6 王太子フェリクスの朝の風景
「おはよう、プリムローズ嬢」
「おはようございます、フェリクス様」
今朝も偶然を装ってロゼの顔を見ることができた。少しだけ会話することにも成功した。
ちなみに挨拶以外の会話をしたのは実に十六日ぶりだ。
ロゼの登校時間は授業開始の十分から二十分前だが、日によってばらつきがある。
私もその時間に合わせて登校している。もちろんロゼに朝の挨拶をしたいからだ。
待ち伏せをしたこともあるが、立ち止まるとあっという間に令嬢達に囲まれてしまうので断念した。
今日はタイミング良く出会うことができたな。成功率は七割といったところか。
今朝会ったばかりのロゼの顔を脳内で反芻していたので、顔が緩んでいたのだろう。
「なあフェリクス。さっきまでのポーカーフェイスが崩れてるぜ」
一部始終を見ていたアルフレッドが冷やかしてきた。
「アルフ、うるさいよ。黙って」
「しかも『おはよう、プリムローズ嬢』って何? 本人のいない所ではロゼって愛称で呼んでるくせに。なんで面と向かって呼ばねえの?」
「⋯⋯」
アルフレッドは私の乳兄弟で、王太子付きの近衛騎士となることが内定している。学園内でも護衛を兼ねて、いつも私と共に行動している。
彼は赤髪に琥珀色の瞳を持ち、長身の私より更に背が高い。精悍な顔立ちの偉丈夫なのに、貴族と思えないほどの粗野で軽いノリが全てを台無しにしている。
「毎朝偶然を装って会うとか、めんどくさくね? いっそのこと、一緒に登校しようって誘えばどうよ。一応婚約者だろ」
「タチアナ女史の掲げる禁止事項に入ってるんだよ。馬車の中って密室でしょ」
アルフレッドが眉をひそめる。
「ガード固すぎねえか。そんな調子なら、ひょっとしてキスもまだなのか?」
「だからうるさいって。不敬罪で投獄されたい? もう授業始まるから前向いて。ほら先生来た」
「へいへい、わかったよ」
私はとある理由で、ロゼとは少し距離を置いて接している。婚約者なのによそよそしいと、アルフにいつも揶揄われているほどだ。
アルフは誰にでも距離感が近すぎておかしいから聞き流しているが。
ロゼもタチアナ女史の教育のせいで、婚約者同士の距離感を測り間違えている。遠すぎるのだ。
正直に言うとタチアナ女史の教育は度を越している。
あれは王太子妃教育ではなく修道女教育だろう、と陰で揶揄されているが、正面から指摘する者はいない。
そのおかげでロゼは品行方正で慎み深すぎる淑女となった。
学園でもロゼに隙がなさ過ぎて、男共がなかなか近付けない。チャンスがないので結局遠巻きに見るしかない。
まあ、私がさりげなく牽制している部分もあるのだが。
そもそもロゼは心根がとても綺麗な人だ。純粋で慈悲深く、努力家で何事にも懸命に取り組んでいる姿はひたすらに眩しい。
さらに花の妖精のように美しい容姿をしている上、どんどん女性らしい身体つきになってきて、その曲線美は制服の上からもはっきりわかるほどだ。
そんなロゼが隙を見せたら、あっという間に野獣どもに食われるに決まっている。
そうなったら、私はロゼをどこかに閉じ込めて隠してしまわないといけなくなる。
とにかくロゼの身の安全のためには、このままでよいのだ。
そのためなら私は我慢できる。愛称で呼ぶことも、密室で二人きりになることも、それ以上のことも今は許されなくても構わない。
結婚したら叶えたい夢がある。今まで言えなかった分の愛をたくさん伝えたい。可愛い、綺麗だ、愛していると伝えて、そしてロゼにたくさん触れたい。
卒業まであと少し。卒業したらすぐに結婚して、そしてやっとロゼを独り占めできる。
頭の中の妄想を追い払い、私は教科書を開いた。




