ボートに2人で乗っていたら
湖に沈めたはずの過去が、静かに波紋を広げて帰ってくる――。
愛と罪が交錯する湖上で明かされる、恐ろしい真実の物語。どうか最後の1行まで、逃げずにお読みください。
週末の暑い日であった。
土曜日ということもあって、今日観光客の数は、とても多かった。
武蔵野市の井之頭恩賜公園の中にある小さな湖であった。湖面が強い日差しによって輝くために視界はよくなかった。
遊覧用の2人乗りボートの上でだった。
2人は婚約者同士だった。週末の休暇を利用して、結婚前最後の思い出作りにと、この井之頭公園にまでやってきたのだ。
恋人同士、家族連れ、休息とるを取るサラリーマン風の男女、などなど人によって公園はごった返していた。うまく漕がないと他のボートにぶつかってしまいそうだった。
その婚約者の一人向山晴人かつはるとは、向かいに座るいずれ向山姓となる恵美の顔を楽しそうに見つめていた。
「やだあ。こんなにお日様が出てると日焼けしちゃうわ、AV カット つけてき忘れちゃったの」
恵美は照れ隠しにきゃっきゃと笑った。ボートは既に、湖の真ん中あたりに差し掛かっていた。
その時である……。
晴人の背中に、冷や汗が伝った。
「恵美、君……さっき日焼け止め忘れたって言ってたよね。じゃあ、なんでこれが浮いてくるんだ?」
恵美の顔から、さっと血の気が引いていく。しかし、彼女は怯えているのではなく、気まずそうに目を逸らしたのだ。
「……見つかっちゃったか」
恵美がポツリと呟いた瞬間、ボートが激しく揺れた。
「何言ってるんだ……? 恵美、それって――」
「晴人さん。私、最初から『恵美』なんて名前じゃないよ。日焼け止めを落としたあの子が、本当の恵美」
恵美と名乗っていた女は、薄笑いを浮かべながら湖面を指さした。強い日差しに照らされた水面の下、沈んでいく人影の胸元には、晴人が先月贈った婚約指輪がギラリと光っていた。
「あの子、結婚直前になって『やっぱり晴人さんじゃなくて、元カレとやり直す』なんて言うから。だから代わりに、私があなたと結婚してあげることにしたの」
晴人の頭が真っ白になる。
「じゃあ……君は誰なんだ……!?」
女は愛おしそうに晴人の頬に手を伸ばすと、耳元で優しく囁いた。
「私だよ、晴人さん。三年前、あなたが同じこの湖で突き落として沈めた……本物の最初の婚約者だよ」
晴人が恐怖で息を詰めたとき、女の冷たい指先が、彼の首元を強く押し込んだ。眩しい夏の日差しの中、ふたりの乗るボートだけが、静かに湖の底へと沈んでいった。
【了】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「日焼け止め」という何気ないアイテムから始まる、夏の湖上の怪異を描いた短編ホラーです。一度罪を犯した人間には、どんな形であれ必ず報いが訪れるのかもしれません……。
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