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博物館明治村 ②

 デート当日の朝、レンタカーを借りた俺は、未来を見つけて一瞬だけ息を飲んだ。


 白いブラウスに落ち着いた水色のスカート。

 派手じゃないのに、すれ違った人が一度振り返るほど絵になる。


 「……未来、すごく綺麗だ」


 「っ……! きょ、今日はその……デートなので……」


 未来は両手で頬を押さえ、くるっと体を小さく回す。

 照れているのに、嬉しそうで、胸が温かくなる。


 車に乗り込んで走り出すと、未来は窓の外を眺めながら言った。


 「明治村って、昔の建物をそのまま移築して保存しているんです。“本物を残すためにつくられた村”なんです」


 「へえ……よく知ってるんだな」


 「よくドラマで明治村が使われていて……ずっと憧れてました。誰かと行ってみたいって」


 その “誰か” に自分がなっていることが、くすぐったいようで嬉しい。


 「未来が行きたい場所なら、何度でも連れていくよ」


 未来は一瞬こちらを見て、それから急いで窓に視線を逃がした。


 「そんな……そんなの……ますます好きになっちゃいます……」


 「え?」


 「い、いまのは忘れてください!」


 車内に柔らかい空気が流れ、ドライブの時間が愛おしく感じられた。


 明治村のゲートをくぐると、澄んだ風がふっと頬を撫でた。


 夏の暑さの空の下、村全体がゆっくりと時間を巻き戻したように静かだった。


 未来は深呼吸する。


 「……いい匂い。木の匂い……昔の建物の匂いです」

 

 村内に並ぶ建物は、どれも古さの味わいがそのまま残っている。

 まるで明治時代に迷い込んだようだ。


 「明治村の建物って、取り壊されてしまうはずだったのを移築して、当時のまま保存されている本物なんです。だから博物館明治村って言うんですって……」


 「私、ずっと体のことで……“変わること”ばかり怖がっていたから”変わらないもの”があるって、安心するんです。」


 その言葉に、胸の奥が少しきゅっとした。


 だから未来は“変わらない愛を誓う場所”として有名な明治村の教会にも憧れたのだろう。


 未来はぽつりと呟いた。


 「……ここで結婚式する人もいるんですよね。テレビで見ました。“変わらぬものの中で、変わらぬ愛を誓う”って……」


 「未来も、興味あるの?」


 「……す、少しだけ……」


 目を逸らしながら、はにかむ。


 「だ、だって……すごく素敵じゃないですか……? 本物の教会で、明治の建物に守られて、変わらない景色の中で……好きな人と……。あの……これは、その……ただの憧れで……!」


 「うん」


 「わ、笑ってます!?」


 「笑ってない。未来らしいなって思っただけ」


 未来はむくれたように頬を膨らませたが、すぐに真顔になって、小さく言った。


 「……いつか、そんな未来が来たらいいなって……思ってます。あ、あの……勝手に、ですけど……」


 その横顔は、どうしようもなく愛しかった。


 未来の目はきらきら輝いていた。

 こんなにも何かを好きそうに話す未来を見るのはオランダ館のハーリング以来だった。


 「……未来、今日は特に嬉しそうだな」


 「えへ……ずっと来たかったので……」


 その仕草が可愛くて、言葉が喉に引っかかってしまった。


 村内を歩いていると、貸衣装館の前に着いた。


 「……未来、着てみる?」


 「ふえっ!? わ、私がですか!?」


 「似合うと思う」


 「……着ます!!」


 返事が早い。


 控え室へ消えていった未来は、10分後、淡い紫色の袴姿で戻ってきた。


 思わず息を呑んだ。


 可愛いとか綺麗とか、そういう言葉では足りない。

 気品があって、凛としていて、どこか儚い。


 「は、春樹さん……に、似合って……ませんよね……?」


 「似合いすぎてる。……未来、みんな見てる」


 「ええーーーっ!? や、やめてくださいそんなの……!」


 未来は袴の裾を踏みそうになって慌てて俺の袖を掴んだ。

 その姿がまた可愛い。


 胸の奥で思わず呟いていた。

 未来の恋愛経験のなさは、不思議で仕方ない。


 だが、その理由を今は聞かないことにした。

 今日の未来の眩しさを、純粋に楽しみたかった。


 写真を何枚も撮ると、未来は満足そうに微笑んだ。


 「ここ、“フォトスポット”がたくさんあるんですよ。全部“本物”だから……写真に残すと、ちゃんと時代の匂いが映るというか……」


 「未来の写真は、もっと映えてるよ」


 「……もう……春樹さん、そういうの、ずるいです……」


 耳まで赤くする未来が可愛すぎて、手を繋ぎたくなった。

 そして自然に指が触れ合い、そのまま重なった。


 そして、二人が向かったのは……。

 博物館明治村簡易郵便局。


 歴史ある木造の建物。

 展示物で郵便局の歴史にも触れる事ができる。

 そして、人々の想いが10年眠る手紙……。

 保管は郵便局がするわけでは無い。博物館明治村の独自サービスとして保管するそうだ。


 未来は深呼吸した。


 「……ここが、一番来たかった場所です」


 その目は涙ぐんでいた。


 「10年後の自分へ。」

 「10年後の春樹さんへ。」

 「……そして、親友の涼子へも、手紙を出します」


 「涼子……?」


 「はい。比嘉涼子(ひがりょうこ)。……大切な友達なんです」


 未来はそう言いながら便箋を受け取り、木の机に向かった。

 一文字一文字、丁寧に、何かを確かめるように綴っている。


 俺も便箋を開いた。

 10年後の未来の自分へ。

 そして……未来への気持ちを書いた。


 未来は祈るように手を合わせた。


 「……10年後も、春樹さんと一緒にいられますように」


 言葉は小さくても、その願いはまっすぐだった。


 郵便局を出ると、遠くで「ポォーーッ」と蒸気機関車の汽笛が響いた。


 未来はびくっと肩を跳ねさせて、それから目を輝かせる。


 「春樹さん! SL……SLですよ!」


 手を引かれ、そのまま走り出される。

 小柄な体なのに、意外と力がある。


 「未来、急ぐと転ぶぞ」


 「だ、大丈夫ですっ……!」


 ホームに着くと、黒いSLが蒸気を吐きながらゆっくり入ってきた。

 未来は食い入るように見つめる。


 「わぁ……!」


 未来は子どものように目を輝かせた。

 その笑顔を見るだけで、今日ここへ来てよかったと思った。


 「乗ってみようか」


 「はいっ!」


 ガタン――ゴトン――と揺れる車内。

 窓から入る風はどこか懐かしく、ゆっくり時間が溶けていく。


 未来はふと俺の肩に頭を預け、小さく囁いた。


 「……幸せです」


 そんなふうに言われて、胸が熱くならないはずがない。

 

 夕方になり、出口へ向かう頃。

 未来は小さく俺の袖を引いた。


 「は、春樹さん……今日、その……い、いち……泊まり、ですよね……?」


 「ああ。旅館は予約してある」


 「じ、じゃあ……その……」

 「きょ、今日……えっち……するんですよね……?」


 言い終えた瞬間、未来の顔は真っ赤で、もう泣きそうなほど震えていた。


 俺はそっと未来の頭に手を置く。

 「未来が嫌じゃなければ、だよ」


 「……嫌じゃ、ないです」


 声は消え入りそうだったが……確かに届いた。


 夕暮れの明治村を出る時、未来の指は少し震えていた。

 でも、その手は離れなかった。

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