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④咲良と遥——真相が語られる場所

 午後のカフェは、妙に静かだった。

 平日の昼下がり。客はまばらで、カップが触れ合う音だけが、ゆっくりと流れていく時間を刻んでいる。


 遥は、窓際の席に座り、コーヒーに口をつけていた。

 香りは感じているはずなのに、味はしない。


 向かいの席には、咲良がいる。


 呼び出したのは、咲良のほうだった。

 「話さなあかんことがある」

 その一言だけで、遥は来た。


 しばらく、沈黙が続いた。


 先に、咲良が息を吐く。


「……遥」

「今日な、全部話すわ」


 遥は、視線を上げる。


「今さら、言い訳は聞きたくない」

「でも……真実なら、聞きます」


 咲良は、苦く笑った。


「優しいなぁ。ほんま」

「せやから、余計に言いにくいんやけどな」


 咲良は、テーブルの上で指を組む。


「まずな……清水川美香のことや」


 遥の表情が、わずかに硬くなる。


「なんで、咲良さんが庇ったのか」

「ずっと、分からなかった」


「そうやな……」


 咲良は、ゆっくりと言葉を選んだ。


「美香な……子どもがおったんや」


 遥の目が、わずかに見開かれる。


「でも、育てられへんかった」

「詳しいことは……うちも知らん。聞かへんかった」


 咲良は、目を伏せたまま続ける。


「ただな、ひとつだけ分かっとる」

「あの子、うちと同じで……十六で産んどる」


 遥は、息を呑んだ。


「それを知ってな」

「美香は、うちに親近感を持ったんや」

「“同じや”って」


 咲良は、小さく肩をすくめる。


「うちが、子育てしながらtalina研究所で、のし上がったんを知って」

「余計にな」

「尊敬とか……憧れとか」

「そういうもん、勝手に抱いとったんや」


 遥は、何も言わずに聞いていた。


「せやけどな」

「営業としては、正直……褒められたもんやなかった」


 咲良の声が、少しだけ厳しくなる。


「あの子な、自分の生き方として、枕営業しとった」

「うちは……薄々、気づいとった」


 遥の指先が、カップを強く握る。


「やめさせたかった」

「心底、思っとった」


 咲良は、真っ直ぐに遥を見る。


「自分を、そんなふうに安売りしてほしくなかったんや」

「せやからな」

「うちが知っとる営業の全部、教えた」

「惜しみなく、全部や」


 遥は、低く呟いた。


「……だから、清水川美香は枕営業をやめた?」


「せや」


 咲良は頷く。


「正攻法で、そこそこ結果も出しとった」

「せやけどな……」


 そこで、一拍置く。


「遥、あんたは……別格やった」


 遥の視線が、揺れる。


「天性の才があった」

「努力とか以前のもんや」


 咲良は、静かに言った。


「美香はな……嫉妬しとった」

「自分でも、抑えきれへんくらい」


 遥の脳裏に、ひとつの言葉が浮かぶ。


「……“客観的に”」


 咲良は、苦く笑った。


「せや」

「あれが、あの子の口癖や」

「せやから……うちは、確信しとった」


 遥は、息を吐いた。


「犯人が、清水川美香だと」


「せや」


 咲良の声は、低かった。


「でもな……」

「あの子、学歴もない」

「懲戒免職になったら……次の人生、詰む」


 テーブルの上で、拳がぎゅっと握られる。


「だからな」

「うちは……身代わりになるって、決めた」


 遥は、言葉を失った。


「守りたかったんや」

「間違っとるのは、分かっとった」

「それでも……」


 咲良は、ふっと息を吐く。


「これが、一つ目や」


 そして、顔を上げた。


「もう一つな」

「遥……あんたに、言えへんかったことがある」


 遥は、静かに頷く。


「……何?」


 咲良は、一瞬、迷った。


 そして、覚悟を決めたように口を開く。


「うちな……」

「男より、女が好きなんよ」


 遥の表情が、動く。


「それな……」

「遥、あんた自身のことや」


 空気が、張り詰めた。


「何度もな……」

「抱きしめたくなった」


 咲良は、目を逸らす。


「あかん、思て」

「必死で避けとった」


 声が、少し震える。


「せやけどな……」

「頭の中で、勝手な想像しとった」


 遥は、息を止めていた。


「ほんまはな」

「うちの中で……何度も、抱いとったんよ」

「自分の都合のええ姿に変えて……」


 自嘲するように笑う。


「アホやろ」

「気持ち悪いやろ」


 遥は、ゆっくりと首を振った。


「……正直だとは思う」


 咲良は、驚いたように遥を見る。


「うちな……」

「遥のこと、好きなんよ」


 言葉が、落ちる。


「狂おしいほど」

「変態的に、好きなんよ」


 咲良は、もう隠さなかった。


 遥は、しばらく沈黙したまま、窓の外を見た。


 そして、静かに言った。


「……ありがとう」

「話してくれて」


 咲良の目が、潤む。


「それだけで、ええん?」


「ええ」


 遥は、まっすぐに咲良を見る。


「あなたの罪も」

「あなたの愛も」

「私は、ちゃんと聞いた」


 それ以上でも、それ以下でもない。


 咲良は、初めて、泣いた。


 それは、救われた涙だった。

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