表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/42

未来の約束 ②

 オランダ館の出口を出ると、海風がふわりと頬を撫でた。


「こっちです」


 微笑みながら歩く未来の手は、オランダ館で買った料理で溢れていた。


「……買いすぎじゃない?」


「えへへ……せっかくなので、食べ比べしたくて」


 そんなふうに無邪気に笑われたら、もう何も言えなくなる。


 大屋根リングの下──海側の端。

 そこは本当に穴場で、人はほとんどいなかった。

 ベンチに座ると、海の匂いを含んだ風が優しく吹き抜けていく。


 結局、未来は以下の注文をしていた。


 ・Herring with onions(塩漬けニシンの玉ねぎ添え)900円×2

 ・Herring on a bun with onions(塩漬けニシンのサンド)750円

 ・Dutch Gouda cheese sandwich with mustardゴーダチーズサンド700円

 ・Stroopwafelストロープワッフル450円

 ・Vanilla ice cream with stroopwafel crumble(砕いたワッフル入りバニラソフト)650円

 

 万博の中でこの値段はかなり良心的だ。


 ……いささか買いすぎな気もするが……。


「じゃあ……まずは、これから」


 未来が真っ先に差し出してきたのは……


 ハーリング(塩漬けニシンの玉ねぎ添え)。


 玉ねぎがキラキラ光り、ニシンの身は想像以上に“大人”な見た目をしている。


「……これ、結構……匂い、あるね」


「ありますね。でも、調べたら“本場ではこれを立って食べるのが通”なんですよ」


「立って!? いや、それは新垣さんが食べ……」


「空野さんも、です」


 笑顔の圧が強い。


 俺は小さく咳払いして、ハーリングをつまんだ。

 ……が、手が止まる。


「うーん……やっぱり、ちょっと……勇気いるなコレ」


 未来が目を丸くし、首をかしげる。


「空野さん、ひょっとして……魚、苦手なんですか?」


「いや、嫌いじゃないんだけど……“塩漬けのニシン”って聞くと、何か……攻撃力高そうで」


 未来はぷくっと頬を膨らませた。


「そうやって先入観で決めつけるんですか?」


「いや、その……」


「……ダメです」


「へ?」


「先に偏見で一歩引くの。そういうの、ちょっと……寂しいです」


 未来は、ほんの少し、怒っていた。

 怒っているけど、どこか可愛い。


「私、空野さんと“初めての味”を共有したくて……だから今日、これだけは絶対に食べたかったのに」


 その声は叱っているのに、どこか優しい。


 心臓がきゅっとなる。


「……わかった。ちゃんと食べるよ」


「ほんとですか?」


「本当」


 未来は安堵したように胸に手を当て、にこっと笑った。


「じゃあ……いただきましょう。せーのっ」


 二人で同時に、ハーリングを口に運ぶ。


 ……思っていたより、ずっと柔らかい。塩気は穏やかで、玉ねぎの甘さがふわっと広がる。


「……あれ。うまい」


「でしょ!? 私もびっくりしました。私、もっとクセがあると思ってました」」


 未来の目がきらきら輝く。


「なんか……想像と違った。もっと強烈なのかと思ってた」


「ふふっ。ほら、何事も先入観で決めつけちゃダメなんですよ?」


「……はい。すみませんでした」


「いいんです。素直に食べてくれたので、許します」


 未来が満足そうに笑う。


 その笑顔がすぐ横にあって、海風が髪を揺らして……

 その光景が、やけに胸にしみてくる。


 次に、ハーリングのバンサンドを二人でシェアし、ゴーダチーズサンドをかじり合った。


 「これ、チーズすごく濃いのにしつこくないです。」


 「美味しいね。」


 「デザート……行ってもいいですか?」


 「もちろん」


 未来はストロープワッフルを手にして、それを膝の上でそっと半分に割ってシェアした。


「……すごい。キャラメルが柔らかい……!」


 未来は目を輝かせた。


「これ……美味しすぎます……!」


 そして砕いたワッフル入りバニラソフトを口に運ぶ。


「……幸せ……」


 とろけそうな声がこぼれる。


「……幸せって、こういうのを言うんですね」


 未来がぽつりと呟いた。


 あまりに自然で、あまりに優しい声。

 俺は風を見るふりをして、横顔が赤くなるのを隠した。


「新垣さん、次……大屋根リング、行く?」


「はい。行きたいです。でも……混んでるかな?」


 海の風が吹き抜ける。


 食べたニシンの余韻よりも、未来の言葉の方が、ずっと長く胸に残っていた。


 潮の匂いを含んだ風がふっと吹いてきた。

 未来は腕に抱えたピンバッジの袋をそっと撫で、もう片方の手で俺の袖を軽くつまむ。


「……じゃあ、行きましょうか。」


 その声には不思議な明るさと、緊張が少しだけ混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ