには倒された男の体がひとつ、転がっている。

「身包み剥いでるだけだけど?」

「……」

 なんて無法者どもの集まりなのだとアルマは天を仰いだ。雲ひとつない月の夜だった。

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