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地味な悪役令嬢は卒業します!せっかくですから着飾ってやりますわ!  作者: 柊 花澄


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1/7

1 プロローグ


「私のロゼ。君を閉じ込めてしまいたくなるよ」

 

 目の前の美しい彼はそう言った。

 こちらを射貫くサファイアの瞳には、今までは見たことがない仄暗い色が浮かんでいた。


♢♢♢


「うーん、よく眠ったわ」

 (わたくし)はベッドから身を起こした。見渡すと、部屋には誰もいない。

 薔薇の刺繍入りのカーテンは、隙間なく閉められている。既に陽は落ちているのだろう。


「そうだった、思い出したのだったわ」

 あの時、学園の階段から勢いよく転げ落ちた。そして思い出したのだ、前世の記憶を。


「ここは前世で読んだ恋愛小説そのままの世界なのね。そしてわたくしは悪役令嬢のプリムローズ」


 溜息をつきながら立ち上がる。

「これはいわゆる異世界転生という現象なのかしら」


 銀細工で縁どられた大きな鏡を覗き込む。

 そこに映っているのは、人形のように美しく整った顔だった。


 エメラルドのように煌めく大きな瞳。すっと通った鼻梁。瑞々しい唇と頬は薄紅色に染まっている。

 ゆるく波打つピンクブロンドの髪は腰まで伸びて、絹糸のように輝いている。

 肌は陶器のように白く滑らかで、細い腰と豊かな胸が女性的な魅力を主張している。


「完璧だわ。プリムローズ」


 鏡に映る自分に向かってつぶやく。

「なぜ、あんな教えに馬鹿正直に従っていたのかしらね」

 

 私は夜着の上に大判のストールを羽織ると、寝室と続き部屋になっている私室へ移動した。

 淡い色を基調にしたプリムローズの私室には、品のよい家具が置かれ、天井には小ぶりだが優美なシャンデリアが光を灯していた。


 部屋の中央にあるソファへ腰掛けて、呼び鈴を鳴らす。

 すぐに控えめなノックの音がした。

「どうぞ」

 短く返事をすると、侍女のアンヌが部屋に入ってきた。


「お嬢様、お目覚めですか! 二日間も眠っていらしたのですよ」

 アンヌは心底ほっとした表情を浮かべながら水差しを手に取った。そしてグラスに水を注ぐと、ソファに腰掛けている私に手渡してくれた。


 アンヌは五年前から我が公爵家に仕えてくれている。黒目黒髪の小柄な彼女はまだ若いが、物事の段取りが上手く、いつも手際よく仕事をこなしてくれる。性格も朗らかでとても頼もしい侍女だ。


「心配かけたわね、アンヌ」

 私はグラスを傾けて喉を潤し、ほっと息をつく。


 アンヌが小さく首を横に振った。肩上で揃えられた黒髪がさらりと揺れる。

「お医者様は異常はないと仰っていました。なのにお嬢様が一向に目を覚まさないので、旦那様も若様もたいそう心配しておられたんですよ。旦那様にご報告にいってまいりますね!」

 

 アンヌが慌ただしく部屋を出ていき、しばらくして勢いよく扉が開いた。


 父のレオンが早足で近づいてくる。

「ロゼ、目覚めたのか! どこか痛むところは? 顔色は悪くはなさそうだね」

 父は私の頬を両手で包むと、僅かな異変も見逃さないと言わんばかりに私を見つめる。

 

 私も父の顔を見つめ返した。

 プリムローズの父レオンは、アメティスト公爵家の当主であり、この国の宰相でもある。

 銀髪紫眼の父は四十歳とは思えないほど若々しく、彫像のように美しい相貌をしている。社交界では『麗月の公爵』と呼ばれ、その姿に貴婦人達のみならず、私と同年代の若い令嬢達さえ恍惚とした表情を浮かべるのだ。


 常に冷静沈着な父だが、いつもきっちり整えている銀の前髪は無造作に乱れ、額にうっすら汗が滲んでいる。おそらく広い屋敷を全力で駆けてきたのだろう。


 父に続いて、二歳上の兄ルシアンが現れた。

「ロゼ、もう起きてもいいのか?」

 私の顔を覗き込むアメジストの瞳には、憂慮が宿っている。


 兄のルシアンは、文官として宮廷勤めをしている。父ゆずりの銀髪紫眼の美形の青年だ。

 クールで気怠げな雰囲気の兄は、巷で『紫水晶の貴公子』という、父に負けず劣らずの気恥ずかしい異名で呼ばれている。

 公爵家嫡男という身分と美貌を兼ね備えた兄には、大量の釣書が届くが未だに婚約者はいない。


「階段から落ちるなんてロゼらしくないな。急いでたの? それとも動揺するような()()()あった?」

 私はルシアンの鋭い問いには答えず、にっこり微笑んだ。


「お父様、お兄様、ご心配をおかけしました。わたくしはこのとおり大丈夫よ」

 私は二人を安心させるために、ゆっくり立ち上がってみせる。二人の顔に安堵の色が浮かんだ。


「頭を強く打ったんだ、まだ横になっていなさい。明日また医者に診てもらおう。念のため学園はしばらく休みなさい」


「それから⋯⋯」と、父は案ずるように私の肩に手を置いた。


「フェリクス殿下がとても心配なさっていた。見舞いの申し出があったが、意識が戻るまでは待ってくれと伝えてある。体調が落ち着いたら一度手紙を書きなさい」


「はい、お父様」


 私は頷きながら、婚約者であるフェリクス様のことを頭に思い浮かべた。


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