遥の過去編① 天真爛漫リケジョ②
talina研究所で働きはじめて二年目の春のある日。
遥は、突然の辞令を受けた。
「遙ちゃん、大阪支社に行ってみない?」
「えっ、大阪!?たこ焼き!?……行きます!!」
即答した遥に、上司は思わず苦笑した。
「一応、悩んでいいんだよ……?」
「悩む時間がもったいないです!面白そうだし、お客さんともいっぱい話せますよね!」
ほんの少しの寂しさは胸の奥にあった。
春樹とひかりと会えなくなる……それは正直、残念だった。
でも、遥はそれより新しい土地や出会いに心が躍っていた。
そして辞令が正式に決まった日の夜、三人は久々に集まった。
ファミレスのテーブルに飲み物が並び、三人の笑顔がそろう。
ひかりは口を尖らせ、春樹はいつもの落ち着いた調子で。
「大阪かぁ……さびしくなるな」
「うん……ふたりに会える回数減っちゃう」
「でも、遥ならどこでもやっていけるよ」
「うぅ……春樹くんのそういうとこ好き……!」
「ちょっと、遥…その言い方は誤解招くよ」
「あ、誤解しないで!春樹くん、かわいい弟として好きって意味だから!」
「俺は妹と思ってたんだけどな……」
遥はぴょんと手を振った。
「あのね、私ね、男の人には全然興味ないの。昔からそうなの!」
あまりにさらっと言うので、春樹もひかりもスプーンを落としそうになった。
「えっ、男に興味ないって……」
「うん!私、女の子のほうが落ち着くっていうか…可愛いし…安心するし……」
そこでひかりが胸のあたりを押さえて赤面した。
「ちょ、ちょっと遥!?わたしが気にする!」
「え〜ひかりちゃん可愛いから好きだよ〜」
「そういう好きはいいの!!」
なんだかんだで、三人で大笑い。
その流れで、ひかりが提案した。
「ねぇ……大阪行く前に、三人で旅行しない?」
「いいね!」
「温泉とか!!お肌つるつるになるやつ!」
「じゃあ、お泊まりで行こう!」
「わぁい!行こ行こ!」
問題は……部屋割りだった。
「三人なんだから一部屋でよくない?お金もったいないし!」
「遥……それはねぇ……」
「だってさ、春樹くんは男だけど、私、別に男興味ないし全然平気だよ?」
「遥が平気でも、わたしが気にするの!!」
「えー……じゃあどうするの?」
「……俺、別の部屋取るよ」
春樹は耳の先まで真っ赤だった。
遥はぽかんとし、それから満面の笑みに戻った。
「じゃあ、ひかりちゃんと一緒がいい〜!」
「…はぁ……まあ、いいけど」
こうして三人は、大阪転勤前の最後の思い出として温泉旅行を計画した。
そして一週間後、電車で小旅行に向かった三人は、道中ずっと笑っていた。
食べ歩きに、露天風呂、卓球、夜のトランプ……どれも他愛もないことばかり。
でも、それが三人にとって宝物のような時間だった。
翌朝、帰りの駅で。
「ふたりとも、ありがとう!!私、大阪でもぜっっったい頑張るから!」
「無理すんなよ。楽しめよ」
「困ったらすぐ電話しなよ?」
「うんっ!だいすき!!」
遥はふたりに向かって満面の笑顔で手を振り続けた。
……このときの遥はまだ知らなかった。
自分を待ち受ける大阪での出会いが、遥の未来を大きく変えることになるなんて。
そして大阪支社での新しい生活が始まった。
大阪支社は東京とは違い、どこかアットホームで温かい雰囲気だった。
営業部のデスクに着いた遥に、ふわりと甘い香りが近づいた。
「あなたが遥ちゃん?今日からよろしくねぇ」
艶やかなロングヘアを揺らし、大阪弁で落ち着いた笑みを浮かべる年上の女性。
大阪支社・営業エース……咲良課長 だった。
「か、課長!?わぁ…綺麗……」
「ふふっ、ありがと。よう来てくれたね。期待してるで?」
その言葉は驚くほど柔らかく、耳がくすぐられるようだった。
遥は一瞬で彼女を好きになった。
(あ、この人……すっごく好き……!)
咲良のほうも、遥が気に入ったらしい。
「今度の休み、うちの家おいで?娘がおるねん。遥ちゃんの話したら会いたいって」
「えっ!?いいんですか!?いきます!!」
遥はその日から咲良課長の家に入り浸るようになった。
特に課長の娘・ みさきちゃん(6歳) は遥にべったりだった。
「はるかちゃーん!」
「みさきちゃん〜!今日もかわいい〜!」
ソファでぎゅーっと抱きつかれ、遥もぎゅーっと抱き返す。
咲良はそれを微笑ましく見ていた。
(この子……ほんまに可愛いなぁ。ええ子や)
そう思ったからこそ、咲良は遥に惜しみなく仕事を教えた。
そして二人の営業成績は、並んで全国トップクラスを走った。
「課長〜!今日も契約とれました〜!」
「ほんま!?やるやんか〜!」
抱きついて喜び合う二人に、周りも温かい目を向けた。
だが……。
半年が経つ頃。
咲良は静かに気づいてしまった。
(……この子、伸びすぎや)
営業成績ランキング。
咲良課長が全国1位。
遥は10位以内にずっと食い込み続けていた。
(あかん……このペースやと……抜かれる)
心のどこかに、小さなざらつきが生まれた。
けれど咲良は笑顔を崩さなかった。
「遥ちゃん、ほんま頼りになるわぁ」
「えへへ〜課長が教えてくれるからですよ〜!」
その笑顔が眩しくて……だからこそ、咲良の胸に芽生えた焦りは誰にも気づかれなかった。
遥自身も、まったく気づいていなかった……。
大阪でのほんのり甘くて、どこか切ない日々は、まだ始まったばかりだった。




