4 なぜか婚約者に選ばれた
茶会から帰宅した私は、部屋へ直行してベッドに突っ伏していた。
(素敵な王子様にあんな姿を見られてしまった! 恥ずかしすぎて穴があったら入りたい!)
ベッドの上で手足をばたばたさせていると、兄のルシアンが部屋に入ってきた。
「ロゼお帰り。なに暴れてるの?」
「もうお兄様、ノックもせずに勝手に入ってこないで」
「今日のお茶会どうだった? フェリクスと話した?」
第一王子を呼び捨てするなど不敬極まりないが、ルシアンはフェリクス殿下本人から許可されている。
殿下の遊び相手として王室から指名され、幼い頃から交流しているから遠慮がないのだろう。
「お茶会でね、失敗しちゃったの」
私は弱弱しい声でつぶやいた。
「一体何したの? 父上は何も問題なかったって言ってたけどな」
ルシアンが不思議そうに首を傾げると、銀色の髪がさらりと流れる。
アメジストの瞳が探るようにこっちを見ている。
「フェリクス殿下の前でね」
言葉を続けようとして、私ははっと両手で口を抑えた。
(『ふたりだけの秘密にしてくれる?』)
いたずらっぽく笑うフェリクス殿下の顔を思い出して、頬が勝手に熱を帯びてくる。
「ううん、なんでもない」
「ロゼ、顔が真っ赤だよ。フェリクスと何かあったんでしょ。教えてよ」
「教えない」
「へえ、教えてくれないならフェリクスに聞こうかな」
「フェリクス殿下には絶対に聞かないで! もう出てって!」
いつもは淡白なルシアンが、なぜか今日に限ってしぶとく食い下がってくる。
私はルシアンをぎゅうぎゅうと部屋の外に押しやった。
それから私は、最近夢中になっている花の図鑑を一心不乱に眺めて、今日の恥ずかしい出来事を頭から追い出そうとした。なのに浮かんでくるのはフェリクス殿下の笑顔ばかり。
トクトクと鳴る小さな胸を押さえて、はぁと溜息をついた。
♢♢♢
茶会から一週間が過ぎた日の夕食時のこと。
すでに父とルシアンは着席していたが、父の様子がおかしい。
父は眉間にシワを寄せたまま腕を組んでいる。
何か悪いことでも起きたのだろうか、と私は緊張しながら席に着いた。
目の前にスープが配膳され、私は銀のスプーンを手にしながら父に尋ねた。
「お父様どうかしたの?」
「ロゼ、落ち着いて聞きなさい。お前はフェリクス殿下の婚約者に内定した」
手にしたスプーンをカラン、と床に落としたのは、ルシアンだった。
「っ、なんでロゼが……」
ルシアンは唇を噛みしめて俯いた。
侍女がすぐさま新しいスプーンをテーブルに置く。
父の発言に衝撃を受けた私も、食事どころではない。
「あの、お父様」
「うん、婚約者に内定してしまったんだ」
父は苦悶の表情で目を伏せた。食卓に気まずい空気が漂う。
どうして?
私は頭の中が疑問符でいっぱいになった。
だって私はフェリクス殿下の前で花の蜜を吸った、はしたない女だ。婚約者に選ばれるはずがない。
そうだ、あの時私は名乗っていないわ。もしかしたら人違いかもしれない。
「お父様、わたくしは茶会でフェリクス殿下にご挨拶をしていません。だから人違いの可能性は⋯⋯」
「ない」
私の言葉に被せるように父がいった。
「ロゼで間違いない。フェリクス殿下がその場にいた侍従に確認を取っている。あの黒縁眼鏡の侍従は若いが優秀だ。会場内の令嬢の名前と家門を全て把握している。ああ、やっぱり目をつけられてしまった。私の美しすぎる娘はやっぱり選ばれてしまった!」
いつもは冷静沈着な父が、珍しく声を荒げて両手で頭を抱えた。
「お父様、わたくし自信がないわ」
あの素敵な王子様に選ばれたことはとても嬉しい。
けれど会場には、きれいに着飾った可愛い令嬢がたくさんいたのだ。地味な自分が選ばれた理由が本気でわからない。
公爵令嬢という身分で選ばれたのだろうか。その理由が一番しっくりくる。でもそれなら、たくさんの令嬢を招いて婚約者選びをしなくても、最初から我が家に打診すればよかったのではないかしら。
ぐるぐると頭の中で考えてみるが、答えがわかるはずもない。
「この婚約は王命も同然なんだ。でもロゼがどうしても嫌なら、私が王家に逆らってでも全力で阻止するよ」
父はそう言ってくれるが、子どもの私でも王命に逆らうのは駄目なことだとわかる。王家に仕えることが貴族の義務だとずっと教わってきたのだ。私も公爵家の一員として役目を果たすべきだし、大好きな父を困らせたくはない。
「お父様、わたくしフェリクス殿下の婚約者になります」
私は父をまっすぐに見つめて頷いた。
それまで黙って俯いていたルシアンが呟いた。
「フェリクスは婚約者なんて誰でもいいって言ってたんだ。だから、誰でもいいなら僕の妹は絶対に選ばないでってお願いしてたのに⋯⋯」
「殿下ご本人が強く希望されているそうだ。実際にロゼを見て、殿下のお気持ちが動いたのだろう。それとだな、ルシアン。フェリクス殿下のことは敬称をつけてお呼びしなさいと何度も言っているだろう」
父とルシアンの会話を聞きながら、私はトクトクと鳴る胸をぎゅうっと押さえていた。
一か月後、フェリクス第一王子は王太子に任命され、同時に私との婚約も正式に結ばれた。そのことは新聞の一面を飾り、国民に周知されることとなった。
そして、私の過酷な王太子妃教育が幕を開けた。




