表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/42

Pℓay!郵便局 ②

 “俺は、20年後の自分に救われるほど、自分を信じていなかった”


 未来が泣き崩れてから数分後。

 郵便局員がそっとブースの外へ導くあいだ、俺は黙って後ろに立っていた。


 未来の肩が震えるたび、胸の奥がかすかに痛んだ。


 ―生きたい、と言っていた。


 その言葉が頭から離れずにいた。


 俺は未来をひとまず近くの椅子に座らせ、未開封のペットボトルの水を手渡すと、郵便局員に促されるようにして同じブースへと入った。


 AIカメラの前に立つと、受付の郵便局員が言った。


「20年後の“あなたの夢”を入力してください」


 指先を画面に近づけたが、思った以上に手が動かなかった。


 未来とは違う理由だ。


 俺は、“20年後”という言葉が嫌いだった。


 なぜなら、目標も夢も、すべて“誰かの評価”で決まってきたからだ。


 村山(むらやま)常務。

 職場の先輩たち。

 同期のひかり。


 お前は優秀だ。期待している。将来の幹部だ。

 そんな言葉は散々聞いてきた。


 たが、本当の俺を知っている人間は誰もいない。


 手を画面に添えた。


 20年後の俺。


 そこには、何が残っている?


 仕事だけか。

 責任だけか。

 孤独だけか。


 胸が冷えた。


 だが、その冷たさの底で、かすかに別の感情が揺れた。


 未来が泣いたときのあの言葉。


 “生きたい”


 その声は、俺自身の胸を不意に掴んでいた。


 気づけば、指が動いていた。


 ゆっくりと、ためらいながら。


 《誰かのために笑える俺でいたい》


 その「誰か」が誰なのか、書かないままに。


 入力が終わると、AIが静かに処理を始める。


 数秒後、コトン、と音がする。


 青い紙が受け取り口に落ちてきた。

 俺はそれを拾い上げた。


 そこにあったのは……確かに俺だった。


 20年後の俺は、驚くほど柔らかい表情をしていた。

 スーツもネクタイもしていない。

 海沿いのどこかの街を歩いていた。


 未来と同じく、旅をしていたのだ。


 胸が不思議な熱に包まれた。


 そして、手紙の文字を目で追った。


 《20年前の“俺”へ。


 まず言う。お前は、思っているよりずっと強い。


 そして、思っているよりずっと弱い。


 その弱さから逃げるために、仕事に逃げ続けただろう?


 仕事。責任。そして高い評価……。


 全部揃っているのに、心のどこにも“手に入れた喜び”がない。


 それを、俺は知っている。


 たが、20年後の俺は、誰かのために笑っている。


 ただ仕事をしているだけじゃない。


 誰かと一緒に、生きている。


 あの頃のお前が願えなかったものを、俺はちゃんと手にしている。


 心から愛せる人と、静かに笑える時間もある。


 その人が誰か、今は言わない。


 ただひとつだけ、確実に言える。


 お前は変わる。


 そして、生きる価値がある。


 20年後の“俺”より。》


 読み終える頃には、胸が詰まっていた。


 未来のように声を上げて泣くことはなかったが、

 紙を握る指がじんわりと熱くなる。


 …俺は、誰のために生きたい?


 未来の涙がよぎる。

 そして、不意にひかりの顔が頭に思い浮かんだ。


 ……ブースの横を見ると、そこに未来が立っていた。


 目元はまだ少し赤い。

 けれど、俺を見ると柔らかく笑った。


「……どうでしたか?」


 俺は、胸に手紙をしまいながら答えた。


「悪くなかったよ。想像よりもずっと」


 未来は少し安心したように笑い、俺の横に並んだ。


 その瞬間、心の奥に静かに波が立った。


 20年後の俺が隠した“誰か”。


 その影が、ほんの少しだけ、未来の姿と重なった。

「Pℓay!未来からの手紙」は1回500円で体験できました。当日、EXPO2025 WEST郵便局に行き、希望の時間帯を選んで申し込みますが、1日約100人の申込枠は連日完売する大変な人気ぶりでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ