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第11章 遥の過去編① 天真爛漫リケジョ①

 (はるか)が初めて talina研究所を訪れた朝。

 春の陽ざしに負けないくらい、彼女は明るかった。


 黒髪は肩でふわりとはね、背は小柄。

 それなのに、大きめのリュックを背負い、胸元にはいくつも缶バッジが揺れている。


「わぁ……ここが talina かぁ……!すごっ、かっこいい……!」


 門の前で立ち止まり、広大な土地の中にある建物を眺めて何度も感嘆の声を上げる。

 まるでテーマパークに来た子どものような無邪気さだった。

 「決めた!ここに絶対入る!」


 ……だが、幼く見えるその小さな体の中に、遥は天才的頭脳を宿していた。


 〈声帯認証・詐欺撲滅システム〉……talina研究所の主力商品の一つを(のち)に彼女は誕生させ、それが、春樹と未来の運命に大きく影響を及ぼしていくのであった……。


 ……新入社員研修の入所式の日。

 遥はとなりの席の、静かな青年に声を掛けた。


「ねぇねぇ、私、(はるか)!よろしくね!」


「……空野春樹(そらのはるき)です」


 最初は驚いた表情の春樹も、遥の勢いに押されて軽く笑った。


 そこへもう一人、笑顔いっぱいの女性が加わった。


「私は西園寺(さいおんじ)ひかり!これからよろしくね!」


「ひかりちゃんっ?かわいい名前~!仲良くしてね!!」


 三人はその瞬間、まるで昔からの友だちのように仲良くなった。


 2週間の研修所の入所期間中、昼休みは必ず三人で食堂に行き、休日は研修所の寮を出て駅前でパフェを食べたり映画や水族館へ出かけたりした。

 ……その関係はお互いが別の部署に配属された後も続いた。


「春樹くんはさ、クールに見えて実は優しいよね」


「遥は……元気だよな」


「元気って褒め言葉?」


「褒めてるよ」


 そんなやり取りが続く、平和な日々。


 この時点の三人は純粋に友人で、春樹にとって遥はかわいい妹みたいな同期だった。


 この頃の遥の天真爛漫な明るさは、未来と似たものがあった。


 ……天才の片鱗を遥が発揮するのに時間は掛からなかった。


 ある日、研修の一環で開発部を訪れた際、エンジニアたちが頭を抱えていた。


「システムの精度が上がらない……」


 その横を通りかかった遥が、ひょこっと端末を覗き込んだ。


「あっ、これ……波形のノイズ処理ここじゃなくて……」


「……え?」


 カタカタカタ、と数分の操作。


 テストをすると……。


「上がった!?精度が……!」

「おい、どうやったんだ!?」


「え……?あ、直っちゃった?」


 遥はきょとんとして、次の瞬間にぱぁっと笑った。


「よかったぁ〜〜!!」


 この瞬間、talina研究所の開発部はざわついた。


 その噂は、瞬く間に研究所全体に広まった。


 本来なら開発部に引き抜かれるはずの遥だったが、

 最終的に彼女が選んだのは……。


「営業、やりたいですっ!」


「……え?」


 研修所の所長は本気で驚いた。


「君、理系だよね……」


 遥は指を折りながら理由を話す。


「人と話すの大好きだし、システムって使う人の顔が見えないから寂しくて。直接お客さんに笑顔で伝えたいです!」


 営業部は彼女を即採用した。


 彼女の天真爛漫さは、客先でも武器となった。


「はじめまして、talinaの遥ですっ!」

「この機能、かわいくないですか!?(←言い方)」


 技術知識を丁寧に噛み砕いて説明するので、取引先の担当者たちは一瞬でファンになった。


「遥ちゃん、また来てよ!」

「この子すごいんですよ、本当に!」


 そうして……新人ながら営業成績は全国トップクラスへ上り詰めた。


 休日、同期3人は相変わらず仲良く集まり、一緒にご飯を食べていた。


「遥、また契約取ってきたのか?」


「えへへ。おじさんたちが優しくしてくれて……」


「いや、遥の説明が上手いのよ!」


「ひかりちゃん!好き!!」


 ひかりに抱きついて、ひかりに頭ぽんぽんされて、

 春樹はそれを横で見ながら微笑んでいた。


 本当に仲のいい三人だった。


 遥は……未来に似た、明るい笑顔を持っていた。


 だからこそ、春樹は未来を見るたびに、ほんの少し心が軋むのだった。


 それが後に、彼の不安の正体になることを、この時は誰も知らなかった。

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