表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/82

遥の過去編② 白い封筒③—断罪—あなたは、私を守ってなんかいない

 復職初日だった。


 ひかりに背中を押され、ようやく足を踏み入れた職場で、遥は、偶然聞いてしまった。


「……綾瀬課長」

「依願退職って形だったらしいですよ」

「本来は降格と異動で残る道もあったみたいですけど」


 ——残る、道。


 言葉が、頭の中で反響した。


 あの人は。

 会社に、残れた?


 遥の視界が、歪む。


「……誰が……」


 声が、震えた。


「誰が……そこまで……」


 ひかりが異変に気づいたときには、遥はもう、椅子から立ち上がっていた。



 東京。


 春樹の部屋の前で、呼び鈴を押した。


 返事はない。


 それでも、ドアが開くまで、遥は動かなかった。


「……遥?」


 春樹の顔を見た瞬間。


 抑えていた何かが、弾けた。


「上がる」


 拒否を待たず、押し入る。


「……どうして」


 春樹の前に立ったまま、遥は低く言った。


「どうして、あの人を追い詰めたの」


 春樹は、すぐに答えなかった。


「私は……」

「訴えてなんて、頼んでない」


 声が、震える。


「望んでなかった」

「あんなふうに……誰かの人生が壊れること」


 春樹は困ったように眉を寄せた。


「君のためだ」

「君は、被害者なんだ」


 その一言で。


 遥の中の何かが、軋んだ。


「……被害者?」


 乾いた笑いが漏れる。


「それ、誰が決めたの」


 一歩、距離を詰める。


「あなたでしょ」

「私の代わりに、勝手に」


 春樹は言い返そうとした。

 だが——


 遥は、ふと視線を逸らした。


 部屋を、見回す。


 そのとき。


 棚の上に、目が止まった。


 額縁。

 整然と並べられた写真。


 ——自分。


 温泉宿での笑顔。

 浴衣の写真。

 何気ない、横顔。


 3人で行ったはずなのに、あるのは遥の写真だけ。


 遥の喉が、ひきつった。


「……なに、これ」


 春樹は、言葉を探していた。


「……好きだった」


 その一言で。


 遥の中で、全てが繋がった。


 息が、詰まる。


「……気持ち、悪い」


 ぽつりと落とした言葉が、床に吸い込まれる。


「……汚らわしい……」


 一歩、写真に近づく。


「いやらしい……」


 春樹が、息を呑む。


「おおかた、その写真使って……」


 遥の唇が、震える。


「……勝手に……私を……」


 そこで。


 言葉が、止まった。


 ——ピタリと。


 まるで、時間が切断されたように。


 遥の視界が、暗転する。



 ——あんたな。


 ——その目。


 ——勝手に、うちを都合のええ姿に作り変えて。


 ——鳥肌立ったわ。


 記憶が、唐突に甦る。


 会議室。

 閉じられた扉。

 冷たい声。


 ——二度と、その目で、うちを見るな。


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


 ホテルの部屋。

 ひとりきりだった夜。

 抑えきれなかった想い。


 ——知られたら、嫌われる。


 ——だから、誰にも言えない。


 ——でも。


 ——でも……。


 咲良の視線。

 見抜いた目。

 嫌悪。


 ——私は。


 ——私も……。



「——あああああああああっ!!」


 遥は、叫んだ。


 声にならないはずの感情が、破裂した。


 身体が、わなわなと震える。

 歯が、噛み合わない。


「……私も……」


 涙が、溢れる。


「……同じじゃない……!」


 自分で自分を殴るように、言葉を吐き出す。


「人のこと……」

「都合よく……!」


 喉が、ひくりと鳴る。


 ——守られる側。

 ——被害者。


 そんな言葉で、自分を清潔に保とうとしていただけだった。


 遥は、ゆっくりと顔を上げた。


 春樹を見る目には、怒りも、嫌悪も——もうなかった。


 あったのは、虚無だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ