表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/82

遮断された世界①声が届かない

 春樹がアメリカへ渡ってから、二年が経った。


 時差にも、距離にも、覚悟はしていたはずだった。

 それでも、最初の数か月は、互いに連絡を取り合っていた。


 短い通話。

 長すぎないメッセージ。

 「元気?」

 「無理してない?」


 それだけで、十分だった。


 だが、ある日を境に、それは途切れた。



 春樹は、スマートフォンの画面を見つめていた。


 発信中。

 呼び出し音。

 そして、無機質な切断音。


 何度目か、分からない。


 時間帯を変えた。

 曜日を変えた。

 仕事終わりも、早朝も試した。


 それでも、つながらない。


 ——拒否、された?


 胸の奥に、小さな棘のような違和感が刺さる。


 メッセージも送った。

 短く、責めない言葉を選んで。


 「忙しい?」

 「何かあった?」


 既読はつかない。


 未送信でもない。

 ただ、沈黙。


 それが、いちばん重かった。



 未来も、同じだった。


 夜、病室のベッドで、彼女はスマートフォンを握りしめる。


 春樹の名前をタップする指が、ためらいで止まる。


 ——もう、迷惑なのかな。


 ——忘れられたのかもしれない。


 何度も、そう考えては、首を振った。


 そんな人じゃない。

 あの人は、そういう人じゃない。


 分かっているはずなのに。


 それでも、コールはつながらず、送ったメッセージは、空に消える。


 病室の天井が、やけに遠く感じられた。



 共通して、二人が頼った名前があった。


 ——西園寺ひかり。


 春樹は、時差を計算しながら、彼女に電話をかけた。


「……ひかり? 未来と、連絡取れてる?」


 声は、なるべく平静を装った。


 ひかりは、一瞬、言葉に詰まった。


「……ごめん。最近、あんまり……」


 嘘ではない。

 だが、真実でもなかった。


「そっか……」


 春樹は、それ以上、聞かなかった。


 聞けなかった、のかもしれない。


 電話を切ったあと、彼は長く、何もない壁を見つめていた。



 未来も、同じように、ひかりに連絡を取った。


「……春樹さんと、連絡取れてる?」


 ひかりは、同じ答えを返した。


「……分からないよ。ほんとに」


 電話の向こうで、未来は小さく息を吐いた。


「……そっか」


 それだけだった。


 泣き声も、責める言葉もない。


 ただ、静かに、何かが諦められていく音がした。



 ひかりは、通話を切ったあと、リビングに座り込んだ。


 背中に、冷たい汗が流れる。


 視線の先には、遥がいた。


 ソファに座り、膝を抱え、こちらを見ている。


「……言ってないよね」


 低い声。


 ひかりは、ゆっくり頷いた。


「うん……言ってない」


 遥の指が、きつく組まれる。


「ありがとう」


 その言葉は、安堵だった。

 同時に、ひかりの胸を締めつける鎖でもあった。


「……教えたら」


 遥は、俯いたまま続ける。


「わたし、どうなるか分からないから」


 ひかりは、何も言えなかった。


 分かってしまったからだ。


 もう、後戻りのできない立場だということを。



 こうして。


 二人の世界は、完全に遮断された。


 時間だけが、淡々と流れていく。


 声が届かない理由を知らないまま……。


 そして。


 知らないからこそ、信じることだけが、少しずつ壊れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ