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オランダ館 ②

 予約なし入場の時間帯がちょうど終わったのか、オランダ館の前では係員がロープを張り始めていた。


 午前中は誰でも入れる。そんな情報を、未来は当然のように知っていた。


「……やっぱり、午前中は予約なしで普通に入れるんだな」


 俺がつぶやくと、未来は少しだけ肩をすくめて笑った。


「はい。9時から11時まではフリー入場なんです」


 それなのに、未来はわざわざ苦労して予約を取った。


「でも……私、それでも“予約の回”で入りたかったんです」


「どうして?」


 未来は胸元のスタンプ帳をぎゅっと抱き、少し頬を赤くした。


「……その……オランダ館のぬいぐるみ。すごく人気なんですけど……」


 そこで一度、言葉を切る。

 恥ずかしそうに視線を下げ、それから小さく続けた。


「午前中の“予約なし”の時間帯には、店頭に並ばないみたいなんです。早い時間帯の予約枠だけに置かれるって聞いて」


「え、そうなの?」


「はい。だから、どうしても予約を取りたかったんです。」


 未来は胸の前で手を重ね、少しだけ勇気を振り絞るように言った。


「ぬいぐるみというか……そのキャラクターが、好きなんです」


 その言い方は、ひどく丁寧で。

 “好き”という気持ちを大切に包み込んで差し出すような声音だった。


 しかし俺には分かる。


 単に“かわいいから好き”なんじゃない。

 未来の“好き”はもっと深くて、もっと大事な意味を持っている。


「好きって……どういうところが?」


 そう聞くと、未来は少しだけ迷うように笑った。


「うまく説明できないんですけど……。小さい頃から知っていて……見ると安心するというか……」


 未来という人の純粋さを考えると、それはきっと、大切にしまってきた思い出なんだろう。


 予約列でしばらく待った後、俺たちはゆっくりとオランダ館の中へ近づいていった。


「……空野さん」


 未来がふいに振り返った。

 その瞳は、どこかすっきりしていて、今を大切にしようとする光で満ちていた。


「一緒に来てくれて、本当にありがとうございます」


 その言葉は、泣き声でも、強がりでもない。

 未来が“今日という時間”を心から大事にしたいという願いがそのまま声になったものだった。


「さあ……行きましょう。ずっと楽しみにしてたんです、ここ」


 橙と白の旗が揺れ、オランダ館の入り口がゆっくりと俺たちを包み込んでいった。

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