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遥の過去編① 誕生の前夜 ― 遥、孤独な開発③

 声帯認証システムの精度が 80%を突破した日。

 咲良は、誰よりも先に遥の隣にいた。


「……ほんま、よう頑張ったな、遥」


 その声は、遥の胸の奥でずっと光を灯していた。


 そして翌日。

 営業会議の合間に、咲良がふと真面目な顔で言った。


「遥。このシステム……特許取らなあかん」


「えっ……と、特許ですか……? でも……大きい研究機関の設備とか使ってないし、AIの専門機材も……」


「だからや。全部、あんた一人の力やろ?」


 咲良の声は、誇らしげだった。


「talina研究所のどんな研究データも、機材も使ってへん。純度100%の遥の発明や。せやからこそ、一番守らなあかん」


「……守る……」


「せや。あんたの権利や。うち、知り合いに特許の専門家おる。紹介したるわ」


 遥は胸が熱くなった。

 自分にそんな価値があるとは思っていなかった。


「……課長……私なんかで……いいんでしょうか」


「遥……」


 咲良は静かに言った。


「あんたの”なんか”は、世界を変えるんやで」



 特許専門家の知人・弁理士の三宅は、遥の手書きの仕様書を読み、開いた口が塞がらなかった。


「……これ、一研究員が一人で作ったレベルじゃないですよ。しかも外部データなし、独自アルゴリズム……これは……取れます。かなり強い特許になります」


 遥は震えた。


 咲良は横で、静かに、嬉しそうに頷いた。


「せやろ。うちの部下、天才やねん」


「や、やめてください課長……!」


 けれど内心では、嬉しくてたまらなかった。


 数ヶ月後……。

 声帯認証システムは 正式に特許を取得 した。


 発明者:神崎遥

 権利者:神崎遥


(……本当に……私のものになったんだ……)


 ふるえる指で特許公報を触れたとき、遥はこっそり涙をぬぐった。


 ……特許登録から一週間後。

 遥の携帯にtalina研究所本社から電話がきた。


「知的財産管理部の佐藤と申します。この特許……ぜひ使用許諾をいただけませんか?正式にライセンス料もお支払いします」


 本社知的財産管理部の部長が、自社の平社員に、頭を下げてきたのだ。


 遥は呆然とした。


(……私の……発明を……?)


 咲良は、それを聞きながら誇らしげに笑った。


「な? 特許取っといて良かったやろ。これがあんた自身で作ったって証や」


 そしてもうひとつ。


「特許ある限り、遥は……会社辞めても食うに困らん。なにがあっても、絶対に生きていける」


 その言葉が、この先の遥を何度も救う安全網になることを、二人はまだ知らなかった。



 声帯認証が社内で試験導入されると、営業現場は一変した。


 感謝の電話がひっきりなしにかかってくる。

 お礼状も何通も届き、talina研究所の社員は自社に対する誇りと喜びが増していた。


「孫を名乗る詐欺電話が即座に見破れた!」

「高齢者の顧客がめちゃくちゃ感謝してきた」

「talina研究所の社会的貢献度と知名度がむちゃくちゃ上がった!イメージ爆上がり!神崎ちゃんのおかげや!」


 遥は次第に talina研究所の信頼の象徴になっていき、取引先からも引っ張りだことなった。


 そして——


「全国営業実績・年間・第1位 大阪支社 神崎遥」


「全国営業実績・年間・第2位 大阪支社 綾瀬咲良」


「全国営業実績・年間・第3位 東京支社 相馬武」


 東京の本社での表彰式……。


 上位3名の名前が呼ばれた瞬間、遥の圧倒的な数字と綾瀬咲良が長年守り抜いたその座を明け渡した事にフロアがどよめいた。


 壇上で表彰を受ける遥を、咲良は誰より誇らしげに見つめていた。


「やったな、遥」


「……課長のおかげです……!」


「違う。あんたの努力や。うちはただ、背中押しただけや」


 その言葉は、遥にとって勲章だった。

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