遮断された世界①声が届かない
春樹がアメリカへ渡ってから、二年が経った。
時差にも、距離にも、覚悟はしていたはずだった。
それでも、最初の数か月は、互いに連絡を取り合っていた。
短い通話。
長すぎないメッセージ。
「元気?」
「無理してない?」
それだけで、十分だった。
だが、ある日を境に、それは途切れた。
⸻
春樹は、スマートフォンの画面を見つめていた。
発信中。
呼び出し音。
そして、無機質な切断音。
何度目か、分からない。
時間帯を変えた。
曜日を変えた。
仕事終わりも、早朝も試した。
それでも、つながらない。
——拒否、された?
胸の奥に、小さな棘のような違和感が刺さる。
メッセージも送った。
短く、責めない言葉を選んで。
「忙しい?」
「何かあった?」
既読はつかない。
未送信でもない。
ただ、沈黙。
それが、いちばん重かった。
⸻
未来も、同じだった。
夜、病室のベッドで、彼女はスマートフォンを握りしめる。
春樹の名前をタップする指が、ためらいで止まる。
——もう、迷惑なのかな。
——忘れられたのかもしれない。
何度も、そう考えては、首を振った。
そんな人じゃない。
あの人は、そういう人じゃない。
分かっているはずなのに。
それでも、コールはつながらず、送ったメッセージは、空に消える。
病室の天井が、やけに遠く感じられた。
⸻
共通して、二人が頼った名前があった。
——西園寺ひかり。
春樹は、時差を計算しながら、彼女に電話をかけた。
「……ひかり? 未来と、連絡取れてる?」
声は、なるべく平静を装った。
ひかりは、一瞬、言葉に詰まった。
「……ごめん。最近、あんまり……」
嘘ではない。
だが、真実でもなかった。
「そっか……」
春樹は、それ以上、聞かなかった。
聞けなかった、のかもしれない。
電話を切ったあと、彼は長く、何もない壁を見つめていた。
⸻
未来も、同じように、ひかりに連絡を取った。
「……春樹さんと、連絡取れてる?」
ひかりは、同じ答えを返した。
「……分からないよ。ほんとに」
電話の向こうで、未来は小さく息を吐いた。
「……そっか」
それだけだった。
泣き声も、責める言葉もない。
ただ、静かに、何かが諦められていく音がした。
⸻
ひかりは、通話を切ったあと、リビングに座り込んだ。
背中に、冷たい汗が流れる。
視線の先には、遥がいた。
ソファに座り、膝を抱え、こちらを見ている。
「……言ってないよね」
低い声。
ひかりは、ゆっくり頷いた。
「うん……言ってない」
遥の指が、きつく組まれる。
「ありがとう」
その言葉は、安堵だった。
同時に、ひかりの胸を締めつける鎖でもあった。
「……教えたら」
遥は、俯いたまま続ける。
「わたし、どうなるか分からないから」
ひかりは、何も言えなかった。
分かってしまったからだ。
もう、後戻りのできない立場だということを。
⸻
こうして。
二人の世界は、完全に遮断された。
時間だけが、淡々と流れていく。
声が届かない理由を知らないまま……。
そして。
知らないからこそ、信じることだけが、少しずつ壊れていった。




