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地味な悪役令嬢は卒業します!せっかくですから着飾ってやりますわ!  作者: 柊 花澄


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8 学園に広まる噂

「ねえプリムローズ様。聖女様ったら今日もフェリクス殿下に纏わりついているわよ。婚約者として気にならなくって?」


 そう話しかけてきたのは、グラナタス侯爵家のディアナ様だ。

 ディアナ様は人付き合いが下手な私にも気さくに声をかけてくれる、数少ない令嬢の一人である。


 ディアナ様ははっきり物を仰るので、一部の人には誤解されやすい。だれど本当は正義感が強くて、困った人を放っておくことができない素敵な女性だ。孤立しがちな私のことも、こうやっていつも気にかけてくれている。


「ごきげんようディアナ様。わたくしもあの距離感はさすがに気になるわ。この間お二人にもお伝えしたのだけれど」

 私はそう答えて、続く言葉を詰まらせた。

 

***


 先日、勇気を出してフェリクス様に忠告してみたのだ。

 フェリクス様からは「聖女殿は貴族社会にも学園にも不慣れだから、しばらく面倒を見るよう父上に頼まれてね。距離感については私からも再三注意しているんだけど、なかなか改めてくれなくて。私も困っているんだけど、ね」と返されて、私は黙って頷くしかなかった。


 デイジー様にも貴族社会での淑女の嗜みについて教えて差し上げた。やんわりと言葉を選んで。

 そうしたら「ごめんなさい、あたしそんなつもりじゃ⋯⋯! フェリクス様がすごく優しくしてくださるから、つい甘えてしまって」と泣かれてしまった。それだけでなく「プリムローズ様に冷たく当たられるようになって辛いの」と周囲に吹聴してまわるようになった。


 そもそも私は近寄りがたい女だと思われているのか、いつも周囲に遠巻きに見られている。対してデイジー様は人懐っこく明るい性格で、瞬く間に学園内に友人を増やしていた。


 その後も、あの二人の距離は相変わらず近いままだ。

 私が何を言っても無駄なのだと悟り、それから二人には極力近寄らないようにしている。朝の登校時間もずらし、鉢合わせする可能性の高い図書館や食堂に行くのも避けている。

 自分でも情けない行動だと思うけれど、寄り添う二人を見てこれ以上傷つきたくない。


 最近では「フェリクス殿下は婚約を解消して、聖女であるデイジー様と婚約を結び直すのではないか」という噂まで広まり始めている。


 聖女は国で貴重な存在であり、王族と婚姻を結んだ前例もある。むしろただの貴族令嬢である私より、国にとって価値のある聖女と婚姻を結んだ方が王家としても利があるのだ。

 

***


 「私でよければいつでも愚痴くらい聞いてさしあげるわ。プリムローズ様はもっと怒ってよろしいのよ」

 黙り込んでいた私に、ディアナ様は眉を下げて微笑んだ。



 ディアナ様と別れた後、私は溜息をつきながら学園の廊下を歩いていた。

 放課後の空には暗雲が垂れ込めていて、今にも雨が降り出しそうだ。遠くから雷鳴が聞こえる。

 

(まるで今の私の心のようだわ)


 卒業したらすぐに結婚するのだから、あと少しの辛抱だと自分に言い聞かせるが、やっぱり不安がこみ上げてくる。国王陛下が聖女との結婚を命じたら。もしくはフェリクス様がデイジー様を選んだら、この婚約は解消になるのだろう。 


 そういえば一度も自分の気持ちをフェリクス様に伝えたことがなかった。後悔したくないから、この関係が終わってしまう前に伝えたい。


 私は廊下を歩きながら、小さな声で祈るようにつぶやく。

「ずっとお慕いしています。立派な王太子妃になってフェリクス様のお役に立ってみせます。だからどうか私を選んでください」

 

 十年分の想いを口にしてみたら、すぐにでもフェリクス様に会いたくなった。フェリクス様はこの時間はおそらく生徒会室にいる。少しだけお話しする時間が貰えないか、お願いしてみよう。

 

 生徒会室の扉の前に立つと、室内からデイジー様とフェリクス様の声が聞こえてきた。

 ああ今日も二人でいるのね。足が震え、胸が締め付けられるように苦しくなる。


 だけど、せっかくここまで来たのだ。私は深呼吸すると、思い切ってその扉を開けた。と同時に二人が寄り添っている様子が目に飛び込んできた。ずきり、と胸に痛みが走る。


「ああ、すごく可愛いね」


 フェリクス様はサファイアの瞳を眇め、デイジー様を愛おしそうに見つめて微笑んでいた。

 私に気づいたデイジー様はニィッと笑った。そしてフェリクス様にしなだれかかった。まるで私に見せつけるかのように。


「⋯⋯!」

 

 私は頭が真っ白になった。思わず後退りして、そして走りだした。一刻も早くそこから立ち去りたかった。淑女が廊下を走るなんて許されないことだけど、もう何もかもがどうでもよくなっていた。


 フェリクス様は確かにデイジー様に可愛いと言っていた。あんなに優しく微笑んで。私はフェリクス様に可愛いと言ってもらえたことなんてないのに。


 これまで積み上げてきたものが、ガラガラと崩れる音が頭の中に鳴り響いた。

 

 デイジー様は、淑女らしからぬ振る舞いが許される。

 デイジー様は、フェリクス様のお傍にいることが許される。

 デイジー様は、フェリクス様に触れることが許される。

 デイジー様は、フェリクス様に可愛いと言ってもらえる。

 

 私は何一つ許されない! フェリクス様の婚約者は私なのに!


 全身の血が沸き立ったかのように身体が熱くなり、目の前が真っ赤に染まった。

 次の瞬間、階段を踏み外して一気に転げ落ちた。頭に強い衝撃が走る。


 痛い痛い痛い、頭が割れるように痛い。

 外では耳を裂くような雷鳴が轟いている。


 私このまま死ぬのかしら⋯⋯


 死ぬ前に一度でいいから、私もフェリクス様に可愛いって言ってもらいたかった。お傍にいたかったし触れたかった。


 そうか、私はデイジー様が羨ましくて嫉妬していたのだわ。

 私はフェリクス様に女性として見てほしかった。一人の女性として愛されたかったのだ。


 やっぱり私じゃだめだった。

 ――だって私は悪役令嬢だから。


 悪役令嬢って何かしら?


 そうして視界が霞み、意識は深く沈んでいった。




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