Pℓay!郵便局 ②
“俺は、20年後の自分に救われるほど、自分を信じていなかった”
未来が泣き崩れてから数分後。
郵便局員がそっとブースの外へ導くあいだ、俺は黙って後ろに立っていた。
未来の肩が震えるたび、胸の奥がかすかに痛んだ。
―生きたい、と言っていた。
その言葉が頭から離れずにいた。
俺は未来をひとまず近くの椅子に座らせ、未開封のペットボトルの水を手渡すと、郵便局員に促されるようにして同じブースへと入った。
AIカメラの前に立つと、受付の郵便局員が言った。
「20年後の“あなたの夢”を入力してください」
指先を画面に近づけたが、思った以上に手が動かなかった。
未来とは違う理由だ。
俺は、“20年後”という言葉が嫌いだった。
なぜなら、目標も夢も、すべて“誰かの評価”で決まってきたからだ。
村山常務。
職場の先輩たち。
同期のひかり。
お前は優秀だ。期待している。将来の幹部だ。
そんな言葉は散々聞いてきた。
たが、本当の俺を知っている人間は誰もいない。
手を画面に添えた。
20年後の俺。
そこには、何が残っている?
仕事だけか。
責任だけか。
孤独だけか。
胸が冷えた。
だが、その冷たさの底で、かすかに別の感情が揺れた。
未来が泣いたときのあの言葉。
“生きたい”
その声は、俺自身の胸を不意に掴んでいた。
気づけば、指が動いていた。
ゆっくりと、ためらいながら。
《誰かのために笑える俺でいたい》
その「誰か」が誰なのか、書かないままに。
入力が終わると、AIが静かに処理を始める。
数秒後、コトン、と音がする。
青い紙が受け取り口に落ちてきた。
俺はそれを拾い上げた。
そこにあったのは……確かに俺だった。
20年後の俺は、驚くほど柔らかい表情をしていた。
スーツもネクタイもしていない。
海沿いのどこかの街を歩いていた。
未来と同じく、旅をしていたのだ。
胸が不思議な熱に包まれた。
そして、手紙の文字を目で追った。
《20年前の“俺”へ。
まず言う。お前は、思っているよりずっと強い。
そして、思っているよりずっと弱い。
その弱さから逃げるために、仕事に逃げ続けただろう?
仕事。責任。そして高い評価……。
全部揃っているのに、心のどこにも“手に入れた喜び”がない。
それを、俺は知っている。
たが、20年後の俺は、誰かのために笑っている。
ただ仕事をしているだけじゃない。
誰かと一緒に、生きている。
あの頃のお前が願えなかったものを、俺はちゃんと手にしている。
心から愛せる人と、静かに笑える時間もある。
その人が誰か、今は言わない。
ただひとつだけ、確実に言える。
お前は変わる。
そして、生きる価値がある。
20年後の“俺”より。》
読み終える頃には、胸が詰まっていた。
未来のように声を上げて泣くことはなかったが、
紙を握る指がじんわりと熱くなる。
…俺は、誰のために生きたい?
未来の涙がよぎる。
そして、不意にひかりの顔が頭に思い浮かんだ。
……ブースの横を見ると、そこに未来が立っていた。
目元はまだ少し赤い。
けれど、俺を見ると柔らかく笑った。
「……どうでしたか?」
俺は、胸に手紙をしまいながら答えた。
「悪くなかったよ。想像よりもずっと」
未来は少し安心したように笑い、俺の横に並んだ。
その瞬間、心の奥に静かに波が立った。
20年後の俺が隠した“誰か”。
その影が、ほんの少しだけ、未来の姿と重なった。
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