第5話:監視
ガテン系の聖地「タウンコーナーショップ」でのMIKAへのリベンジは、胃袋の満足感と引き換えに、多大なる代償となる傷痕を残した。
自室のふかふかのカーペットの上で、ビギーは右後ろ脚をガクガクと震わせ力なく横たわり、オイル混じりの冷却水がパパが特注したペルシャ絨毯に黒い染みを作っている――
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MIKA@修行中:
執事の給仕www一人じゃないwww故障したってどうせ人任せで直るんだからwww修理明細見るだけでしょwww監視のプロwww監視員乙www
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スマホの画面に踊るMIKAの呪言が、僕の胸を鋭く抉る。
「何だとォッ! 監視員だとッ! 貴様ァ、この俺が……この愛すべき相棒の苦しみを、ただ数字として眺めているだけだと言いたいのかッ! ビギーは、俺の足なんだッ! 俺の……俺の自由そのものなんだよッ! クソがッ!だがッ…確かに自分の手で行わない限り…自立とは言えないのかッ!?悔しいがこの女の言う通りかッ!?」
だが、修理しようにも、メーカーの公式サイトにあるのは、
[困ったときはコチラ…電話受付:営業日・午前10時から午後5時まで※年末年始を除く]の文字しかない…!!
「…………電話なんて、……む、無理だろっ ……!」
今時テキストベースのチャットサポートすらないのか!!今は令和だぞ!?見知らぬオペレーターと「あ……その……えっと……」と会話するくらいなら、ビギーと一緒にスクラップになった方がマシだ!
その時、壁一面の大型モニターに、黄金の輝きを放つ[巨大な盾にクロスする二振りの矛の紋章]――パパの会社のロゴが映し出された。
「……坊ちゃま。旦那様がお呼びでございます」
ClockがARメガネをスチャッと直し、無機質に告げた。
「実家のガレージにて反省会を執り行うとのこと。……合理的でございますね。ご同行を願います」
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実家の地下ガレージ。そこは、最新のフェラーリに混じりヴィンテージのスバル・ドミンゴなどが並ぶ、男の夢を具現化したような空間だ。
その中央に、圧倒的な威圧感を放つ影があった。
――パパである。
三河のテック界を統べる皇帝は、高級なシルクのガウンを羽織り、険しい表情で息子を待っていた。
「……パ、パパ……」
「……座りなさい。悪い子。反省会だ」
『……来やがったッ! 説教かッ! 警察の厄介になったことを責めるのかッ! それとも、勝手に外食したことをッ ……! 覚悟はできているッ! 撃てッ、言葉の弾丸を俺に叩き込みやがれッ!!』
だが、パパの口から出た言葉は、予想の斜め上を音速で突破していた。
「……なぜだ。なぜ、パパをタウンコーナーショップに誘わなかったんだッ!」
「………えっ?」
「パパも一緒に行きたかった! 息子と二人きり、働く男の汗臭い店内で食事……それがパパの、今期最大のロードマップだったんだぞッ! 警察? あんなものは広報部が3秒で揉み消した、どうでもいいノイズだろうがッ!」
この親にしてこの子あり。パパの怒りの矛先は、社会通念ではなく「仲間外れにされた寂しさ」であった!!
パパは冷酷な目で、横たわるビギーを指差した。
「だが、このビギーはもうダメだ。一人乗りだからパパが一緒に乗れない。……合理的ではない。処分して、三人乗りの最新型に入れ替える」
「!!……そんな! ビギーは、僕の……!」
「捨てなさい。…所詮は道具。壊れた道具に価値など無い!」
パパが指を鳴らすと、ガレージの奥から、旧世代の家事支援AIお掃除ロボ[ココロボット・シリーズ]に牽引された、三台のロボットが現れた。
旧型の犬型ロボ[プーチン]、猫型の[ミャーチル]、そして鳥型[チャピーチョ]。どれも古くなって動作が鈍くなるも、僕にとって大切な電子の家族たちだ。
その時、奇跡が起きた!!
「マスター!!……ブォォォン!」
壊れかけたビギーが、最後の力を振り絞って立ち上がった。
そして、あろうことか、処分を待つチャピーチョたちがビギーの背中に次々と飛び乗り、積み重なったのだ!!
一番下にロバ、その上にイヌ、ネコ、ニワトリ…それはまさに、年老いて捨てられそうになった動物たちが音楽隊を目指す、あの童話の光景だった!!
「マスターー!!」「ワィィィィン!」「ニャァァァァン!」「ピポパポポー……」
それぞれが持つ壊れかけのスピーカーから、不協和音の電子音を奏で始める。それは、パパの完璧な管理社会に対する、ガラクタたちの精一杯のセッションだった…。
『……な、何だ、これは……。電子の、……この音楽…ドナドナかッ?!… やめろッ!!泣かせに来るんじゃあないッ! この俺をッ! 貴様ら……なんて、なんて熱いプログラムを持ってやがるんだッ! クソッ! 涙で前が見えねえじゃねえかッ!』
僕の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。実家という「ホーム」の安心感からか、いつになく大きな声で叫ぶ!!
「……パパ! 捨てちゃダメだッ! この子たちは……みんな、僕の……僕の、可愛い子なんだッ!!『家族』なんだッ!!」
――――静寂。
Clockが計算を停止し、パパが目を見開く。
やがて、パパはため息をつき、目元を抑えた。
「…………息子が、可愛い。……許す。処分は撤回だ。そう言うなら、パパは全銀河を敵に回しても、このガラクタ共を守ろう」




