13 前世を思い出したので
「そうだった、思い出したのだったわ」
前世を思い出した私は、ここが恋愛小説『聖女デイジーは初恋をあきらめない』そのままの世界であることに気づいた。
初めて自分のお小遣いで買った本で、何度も読み返したから間違いないわ。登場人物の名前と特徴が一致するもの。
これはいわゆる異世界転生。まさか我が身にそんな幻想的な現象が起こるとは。
とりあえず落ち着こう。まずは状況把握よ。
私は混乱した記憶を整理するため、羽ペンを手に取った。
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『聖女デイジーは初恋をあきらめない』のあらすじ。
ヒロインのデイジーは、ハニーブラウンの髪に空色の瞳を持つ、小柄で可憐な少女。ある日突然聖女の力に目覚めた彼女は、伯爵家に養子に迎えられ、貴族向けの学園に編入した。
そこで王太子フェリクスと出会い、初めての恋に落ちる。だけどフェリクスには婚約者のプリムローズがいた。
プリムローズは妖艶な容姿を武器にして、周りの男たちを次々と籠絡するため、『傾国の妖精』と呼ばれていた。
ちなみに『傾国の妖精』というのはフォルトア聖国に伝わる伝説で、妖精がその類稀なる美しさで王を籠絡し国を傾けたという話。
フェリクスは派手でふしだらな婚約者に振り回されるのに疲れ、清楚で一途なデイジーに惹かれていく。
男を惑わせて国を傾けるような悪女より、品行方正なデイジーの方が王太子妃にふさわしい、と周囲も二人を応援するようになる。
そしてプリムローズは、数多の男と浮気した罪を問われ、婚約破棄されて修道院送りになる。
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と、ここまで書いて溜息が出た。
最後は修道院送りなのね。
実際の私は『妖艶な容姿で男達を篭絡』どころか、着飾ることもなく、異性とはものすごく距離を置いて地味に生きているのよ。
もしプリムローズが小説の人物像と違って、品行方正な淑女だとしたら、この物語の結末は変わるかしら?
その考えを即座に打ち消す。
――きっとこの物語の結末は変わらない。
小説のデイジーは清楚で一途。だけど実際のデイジー様は異性との距離がものすごく近い。しかも複数の男子生徒に対して。
そんな行動をしていても、フェリクス様との仲は深まっている。フェリクス様はデイジー様に「可愛い」と囁いていたし、周囲も憚らず寄り添っているんですもの。王太子と聖女との婚約という噂もかなり広まっているし。
きっと物語のヒロインだから何をしても許されて、ハッピーエンドなのよ。
そして、私はどういう振る舞いをしようが、物語の強制力で修道院送りになるんだわ。
そこまで思考した私は、机の上に羽ペンを放り出した。
そして椅子の背もたれに深く体を預け、天井を仰ぎ見る。そこには優美なシャンデリアが柔らかな光を放っている。
「今とても空しい気持ちだわ⋯⋯今までの努力って一体なんだったのかしらね」
私の過酷な十年間の王太子妃教育は何だったのか。こんなに頑張ったプリムローズが修道院行きだなんて、あまりにも酷い仕打ちではないか。
ああでも、王太子妃教育ではなく修道女教育、と陰で揶揄されていたタチアナ女史の指導が、ここにきて活きてくるじゃないの。皮肉が効きすぎて笑えないわ。
こうなったら開き直って、残りわずかな青春を楽しむことにしましょう!
それにフェリクス様の記憶に、可愛い姿で残りたいわ。きっとこのままでは「元婚約者は地味な女だったから、修道院はお似合いの場所だ」なんて納得されてしまいそうだもの。
――よし決めた。
私はすっくと椅子から立ち上がり、ぐっと拳を握りしめて宣言した。
「地味な悪役令嬢は卒業します! せっかくですから着飾ってやりますわ!」




