失われた未来と、開きかけた扉 ④
……少し遡った話……
「……ひかり。大丈夫、苦しくない?」
布団の中で、その声はいつもより低く、湿っていた。
触れられている場所は……どこでもない。
ただ、弱った心の奥を、遥の吐息が正確に捉えてくる。
初めは拒んだ。
何度も振りほどこうとした。
でも、遥が泣きながら縋ってきた時、ひかりは抗えなかった。
……あの日、春樹の行動に傷つき、崩れるように倒れ込んだ遥を抱きしめた瞬間から……。
気づけば、互いの孤独が絡まり、離れられなくなっていた。
「……春樹……」
弱っていた心から、思わずその名が漏れた。
遥の身体が、ぴくりと震えた。
ほんの一瞬で、空気の温度が変わる。
「ひかり。まだ、あいつのこと……好きなの?」
ひかりは答えられず、唇を噛んだ。
遥は傷ついた笑みを浮かべた。
悔しさと絶望が入り混じった、壊れた笑顔。
「あいつは全部壊した。わたしの心も、夢も、人間関係も……。なのに、ひかりまで傷付けるの?」
「傷付けるなんて……そんなこと、春樹は……!」
「優しい顔して、壊すの。あいつはそういう人間なの」
遥はひかりの手を強く握る。
逃がすまいとするように。
「ひかりは……わたしの全部なんだよ。わたしには、ひかりしかいないの。ひかりだけが、壊れたわたしを見捨てずにそばにいてくれた……」
その目は危うく、どこか祈るようにも見えた。
ひかりは胸が締めつけられた。
遥の孤独も、痛みも、全部知っている。
だから……離れられない。
「……遥。あなたを見捨てたりしないよ」
遥は静かに目を閉じて、ひかりに額を寄せた。
まるで「自分の味方でいて」と縋る子どものように。
その瞬間、遥の中で何かが決まった。
……春樹を許さない。
……ひかりを守るために。
ゆっくりと、ゆっくりと。
彼女は復讐のため、表舞台に戻る準備を始めた。




