第8章 博物館明治村 ①
未来を宿舎まで送り、“また明日” と言って別れた夜から三日。
俺と未来は、静かに、しかし確かに距離を縮めていた。
ひかりの言葉は、まだ胸に引っかかっている。
未来も同じだった。
手を繋ぐたび、どちらかがふっと不安そうな顔になる。
それでも離れなかった。
それでも会いたいと思った。
そして自然と……俺たちは付き合い始めた。
「……じゃあ、その……恋人ってことでいいんですか?」
未来が赤くなった顔で言ったとき、俺は思わず笑ってしまった。
「未来が嫌じゃなければ」
「嫌じゃないですっ!」
即答だった。
可愛すぎて、自然と抱きしめていた。
……それから数日後の休憩時間、未来はスマホを見て深刻な顔をしていた。
「どうした?」
「万博の入場予約……すごく取りにくくなってしまって」
画面には予約枠の“×”がぎっしり並んでいた。
「このままだと……春樹さんに会える日が減っちゃいそうです」
その言い方がまた、胸に刺さる。
「会う場所は万博じゃなくていいよ」
「……でも、私、春樹さんと会うとき……」
未来は少し言い淀む。
「“仕事の合間に会ってるだけ”みたいに思われるのが嫌なんです。ちゃんと……ちゃんと、“デート”がしたい」
その瞬間、言葉が胸に落ちた。
病気の事があり、未来はずっと我慢していた。
自分から「デートしたい」とは言えなかった。
それを、それでも言った。
だから迷う理由などなかった。
「……じゃあ、万博の外でデートしよう。どこか行きたい場所、ある?」
未来は驚いた顔をして、次に嬉しそうに俯いた。
そして意を決したように言った。
「……あります。ずっと、誰かと行きたいと思っていた場所が」
「どこ?」
未来は胸の前で手をぎゅっと握った。
「愛知県の……犬山市の、明治村です」
「明治村?」
「はい。博物館明治村。昔の建物が保存されていて……お手紙を“10年後に届けてくれる”郵便局があるんです。ずっと、誰かと一緒に行きたくて……でも一度も叶わなくて」
それは、未来の“孤独”の告白にも聞こえた。
「未来は……誰に宛てて手紙を書くんだ?」
未来は照れたように笑った。
「それは、10年後に届くまで秘密です。でも……春樹さんにも書いてほしい。“10年後の自分へ”でも、“誰かへ”でもいいから」
未来は小さな声で続ける。
「10年後……春樹さんとまた一緒にいられたら……嬉しいです」
その言葉で、息が止まった。
“10年後”
未来がそんな未来を想像してくれたことが、胸が熱くなるほど嬉しかった。
「行こう。明治村」
そう言うと、未来の頬が一瞬で赤く染まった。
「……本当に?」
「レンタカー借りて、ドライブしよう。どこか泊まって、一泊して……ゆっくり過ごそう」
未来は信じられないというように目を潤ませ、それからふるふると震えながら笑った。
「……デ……デート……ほんとの……?」
「本当の。泊まりがけの。二人だけの」
未来の耳まで真っ赤になった。
「よ、よろしくお願いします……!」
未来はほっとしたように、そして嬉しそうに笑った。
それだけで優しいものが胸に満ちていった。




