第10話:享楽
タイタンが黒煙を上げロケットスタートで走り去る。Clockはその背後を、AR空間のレーダーで静かに追尾していた。
「……坊ちゃま。とくさん殿の車両固有信号を追跡。……現在、ピースキャッスル市の歓楽街、通称『三河の不夜城』エリアへと進入いたしました」
「えっ……? 娘さんのところに、帰るんじゃ……?」
「論理的に推論を修正いたします。先程、とくさん殿が口にした『お嬢』とは、血縁関係にある娘ではなく……いわゆる『キャバクラ嬢』を指す隠語である可能性が70%でございます」
「ええええええええええっ!?」
「名刺にFacebookアカウントが記載されていなかった理由も判明いたしました。源氏名で活動する『お嬢』たちが、本名登録主体のSNSを嫌うためでございます。……そして、あの美しい指。……あれは職人のプライドであると同時に、お嬢たちに『指名予約のDM』を光速で送信し、スマホのタッチ反応を極限まで高めるためにメンテされていたものと推測されます」
『何てことだッ! あの感動を返せッ! 娘想いの父親という俺のピュアな涙を、どこのキャバクラに捨ててきやがったんだッ! 職人魂とキャバ通いのハイブリッドだとッ! これが……これが、三河の闇かッ! いや、誤解だッ!!まだ30%の可能性がッ!!』
ガレージの床に膝をつき、絶望の咆哮を上げた!!僕は、夕闇に溶けていくピースキャッスル市のネオンを想像し、眩暈を覚えた。
そんな混乱を余所にClockはARメガネを「スチャッ」と直し、無慈悲な正論を突きつける。
「坊ちゃま。とくさん殿の私生活がどれほど退廃的であろうとも、ビギーの脚が直った事実は揺らぎません。……そして、次の課題は原付一種への登録でございます」
「…原付か…でも、免許……試験場。……人が、いっぱい、いるところ……」
「左様でございます。……ですが、免許さえあれば、坊ちゃまは旦那様の用意したレールという鎖から解き放たれ、自らのビギーを駆り、公道を征くことができるのでございます」
「……鎖から…解き放たれる……!!」
その言葉が、僕の胸の奥で小さな火を灯した。
「……そっか。……みんな、そうして、大人になるんだね」
「左様でございます。……極めて安価、かつ汎用的なアップグレードでございますゆえ」
僕は、Clockの「安価」という言葉を純粋に信じ、ビギーの背中を撫でた。
「ビギー……。僕、頑張るよ。……君と一緒に、胸を張って、三河の道を走るために」
「マスター! ボク、信じてるよ! ボクも一緒に、マーダーライセンス取得を応援するからね! ブォォォン!」
「……坊ちゃま。とくさん殿の端末が、特定のWi-Fiスポット『Club MIKA_WA's Jewel』に接続されたことを確認いたしました。100%、確定でございます」
「み……ミカ…ワ…なに…?」
「源氏名だと思われます。……なお、赤い衣装、指先のメンテナンス状態から推測するに、今夜のタイピング・スピードは、通常の3倍に達するものと思われます」
『何が3倍だッ! 誰が赤い彗星だッ!……だが、……いい。……職人の休息に、俺が口を挟む権利はないッ ……!』
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「…最近よく会うわね。もしかして待ってたの(笑)?なんてね」
「み…美香子ちゃん… あのね…今日、友達が家に来てくれたんだ…」
「…友達、できたのね。どこで知り合ったの?マチアプかしら」
「違うよ!…この前の…ほ…宝多館ってお店…僕から連絡したんだよ」
「じゃあ、男の人かな…うん。いいじゃない。自分からアクション起こすなんて、偉いわ!友達、絶対に大切にしなさいよ?!」
「うん…いつもありがとう、美香子ちゃん…」
やった!また褒められた!この調子だ!自立目指して頑張るぞ!
心優しい幼馴染と別れ、軽快な足取りで玄関に向かっていく。そして僕は、帰宅後の静まり返った自室で、スマホを手に取った。
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写真:自宅でビギーを修理するとくさんの写真。豪華な絨毯と広大な部屋。
今日は初めてのお友達がビギーの修理に来てくれました! 職人さんの手って、魔法みたいにすごいです。直ってよかったー。……次は、大きな目標に挑戦します!
#怪我 #直ってよかった #三河のプロ #自立への一歩
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名無しさん:
心配してたよー。治ってよかったね! 心強いメカニックの友達ができて、一気にリア充じゃんw
通りすがり:
職人さんってかっこいいよね。大きな目標って……もしかして免許!? 応援してるよ!
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