遥の過去編① 天真爛漫リケジョ③
大阪支社に来て半年が過ぎた頃。
遥の生活は、毎日が光で満ちていた。
朝の駅前。
忙しくても笑い合うおばちゃんたちの明るい声。
商店街から漂うソースの香り。
「あ〜……大阪って、いいとこだなぁ〜」
遥は通勤中、何度もそう呟いた。
そして支社に着くと……。
「おはよう遥ちゃ〜ん!昨日の契約すごかったらしいやん!」
「えへへ〜課長が隣にいてくれたからですよ〜!」
咲良課長は、いつも遥の頭をやさしく撫でてくれる。
「今日も、がんばろね?」
その声音が、心地よくて、遥は毎朝、胸がぽわっと温かくなった。
昼休みには、営業フロアに咲良課長の笑い声が響く。
「聞いてぇ遥ちゃん!みさきがまた、はるかちゃんがいい〜って保育園で言うてしもてなぁ……先生に、はるかちゃんって誰ですか?って聞かれたわ」
「わぁ〜!!かわいい〜!!みさきちゃん、ほんと天使……私も会いたい……」
「ほな今日も来る?晩ごはん食べていき?」
「行きます!!」
こうして遥は、ほぼ毎日のように咲良家に寄った。
玄関を開けると……。
「はるかちゃーーん!!!」
みさきちゃんが全力で抱きついてくる。
「うわぁっ!!ただいま〜!!今日もかわいいね〜!」
リビングでは咲良課長がエプロン姿で料理をする。
「はよ手洗いや〜。今日はな、はるかちゃんの好きなグラタンやで」
「わぁ〜!!課長のグラタン大好き!!」
(あぁ……なんか、家族みたい……)
そんな気持ちが、静かに遙の胸に積もっていった。
……しかし。
その日常が、ほんの少しだけ歪み始めたのは、ある営業会議の翌日のことだった。
その日の朝、支社の掲示板に新しい営業ランキングが貼り出された。
全国営業成績ランキング……。
1位:綾瀬咲良
5位:神崎遥
「おぉ〜!遥ちゃん、またランク上がったん?」
「すげぇな若い子は。勢いがちゃうわ」
同僚たちから拍手が起きた。
でも……。
「……」
咲良課長だけが、なぜか静かに微笑んでいた。
喜んでいるように見える。
でも、その奥になにかが沈んでいるようにも見えた。
(あれ……課長、なんか……元気ない?)
その日の夕方。
一緒に帰ろうと思っていた遥に、咲良課長はゆっくり言った。
「遥ちゃん……ごめんな。今日は、早よ帰らなあかんのや」
「え?みさきちゃんが熱とか?」
「いや、そうやないんやけど……ちょっと、用事があってね」
遥は笑って言った。
「そっか!分かりました!いってらっしゃい〜!」
だが、咲良課長の背中は、いつもより少しだけ遠かった。
翌日。
珍しく、朝から咲良課長の機嫌が微妙だった。
「課長、おはようございます!!」
「あぁ……おはよう」
笑顔だが……目が笑っていない。
(あれ?なんか、変…?)
その日の外回りでも。
「課長、ここのお客さん、今日すっごくいい感じでしたね!」
「……そやね」
いつもなら
「はるかちゃん、ほんま頑張ったなぁ!!」
と抱きしめてくれるのに。
その日だけは、距離があった。
夕方。
例のランキング表の前で、声をかけてきたのは同じ咲良課長の部下で、二年先輩の女性だった。
「神崎ちゃん、ほんまに優秀やなぁ。あんた、数ヶ月でここまで結果出すなんて……客観的に見ても天才やで」
「えへへ〜ありがとうございます!」
その女性は、少し声を潜めて言った。
「でも……ちょっと頑張りすぎなんちゃう?ほどほどがいちばんやで……」
「ほどほど……?」
「全国1位の座は、綾瀬課長の誇りなんよ。守り続けたい気持ちは強いやろね」
その場に置いていかれた遥は、しばらく動けなかった。
(そんな……課長が、私のせいで……?)
胸がぎゅっと痛くなる。
(でも……私、ただ頑張ってるだけで……)
仕事を好きで、人が好きで、一生懸命なだけなのに。
なのに、好きな人を傷つけてしまうこともあるの……?
その夜、咲良家の前まで来たが、遥の足は止まってしまった。
(……今日は帰ろう)
そして遥は、ひとりの夜を過ごした。
翌日。
「遥ちゃん、今日の夕方、同行するで。ええか?」
「……はいっ!!」
笑顔で返事をした。
でも胸の奥では、ひそかにざわざわと不安が揺れていた。
咲良課長は相変わらず優しい。
けれど、どこか時折……。
ぽつりと影が射す目。
それは遥に向けられたものなのか、彼女自身に向けられたものなのか、遥には分からなかった。
分からないまま、大阪での時間は続いていく。
そして……この小さな違和感が、後に遥の人生を激しく揺らす「あの日」へと静かにつながっていくのだった。




