遥の過去編① 天真爛漫リケジョ④
大阪支社に配属されてから七ヶ月。
仕事も少しずつ板につき、遥の生活には新しい習慣が生まれていた。
……スポーツジム。
運動不足解消と気分転換のためにと始めたのだが、すぐに彼女はお気に入りの相棒を見つけてしまう。
「あら遥ちゃん、今日も来たん?ほな、ズンバ一緒に踊ろか!」
「もちろんです!今日こそバテませんからね!」
陽気に声をかけてくるのは、ジム歴10年の 70歳のおばあちゃん・柴田せつこさん。
年齢を感じさせないキレッキレの動きで、J-POPダンスもヒップホップもこなす。
遥はその元気さにいつも驚かされていた。
「せつこさん、ほんとに若いですよねぇ……!私が息切れしてるのに……」
「なに言うてんの。女は笑うと若返るんやで?ほれ、もっと笑い!」
「えへへ……」
そのやりとりが、遥は大好きだった。
プログラムを終えると、せつこさんは小さなタッパーを差し出す。
「はいこれ。今日のクッキー、うまく焼けたんよ」
「やったぁ!!私、この素朴な味、大好きなんですよ!」
「そら良かった。遥ちゃんは孫みたいでな……なんか作りたくなるんよ」
そんな日々が続いていたある日。
せつこさんが不安そうに携帯を見つめていた。
「どうしたんですか?」
「いやな……投資の電話があってな。元本保障で必ず儲かるって言うんやけど、どうしようかなと……」
その瞬間、遥の中で警報が鳴った。
古典的で典型的な詐欺のパターンだったからだ。
「せつこさん、それ絶対ダメです!!怪しいですから無視して、番号も着信拒否にしてください!」
「そ、そうなんか?よかった……遥ちゃんに聞いて……」
その日をきっかけに、せつこさんは遥のことをさらに信頼してくれた。
そして、遥は思った。
(人に寄り添うって、すごく大事だ……私も、もっと信用される人間になりたい)
その気持ちは、遥をさらに前向きにしてくれた。
……しかし。
ある月曜日の夕方。
「……あれ?今日、せつこさん来ないのかな」
いつもの位置、いつもの時間に姿がない。
珍しいな……と思っていた。
だが翌日も、その翌日も来ない。
胸の奥に、じわりと不安が広がっていく。
(風邪……かな?それとも……)
数日後、ロッカー前でおばちゃん達の噂話が聞こえてきた。
「柴田さん、詐欺にあったらしいわ」
「えぇ……ほんまに?」
「旦那さんの残したお金全部いかれたって……」
「そら会費も払えんやろし……ジムはもう来られんのやて……」
遥は、手に持っていたドリンクを落としそうになった。
「……そんな……」
まるで胸をぎゅっと掴まれたみたいに、息が苦しくなった。
(あの日の電話は止められたのに……別のところで……やられちゃったんだ……)
胸が張り裂けそうなほど悔しかった。
もっと、なにかできたんじゃないか。
危険信号をもっと前もって察する方法はなかったのか。
そもそも、誰か一人を守るだけじゃ意味がないんじゃないか。
もっと多くの純粋な人を守れないのか。
ぐるぐると、思考が止まらない。
その夜、アパートの天井を見つめながら、遥は初めて涙をこぼした。
(私は……守れなかった)
自分が情けなくて、悔しくて。
だが同時に、胸の奥の深いところで、別の炎が灯っていた。
(……いつか。絶対にこんな思いを誰にもさせない仕組みを作る)
まだ輪郭は曖昧な決意。
でも、確かにそこに火がついた。
これがいつか、〈声帯認証・詐欺撲滅システム〉……後のtalina研究所の主力商品の誕生に結びつくことを、遥はまだ知らない。
ただただ、胸に残る悔しさだけが、静かに燃えていた。




