10 第二王子ユリウスの初恋
ロゼと初めて会ったのは僕が七歳の時。兄上の婚約者として紹介された。
彼女はエメラルドのように輝く大きな瞳と、ふわふわの砂糖菓子のようなピンクブロンドの髪をした、とても可愛らしい子だった。僕は一目でロゼを大好きになった。
歳が近いからか、外国語の授業『初級タランチェロ語』を何度か一緒に受けた。
ちなみにタランチェロ語は南東の小さな国の言語で、実際に使う機会がないから忘れてしまったよ。王族の授業って案外無駄が多いんだよね。
王弟のアントニウス叔父様だって、「大国だけ覚えてれば大丈夫。馬鹿正直に全部覚える王族なんていないよ。俺も三十年生きてるけど困ったことなんて一度もないよ」と言ってたし。
アントニウス叔父様は、よくお忍びで外国を放浪してるんだけど、言葉が通じなくても身振り手振りで何とかなるんだって。つい最近も最南端の島国に遊びに行ったらしくて、真っ黒に日焼けして帰ってきた。島の人達が使う言葉が全然わからなかったけど、身振り手振りと笑顔だけで気持ちが通じ合ったんだって。
僕はそんなアントニウス叔父様が大好きで、お土産にくれた木彫りのお面も大事に部屋に飾っているんだ。
ロゼと一緒に授業を受けたのはその数回だけで、その後は顔を合わせることもなくなった。
そこで僕は、ロゼの授業の休み時間に会いに行くことにした。
ロゼは人形のように綺麗な顔をしているけど、甘いお菓子を食べた時だけはすごく可愛い笑顔になるんだ。そのことに気づいた僕は、なるべく甘いお菓子を持っていくようになった。
その日もロゼの好きなマカロンを持って会いに行った。
ロゼはふわふわピンクの髪を赤いリボンで結んで、唇もなんだかいつもより赤くて、いつも以上に可愛くてすごくドキドキした。
「甘くておいしいです⋯⋯!」
いつも人形のようにすました顔をしている彼女が、マカロンを口に入れた途端に蕩ける笑みを浮かべた。
それを見た僕はまた胸がドキドキした。
ロゼ可愛い、好き、大好き!
僕の心の中はそんな気持ちで埋め尽くされた。
でも、その日を境にロゼに会うことができなくなった。
一緒にお菓子を食べるどころか、ロゼが授業を受けている部屋に立ち入ることすら禁止された。
ロゼに会いたいと、何度もタチアナ女史に頼んだけど駄目だった。
僕がお願い事をすると大抵の大人は言うことを聞いてくれるのに、タチアナ女史だけは思い通りにならない。
ロゼに会うことができなくなった僕は、王宮の廊下を歩くロゼを遠くから眺めるだけになった。
◇◇◇
十五歳になった僕は学園に入るとすぐに、一学年上のロゼの教室まで会いに行った。ロゼは驚いていたけど、「ユリウス殿下、ご入学を心よりお慶び申し上げます」と言って綺麗な礼を執った。
ロゼはとても美しい女性に成長していた。
そして旧知の仲なのに馴れ馴れしい感情を向けてくることはなく、第二王子の僕に対して弁えた態度で接した。
当たり前のことだけど少し寂しかった。幼い頃は一緒にお菓子を食べて笑い合った仲なのに。
ランチや図書館に誘ってみたけど丁重に断られた。
だけど意外なことに、兄上とも行動を共にしていないようだ。男子生徒と話しているのも一度も見たことがない。
僕は偶然を装いながら待ち伏せして、廊下ですれ違う時に挨拶するのが精一杯だった。
待ち伏せしてる間に、たくさんの令嬢が寄ってくるので笑顔で応対した。ロゼに会うためだもん。これくらいは受け入れないとね。
僕はそんな風に学園で挨拶を交わすだけでも十分幸せだった。兄上の婚約者だから本気で好きになってはいけない、とずっと自分に言い聞かせてきたから。
僕の入学から二年近くが経った頃、聖女認定されたデイジーという女が兄上に纏わりつくようになった。そして、その聖女と兄上が婚約するかもしれない、なんて噂まで出回り始めた。
たぶん教会派が意図的に流しているんだろうけど、父上も兄上もそれに関して何も対処しない。
ロゼは兄上達のことを遠くから見つめて、エメラルドの綺麗な瞳を悲しそうに揺らしている。
傷ついているロゼを抱きしめて慰めたいのに、僕はその権利を持ち合わせていない。
兄上は馬鹿だ。簡単にロゼを婚約者に据えて、簡単にロゼを蔑ろにする。
僕ならいくら父上の命令でも、あんな女を優先しない。ロゼを悲しませるような真似は絶対にしない。
ねえ兄上、僕はもう我慢しなくてもいいかな。




