11 麗月の公爵は国王に問う
「旦那様、お嬢様の件でご報告申し上げます」
ロゼが心を痛めているようだ、とアンヌから報告があった。
最近巷で流れている、フェリクス殿下と聖女殿にまつわる噂のせいだという。
諸悪の根源を叩き潰す準備は進めているが、念のため王家の意向も聞いておこうか。これ以上ロゼを蔑ろにするようなら婚約解消を願い出てもいいだろう。
静寂に包まれた謁見の間にて、私は片膝をつき頭を下げていた。
高い天井は精巧な彫刻で装飾され、豪奢なシャンデリアが室内を煌々と照らしている。
最奥の一段高い場所の玉座に、国王陛下が腰を下ろした。
「頭を上げて楽にせよ。今日は何用か?」
この国の王族の象徴である、サファイアの瞳がこちらを見下ろす。
「フェリクス王太子殿下と我が娘プリムローズの婚約の件について、お伺いしたいことがございます」
私は顔をあげ、上半身の姿勢を正した。
「申してみよ」
「我がアメティスト公爵家は私が宰相職、そして息子ルシアンも宮廷に仕えております。さらに娘プリムローズが王太子妃となれば、アメティスト公爵家に権力が集中することを良しとしない勢力の反感を買います。聖女殿を婚約者に挿げ替える方が方々丸く収まるでしょう。実際そのような動きがあるという噂を耳にいたしました」
「ああ、そのような噂があるとは聞いておる」
「ですが、未だフェリクス殿下と我が娘の婚約は継続されたままでございます。教会派の不興を買ってまで、娘を婚約者に据え置く理由をお聞かせください」
「確かに聖女を婚約者として迎える方が、派閥の均衡は取れるかもしれぬな。しかし噂は噂にしか過ぎぬ」
陛下は過去を思い起こすかのように目を眇めた。
「親馬鹿かもしれぬが、フェリクスは幼い頃から優秀でな。何事もすぐに熟し、それを褒めても特に喜びもしない。乞われるまま王子の役目を淡々とこなす子だった」
陛下は一寸の間を空けて、言葉を継いだ。
「王という立場は存外孤独だ。特にフェリクスは幼い頃に母親を亡くしておる。長い人生で苦楽を共にする伴侶には、せめてあの子が望む者をと考え、どの令嬢を選んでもよいと言った。そして、それまで何ひとつ我儘を言わなかったあの子が唯一望んだものが其方の娘だ」
「⋯⋯光栄に存じます」
高位貴族に絞られていたとはいえ、政略ではなく本人が望む者との縁を許すとは、王太子の婚姻としては異例の対応だろう。
目の前の男は普段は温厚な国王の姿を見せているが、国の利のためなら非情な選択も厭わない君主だ。
今更アメティスト家を囲い込む必要はないだろうし、この王なら他国の姫を迎えて国の勢力の拡大を狙うかと思っていたが。
(陛下も人の親だったということか)
「あの子の望みを一つくらい叶えても罰は当たるまい? それにフェリクスは約束を守っているだろう? 『傾国の妖精』に溺れないという約束を」
私は思わず声を荒げた。
「陛下、我が娘が『傾国の妖精』であるという事実はございません。娘は国の脅威となるような存在ではありません!」
「ああ、すまなかった。タチアナの取り越し苦労だとは余も思っておるが、彼女は代々王家に仕えておる学者の家門でな、無碍にはできなかったのだ。しかしだな、『傾国の妖精』でなくとも其方の娘の美貌は群を抜いておる。色恋に溺れて政を疎かにするような愚者にならぬよう、釘を刺すことは親として当然のことであろう?」
「そのとおりではございますが」
「その点、其方は流石だな。其方の妻こそ『傾国の妖精の再来』の異名を持つほどの美姫であったではないか。しかし其方は美貌の妻を娶ったあとも、そして其方の妻があのようなことになった後も、変わらず国のため尽力し続けてくれておる。フェリクスにもぜひ見習ってもらいたいものだ」
突然妻の話を持ち出された私は、二の句が継げなかった。最愛の妻オフィーリアの姿が脳裏に浮かぶ。私は動揺を悟られないように、静かに目を伏せた。
「余はこの件については息子に一任しておる。フェリクスから婚約解消を願い出ないかぎりはこのままだ。其方の事だ、鼠退治の算段はできておるのだろう。余に遠慮せず、好きに動いてもらって構わん」
そういうと陛下は、これで話は終わりだというように軽く手を挙げた。




