ひかりの未来③
翌週の月曜日。
万博会場は日増しに混雑して午前中から来場者の列は途切れることがなかった。
私は汗を拭きながら、未来のいる隣の企業ブースを横目に見た。
未来は今日も明るかった。
来場者に丁寧に説明し、子どもにシールを手渡し、
時折こちらに会釈をする。
……けれど、私は気づいていた。
あの日以来、未来の目の奥に、微かな影が落ちていることを。
彼女とすれ違った時、未来は私にだけ少し長く視線を留め、何かを伝えたそうに口を開きかけては閉じた。
その不自然さがずっと胸に引っかかっていた。
昼休憩。
スタッフ専用控室の隅でサンドイッチを食べていると、未来が遠慮がちに近づいてきた。
「あの……ひかりさん。昨日の件、ありがとうございました」
……来場者に記念のピンパッジを配っていたが、個数に限りがあった為、もらえなかった中年男性が未来に詰め寄っていたのだ。
「いいのよ。よくある事だから。」
「毅然と対応するひかりさん、カッコ良かったです。あれ、助かりました。」
「ホントは自分の事は自分で解決しないといけないんですけどね。」
私は眉をひそめた。
「未来ちゃん、私に何か聞きたい事があった?」
未来は一瞬固まった。
その沈黙の背後にある意味が直感的にわかった。
「未来ちゃん、もしかして春樹に用があった?」
……あえて空野ではなく、春樹と言ったのはどこかに対抗心があったのかも知れない。
……私の方が春樹と親しいんだと…。
問いかけると、未来は肩を震わせて目を伏せた。
「違っ……違うんです。ただ、その……最近見ないからどうしたのかなと…。」
「本社でトラブルがあって少し戻っているだけよ。来週にはこっちに来れると思うよ。」
「……本当は、あの日。私、空野さんに“どうして誘いに応じてくれたんですか?”って聞いたんです」
私は息を呑む。
未来は続けた。
「郵便局で”20年後の未来からの手紙”を一緒に体験したり、パビリオンもいくつか廻りました。」
「そしたら空野さん……“君の行きたいパビリオンを案内するのは仕事の延長だから”って言って……」
未来は弱く笑った。
未来の顔が、痛ましいほど曇っていた。
「空野さん……ひかりさんから見てどういう人ですか?
いつも笑ってるように見えて、どこか寂しそうじゃありませんか?」
私は息を呑んだ。
春樹と長年働いてきた私でさえ、言葉にできずにいた“疑念”だった。
彼は時々、誰もいない場所で遠くを見つめていた。
笑顔の奥に透明な壁があるような、触れたら消えてしまいそうな影があった。
それは……ひとりで何かを抱えている人の顔だった。
未来が続けた。
「空野さんって……もしかして、“誰かを大切にしないようにしている”んじゃないですか?」
私は心臓をつかまれたように言葉を失った。
……私も、本当はそう感じていた。
けれど、それを認めてしまうことが怖かった。
未来の震える声が重なった。
「もし……もし、空野さんが何か隠してるんだとしたら。私、もっと知りたいです。知ったうえで、そばにいたい」
その言葉が胸を刺した。
未来の想いはただの憧れではない。
未来は春樹の影の奥をちゃんと見ようとしている。
私は笑ったつもりだった。
でも自分の声が思った以上に弱かった。
胸の奥が熱く痛くなる。
私は、春樹の隠れた影に手を伸ばせるだろうか。
それとも、未来のように寄り添おうとできるだろうか。
答えはまだわからない。
だけど、確信できることがひとつだけあった。
……“ここから物語が大きく動く”という予感。




