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第4章 オランダ館 ①

 未来が胸に抱きしめるスタンプ帳を見ながら、俺は少しだけ息をついた。


 ……こんな時間が、この先も続けばいいのに。


 ふと、そんなことを思ってしまった自分に驚く。


「……空野さん?」


 未来が顔を上げる。涙の跡はすっかり乾き、さっきの不安が嘘みたいに柔らかい表情だった。


「あ、ごめん。行こうか」


 未来はバッグの中の小さなメモを確認して、嬉しそうに頷いた。


「実は……どうしても行きたかった場所なんです。

 オランダ館ようやく当選したんです。……だから今日、一緒に来れてよかったって」


 言葉の端々から、未来の“今日を大切にしたい”気持ちが伝わってくる。


「オランダ館って、予約無しでも並べる時間帯があるんじゃ無いの?」


「はい。理由があって……。あ、でも行ってからのお楽しみで」


 未来はイタズラっぽく笑った。


 さっきまで涙を流していた人と同じとは思えないほど、柔らかくて、明るい笑みだった。


 郵便局を出ると、外の空気は夏の熱気を帯び、それでもどこか軽やかだった。


「……暑くない?」


「うん、大丈夫です。あ、でも……」


 未来は足をゆっくりと止めた。


「少しだけ、胸が……キュッてする感じがします。でも、よくあることなので」


 無理に笑おうとするその横顔に、説明できない不安が胸をかすめる。


「無理はダメだよ。オランダ館は逃げない」


「大丈夫です。今日は……ちゃんと行きたいので」


 俺はそれ以上強く言えなかった。


 しばらく歩くと、日本とオランダの国旗、そしてコモングラウンドと書かれた橙色と白色の旗が揺れるのが見えた。


「あ……!」


 未来の声は自然に弾んでいた。


「オランダ館です!」


 その笑顔を見た瞬間、俺の胸の中にあった焦りは、ほんの少しだけ和らいだ。


 未来は小さく深呼吸し、胸元のスタンプ帳をそっと押さえた。


「……行きましょう、空野さん」


 その声は、弱くない。


 20年後の手紙を胸にしまった人の――

 今を生きたいと願う人の声だった。

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