第13話:安価
改造開始から4時間後――。ガレージの中には、改造を終えたビギーが屹立していた。
本来の四足歩行から、最新のジャイロセンサーによって制御された「二足歩行スタイル」。もはや運搬ロボットというよりは、三河の公道を征くための二輪(自称)の戦闘兵器だ。
「よし、終わったぜ。……ボウズ、そんじゃこれが今回の請求書だ」
油の染みた美しい手で一枚の伝票を差し出すとくさん。
恐る恐る受け取ると、そこには武骨な外見に似つかわしくない可愛い丸文字の筆致でこう書かれていた。
[改造・取付費用一式:30,000円(税込み)]
「随分と安価でございますなとくさん殿。これでは適正価格以下でございます」
「そ、そうなの……?」
『なにィッ! 安すぎるだとッ! 貴様、慈善事業かッ! それとも俺に恩を売るつもりかッ?!』
「……友達価格だからよ。ついでに、車体番号も俺が直々に彫り込んどいたぜ」
『……やはり、友達ッ!!』
とくさんが指差したビギーの車体下部。そこには[BUSYDOGGY-TYPE1-001]という文字が、職人の手による繊細な彫金で打たれていた。文字の縁取りには、螺鈿細工を思わせる美しい貝殻の光沢が埋め込まれている。
「……うわ…す…すごい…きれい……」
「ヘッ、機械を愛でるなら、名前くらい刻んでやらねぇとな」
「……Clock。三万円、……僕、払えるかな」
「合理的判断を下します。……坊ちゃまがアルバイトに従事すれば、一月もかからず完済可能な金額でございます。……とくさん殿、丁寧な仕事、主人に代わり感謝の意を表明いたします」
僕は隣に立つClockを見上げた。ClockはARメガネをスチャッと直し、とくさんに深く一礼した。だが、そのレンズの奥では、天文学的な数字のログが流れていた――
※実際には、二足歩行を可能にする特注削り出しブラケットだけで400万円、ジャイロ制御用システムに300万円、さらに旦那様が裏で手を回した特製シリカゴムの開発費に500万円……。合計1,200万円を超える旦那様の金銭が動いている。だが、Clockはそれを口にしない。坊ちゃまが「安価な汎用品で自立した」と信じることが、旦那様の望む「合理的な幸福」だからだ。
「ふん! 私の改造費はタダよ!地球の恵みに感謝なさい!」
緑のアフロを優雅に揺らし、みどりが腰に手を当てて言い放つ!
「その代わり、ビギー! あんたが走るたびに、その苔玉とクリーンアームで地球を浄化しなさい! 循環賞賛のメッセージ、Our house is on fire!を三河の民に叩き込むのよ! 分かった!?」
「うん! 分かったよ、苔玉のお姉ちゃん! ボク、地球の味方になるよ! ブォォォォォォン!」
ビギーがエンジンを吹かすと、マフラーに括り付けられた二つの苔玉が、不気味にプルプルと震えた。
「なぁみどり、そのOur houseなんたらって何なんだ…? 」
「Our house is on fire!よ!地球素材の家が燃えることによって、地球の恵みを天に還す。循環を称えるの祈りの言葉に決まってるじゃない!もう!行くわよ、お父さん! 次の座り込み現場が待ってるんだから! 」
「家が火事って事か…?まあいいや……じゃあなボウズ。…次は、免許証を見せてくれよな」
申し訳なさそうに肩をすくめるとくさんは、みどりを助手席に乗せていつもと違うスロー・スタートでタイタンを発進させた。だが、走り去るトラックの排気管からはいつものようにモクモクと真っ黒な煙が吐き出されている。
そして、ビギーとおそろいの、みどりによってマフラーに装着されたであろう二つの苔玉は排ガスの熱と煤ですでにどす黒く変色し始めていた。
『……待てッ! 全然エコじゃないぞッ! あの苔玉、ただ単純に煤汚れがついているだけじゃねえかッ! むしろ燃費が悪化して排出ガスが増えてる気がするぞッ!! だが……あのアフロ…言ってる事は全然理解できねーが、情熱だけは本物だった……!』
「……さて、坊ちゃま」
Clockが静かに告げた。
「ナンバープレートの取得は、行政手続き、すなわち私の得意分野でございます。……これより、私とビギーでピースキャッスル市役所へ登録に向かいます。坊ちゃまは、試験場へ向かうための心の準備を」
「う、うん……気を付けてね……行ってらっしゃい、ビギー、Clock」
「行ってきます、マスター! ボク、今日から正式な『原付』として生まれ変わってくるよ!すぐ慣れて踊っちまうよ!ブォォォォン!」
一歩、また一歩と。生まれたての小鹿のようにプルプルと膝を震わせながら、ビギーは二足歩行でガレージを出ていった。その歩調に合わせ、Clockが影のように付き添う。
ガレージに残された僕は、静かに自分の足元を見た。
僕にできるか。いや、やるしかない…!
『……アルバイト。……自立。……よし、やるぞ。パパの金じゃない、自分の金で、三万円を返すんだッ!』
その決意を心に抱く。よし、今日の決意発表用にスマホのカメラに収めるぞ…!
背景には、夕日に照らされた街並み。「二本足の相棒」の後ろ姿を僕は、スマホの望遠レンズ越しにガレージの隅からその勇姿を見送った。
「……えっ?」
ガレージを出たビギーは、Clockの完璧なジャイロ制御プログラミングにより、先ほどまでの生まれたての小鹿はどこへやら、武術を習得したかのような奇妙に滑らかな足取りでピースキャッスル市役所へと向かって行った。AIによる恐ろしい最適化速度である…!!
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「ちょっと…そんな格好で外出てたら風邪ひくわよ?」
「み…美香子ちゃん…こんにちは…少しだけ、相棒を見ているだけだから…」
「そうなんだ…あ、ほら、素足で出てるから砂だらけじゃないの」
「うん…ちょっと、げ…原付を手に入れる事になったから…うれしくて…つい」
「原付?とうとう、普通の移動手段が手に入るのね?やったじゃない!おめでとう!!」
「そうなんだよ…ありがとう、美香子ちゃん…」
「あっ待ち合わせの時間が!ごめん、またね。じゃあ、行ってくるわね」
おお!ちゃんと原付にするのってやっぱ大事だったんだ!ごめんな尾木川巡査長!
心優しい幼馴染と別れ、笑顔で玄関に向かっていく。そして僕は、帰宅後の静まり返った自室で、スマホを手に取った。
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写真:円舞を踊る二体の従者。峠を越えるようなポースのビギーに跨る僕の二枚。
ビギーも、自立して原付になるみたい!職人ってすごい!僕の相棒たち、ダンスしてるみたいでしょ?
#原付 #エコ #三河のプロ #自立への一歩
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名無しさん:
執事さんのエスコート、かっこいいね!
通りすがり:
おおー二足歩行になってる。頑張り屋さんも、自立がんばれー!
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