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春樹の未来②

 大阪—7月。

 

 大阪・関西万博の会場に降り立った瞬間、熱気がまとわりつくように身体へ押し寄せた。


 アジア系、ヨーロッパ系、中東系……国籍も文化も違う人々が会場内を行き交い、時に交差し、時に笑い合う。


「……俺の苦手な環境だな」


 正直すぎる本音が漏れる。


 だが来てしまった以上、やるしかない。


 関係者入場証(AD証)を首にかけ、西ゲートから程近い共同出展パビリオンのバックヤードへ向かう。

 会場内は一般客の歓声の裏で、運営スタッフが慌ただしく動き回っていた。


「ハルキ! ミスター・ハルキ!」


 Talina研究所の万博に先に派遣されていた北欧出身の中年男性スタッフが俺を見るなり駆け寄ってきた。


「このシステム、時々フリーズする。原因がわからない。助けてほしい!」


「ログは見ましたか?」


「見たが……うん、正直サッパリだ」


 俺は端末に接続し、解析を開始する。


 システム負荷の問題。

 原因は明白だった。

 展示側が欲張って機能を追加しすぎていたのだ。


「これは……同時処理の設定がメーカー出荷のままです。リミットを上げれば安定します」


「そんな簡単に?」


「簡単なことほど、皆見落としますから」


 調整を終えると、スタッフは感激したように俺の手を握ってきた。


「君は救世主だよ! 本当にありがとう!」


「いえ、仕事です」


 こうして誰かの役に立つのは嫌いじゃない。

 でも“救世主”なんて言われるほどのことでもない。


 俺はパビリオンの外へ出て、万博会場の状況を確認すべく少し歩いてみた。


 ……会場を歩くたび、熱気と喧騒が身体に絡みつく。


 多民族、多言語、多文化。

 まるで世界そのものが凝縮された巨大な街の中を歩いているようだった。


 世界はこんなにも“人”で溢れている。

 人と関わらないのは、もはや不可能だ。


 そう思った瞬間だった。


「春樹!」


 聞き慣れた声が、背後から。


 振り返ると……西園寺ひかりが、汗を拭いながら走ってきた。


「やっぱり今日から来てたんだ! 情報は聞いてたけど、会えるとは思わなかった!」


「お前、勤務中に走るな。転ぶぞ」


「転ばないわよ! ……って、あんたは相変わらず堅いわね」


 ひかりは息を整えつつ、俺の関係者入場証(AD証)を見て笑顔になる。


「それ、似合ってるじゃない」


「褒めても何も出ないぞ」


「出なくていいの。ねえ、もう取引先のブース行った?」


「まだだ。あとで様子を見るつもりだ」


「なら良かった。結構トラブル続きみたいだから……」


 常務には「変われ」と言われた。

 その第一歩が、未来という少女との出会いになる

 この時点では、そんな予感すらなかった。


 ただ一つだけ確かなのは。


 ここから俺の価値観が大きく揺れ始める……その入り口に立っている。


 そんな感覚が、わずかに胸の奥でざわついていた。

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