第8話:救済
ビギーがガレージで沈黙し、オイルの涙を流していた夜。僕は、今日一日の出来事を噛み締めるようにスマホの画面を眺めていた。
だが、SNSの通知は容赦なく僕の脆いプライドを突き崩す!!
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MIKA@修行中:
家族カードで買い物wwwどこが自立ですかーwww DIY、意味わかる?自分自身でやるwwwもはやギャグwww
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『な、何ィッ! 家族カードだとッ! 貴様、……待て、家族カードとはなんだッ! クレジットカードには、家族専用の、パパからのお下がりみたいな区分があるというのかッ?! クソッ!おいClock、説明しろッ! 貴様がレジでドヤ顔で出したあの黒い板は、一体何なんだッ!』
「……Clock。家族カードって、……なに?」
「合理的疑問でございます、坊ちゃま。それでは説明いたしますのでそちらにお掛けください」
ClockはARメガネをスチャッと直し、0.1秒でWikipedia並みの解説を展開しはじめた。
「本会員の信用に基づき、その家族に対して発行される付帯カードでございます。つまり、坊ちゃまがどれだけ高額なネジを購入しようとも、その支払い責任および信用スコアは、全て旦那様に帰属いたします」
「……どういうこと?……じゃあ、あれは、……僕のカードじゃ、ない……?」
「厳密には、旦那様の温情という名の首輪でございます」
ショックだった。自分でお金を出して、相棒を救うつもりでいたのに。だが、その実態はパパの財布から数千円を抜き取ったのと同義だったのだ…!!
「……決めた。僕、仕事して、自分の……自分だけのカード、作るぞ!」
「目標設定は妥当でございます。まずは、その動かない鉄屑を修復し、稼働率を上げることでございますな」
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翌朝。三河の重苦しい曇り空の下、一台のアフラ・タイタンが重苦しい黒煙を吹き上げながらガレージの前にフェイントモーションで滑り込んできた。降りてきたのは、昨日名刺をくれた男、とくさんだ。
「よぉ、ボウズ。派手にナットをナメたらしいな」
「あ……そ、その……えっと……」
『来たッ! 三河のヘパイストスッ!…なんだ!?妙に派手な赤い服だが…いかん、余計な事は考えるなッ!俺にはファッションの事はわからんッ!!助けてくれ、とくさんッ!俺の愚かな電動インパクトレンチの設定が、ビギーの脚を……未来を潰してしまったんだッ!』
とくさんは無造作に工具箱を広げると、ビギーの脚部を観察し始めた。そして、愛用の軍手をゆっくりと外した。
その瞬間、僕は息を呑んだ。軍手の下から現れたのは、ガサツな言動からは想像もつかない、白く、細く、しなやかな指を持つ手だった。まるでピアノ奏者か、あるいは深窓の令嬢のような、一点の曇りもない「白魚のような手」――
「……えっ……手が……」
「手がどうかしたか?…ああ、これか」
とくさんは、自分の指先をまじまじと見つめる僕に苦笑した。
「手こそ職人の一番大事な道具だからよ。汚れを溜め込みゃ感覚が鈍る。メンテナンスは機械も人間も一緒だぜ?」
『何というプロ意識ッ! 道具への敬意が、己の肉体へのメンテナンスにまで昇華されているのかッ! 職人の世界……深すぎるッ!見惚れてしまうじゃあないかッ!』
「さて、修理を始めるとすっか。……ボウズ、回転モノは巻き込まれると危ねぇから、少し下がってな」
とくさんは電動ドリルを手に取った。ナメて潰れたネジ穴を、ワンサイズ大きな径で掘り直す「タップ加工」の始まりだ。
「ねぇビギー、……が、我慢できる?」
「うん! ボク、平気だよ! マスターのためなら、なんだって耐えてみせるよ! ブォォォン!」
不安げに尋ねると、ビギーは健気に答えた。だが、ビギーには本人も知らない秘密があった。
そう。感じるはずのない先ほどの「痛み」…。
パパによる「息子の為に乗り心地を最高にする」という偏執的な目的のため、ビギーの全身に万を超えるフィードバックセンサーを追加装備していたのだ。
それは、AIにとって実質的な「痛覚」に等しい作用を及ぼしたのである――




