無課金勇者が来た! 「この召喚は無かったことに」
初の男性主人公に挑戦です!
ほんわか癒し系の物語ではございませんので、貧乏幼女のような作品がお好きな方にはおすすめしません。
これでもかというほど豪華な装飾が施された、金と紅の玉座。
そこに座るこの国の王、フェリクス=ド=パイラスの表情は、焦燥に満ちていた。
___古の魔王が復活してからというもの、魔物の脅威は日増しに拡大している。
瘴気を糧にした魔物たちは畑を荒らし、村を襲い、ついには王都の門前にまで迫っていた。
国内には八つの騎士団が存在するが、そのうち六部隊は、既に各地の防衛に向けて派遣済み。
残された二部隊で、この王都を守り切れるのか……。
(……無理だ。私がもっと早く手を打っていれば……!)
自責の念を押し殺し、王は決断した。
先代の王より密かに受け継がれた、禁術に手を伸ばすことを。
【勇者召喚の儀】
それは、異世界から、魔王を討ち滅ぼす力を持つ【勇者】を召喚するという、禁断の魔法だ。
召喚の準備を任されたのは、王国随一の魔術師・レナード。
幾重にも重ねた術式が王城の大広間を満たし、空気は重々しい魔力の気配で満たされる。
「……はぁ、はぁ……成功しました……」
息も絶え絶えにそう呟くと、レナードはそのまま床に倒れ込んだ。
同時に、召喚陣の中心に、一人の少年が姿を現す。
「えっ……ここ、どこっすか?」
周囲をキョロキョロと見渡すその少年は、見るからに貧相な格好だった。
色あせたペラペラのシャツ、裾のほつれた半ズボン。手ぶらで、武器どころか靴さえ怪しい。
とても魔王を倒す伝説の勇者とは思えない。
「……あれが、勇者?」
王は、我が目を疑った。
禁術が記された古文書には、異世界より選ばれし者が現れると明記されていた。
その文言から、王は当然、全身を黄金の鎧に包んだ屈強な戦士が現れると期待していた。
だが現れたのは、見るからに一般人__いや、ひょろっとした、どこにでもいそうな坊主頭の少年である。
「君、名を名乗りなさい」
宰相が、慎重に言葉を選びながら声をかけた。
「え? ああ、すみません。えっと……俺、家でゲームしてたはずなんすけど……?」
完全に混乱している様子だった。無理もない。
異世界に召喚されたばかりで、周囲の状況を把握しようと必死なのだろう。
(……だが、それにしても普通すぎる)
王は、少年の姿を改めて観察した。
武器も防具もなく、オーラも戦意も皆無。これでは、城下町の通行人と大差ない。
(……この少年が、本当に魔王を打ち滅ぼすというのか?)
一抹どころか、絶望的な不安が王の胸を満たしていく。
「勇者殿。召喚に応じてくださり、感謝する。……あなたは、【勇者】で相違ないか?」
王が問いかけると、少年はきょとんとした顔で返した。
「……勇者? あー、それゲームの話っすか? いや、俺、勇者じゃないっす。ただの村人っす」
「む、村人だとぉ!?」
宰相が素っ頓狂な声をあげた。
「……では、魔法は? 魔法は使えるのであろうな……?」
王が冷や汗を垂らしつつ問うと、少年はあっさり答えた。
「いえ、村人は魔法使えないっす」
王は、頭を抱えた。
人知れず口元を引きつらせながら、宰相へ視線を送る。
「宰相よ……この召喚、無かったことにできないだろうか……」
宰相は答えず、ただ気絶したままのレナードを見つめていた。
◆◇◆◇◆
勇者召喚の儀から一週間後。
「今日から第八騎士団に所属してもらう。名は?」
鍛え上げられた体に無駄のない動き。鋭い眼光を向けてくるのは、第八騎士団長・マイロン。
平民出身ながら、その実力で団長にまで上り詰めた叩き上げの騎士だ。
「あっ、えーと……玉川淳太郎っす。よろしくお願いしまっす!」
「勇者だろうが村人だろうが関係ない。ここでは規律が全てだ。しっかり鍛錬に励め」
「了解っす!」
返事は元気だが、足元はフラフラ。与えた甲冑は身に着けず、服装はボロ着のまま、武器もナシ。
それでも本人はまるで気にしていない様子で、辺りを物珍しげに見回している。
(……この坊主、本当にただの一般人では?)
マイロンは、呆れとも警戒とも取れる視線を少年に向けた。
「なあ、坊主。ひとつ聞かせろ」
「はいっす。なんすか?」
「お前は勇者召喚の儀でこの地に来たそうだな。ただお前は、自分は【村人】だと言う。そこで問いたい。何故お前は、ただの村人にも関わらず、勇者として召喚されたと考える?」
「あー、それっすか。実は、俺んとこのゲームでは、最初の職業が村人なんすよ。で、だいたいのプレイヤーは、すぐ勇者とか魔法使いとかに転職するんすけど……」
「転職だと……?ではいつか、お前も勇者になれるというのか?」
「なれます。……けど、俺は転職しないっす。あえて村人のままで縛ってプレイしてるんで」
「縛って、だと……?」
「うっす。【縛りプレイ】っすよ。転職禁止、装備更新禁止、課金禁止の三重縛りでやってたんす」
「なぜそんな縛りを……?」
「ゲームって、簡単すぎるとすぐ飽きちゃうじゃないすか? だから自分で難易度上げて、長く楽しめるようにしてたんすよね。通の遊び方っす」
「…………」
マイロンは言葉を失った。
この少年が、何を言っているのかはさっぱりわからない。しかし、この者はただの素人ではない。
自分で制約を課し、それを楽しめる胆力を持つ者は、成長の見込みがある。
実力はさておき、精神面だけは確かに一級品だ。
マイロンは、正しく少年の実力を評価した。
その時。
「報告! 西の草原にて魔物の大軍出現! スタンピードです!」
「なにっ!?」
騎士が駆け込んできた直後、訓練場に緊張が走る。
マイロンは即座に指揮を取り、部隊を草原へと向かわせた。
「ゴブリンが……数百体……!?」
しかし、草原に到着するや否や、絶望的な景色に絶句するマイロン。
見渡す限り、緑の皮膚を持つ小鬼の群れが草原を埋め尽くしていたのだ。
「おおっ、きたきた! これはたぶん、戦闘のチュートリアルっすね!」
「坊主! 待て、まだ訓練もっ……!」
「ちょっくら行ってきます!」
言うが早いか、少年は草原へ飛び出していった。
彼が手にしていた武器は、そこらに落ちていたただの木の棒。魔物の大群に勝てるはずがない。
その場に居た全員がそう思った。……にもかかわらず。
「な……なんだ、あの動きは……」
少年は、ゴブリンの攻撃を紙一重で避けると、回転しながら背後に回り込み、棒で急所を一突き。
次の瞬間、ゴブリンは呻き声をあげて倒れ込んだ。
「フェイント混じりの二段ステップからの不意打ち……!? まるで戦場を知っているかのような……!」
「いや、まさか。あの坊主が……」
騎士たちは息を呑んだ。
彼の動きは、熟練の戦士ですら目を奪われるほど鮮やかで、かつ正確だった。
「あの方は……真の勇者だ」
誰かがそう呟いた。
◆◇◆◇◆
勇者召喚の儀直後。
「……レナードよ、目は覚めたか」
「はっ、王! 失礼しました。魔力の使いすぎで少し意識を……」
「よい。しかし、至急確認したいことがある。あの少年__あの召喚した者だが……あれは勇者ではなかったのだ。召喚を取り消せるか?」
「……申し訳ありません。召喚そのものを無かったことにはできません」
うなだれるレナード。
しかし王も馬鹿ではない。召喚を無かったことにできないのは、薄々分かっていた。
「では、新たな勇者を召喚することはできるか?」
「可能です。ただし条件が一つ」
「条件?」
「最初に召喚した者が、魔物を百体倒し、世界の役に立ったと認定された上で、元の世界に帰還すること。それが成されれば、新たな召喚が許されます」
「……百体、か。できるのか、あの村人に……」
王は、草原の彼方を見つめた。
「騎士団に任せてみるか」
自身では剣を持ったことがなかった王は、少年の育成を第八騎士団に丸投げした。しかし、これが功を奏し、少年は勇者召喚の儀からわずか一週間で魔物百体の討伐を達成したのだった。
この報告に歓喜し、ただちに少年を呼び出した王は知らない。
王が丸投げした騎士団での育成は、実は今日始まったばかりということを。
そして、彼が魔物討伐に要した時間は、一週間ではなく、たったの一時間だったということを。
「少年よ。決まった。貴殿を元の世界へ帰す」
「えっ、もうっすか? わりとこの世界、気に入ってたんすけどね」
少年を召喚したことに、少なくない罪悪感を感じていた王は、少年のあっけらかんとした態度に救われた部分があった。
「礼として、好きなものを持たせよう。物でも爵位でも、望むものを言うがいい」
「じゃあ……宝石がいいっす。できるだけ小粒のやつを、たくさん!」
「宝石か。でも何故小粒を……?大粒の宝石の方が価値が高いぞ?」
「うっす。持ち帰ったらすぐに売って、新作ゲーム買いたいんで。大粒だと査定とかに時間かかりそうじゃないっすか? それじゃ発売に間に合わないっす」
「……なるほど」
最後までゲームの話ばかりしていた少年。たとえ彼が聖剣を携えていたとしても、この国を守る勇者としては不足があったのかもしれない。
「次は、ガチ装備の重課金勇者が来るといいっすね。俺は無課金縛りだったんで」
「……さらっと言うな。なんなんだ君は……」
光に包まれながら、異世界に戻っていく。少年の最後の言葉を聞いて、王はそう思った。
◆◇◆◇◆
あれから数日が経過した。
魔物の侵略は、衰えるどころか、その威力を増している。
「レナード、準備は整ったか?」
「はい。魔力の回復に数日要しましたが……今度こそ、完璧です!」
大広間に再び刻まれる召喚陣。
追い詰められた、王、宰相、レナードの三人は、今度こそ本物の【勇者】が現れることを祈りながら見守っていた。
魔法陣が輝き、風が巻き起こる。
「……今度こそ……!」
光の中から現れたのは___。
金色に輝くフルアーマー。
背には聖剣。
見るからにそれっぽい。まさに、王が想像していた【勇者】そのもの。
「おおおっ、これぞ真の勇者! ありがとうございます勇者殿! どうかこの国をお救いくださ……」
「う、うわああああああああっ!! なにこれ!? どこ!? 誰!? お母さあああんっ!!」
「……え?」
勇者は、叫びながらその場にへたり込み、涙目で震えていた。
その場に居た誰もが、「あ、ダメだこいつ」と悟った。
「この召喚……無かったことにできぬか……?」
「できません!!」
王が頭を抱える横で、レナードが断言する。
「前の坊主……いえ、淳太郎殿のときと同様です。一度召喚した者は、百体の魔物を討伐し、世界に貢献してからでないと、帰還も新たな召喚もできません」
「……まさか、また百体か……」
「しかし、今回の勇者殿は、装備は最高峰だ。前回の少年が一週間で百体討伐したことを考えると、さほど時間はかからんだろう」
そんな王達の会話が聞こえた新勇者は、恐ろしさに身体を震わせ、歯をガチガチ鳴らしながら訴えた。
「ひっ。魔物を討伐だって!? それも百体も? ムリムリ! 僕、まだ魔物と戦ったことなんてないのに!」
「しかし、その装備は? ダンジョンボスを倒して手に入れたのではないのか?」
「装備? これは課金アイテムさ! フルアーマーが一万円で、聖剣が三万円。僕自身はまだ剣すら握ったことないよ」
「つっ、詰んでおる……!」
王は天を仰いだ。
『次は、ガチ装備の重課金勇者が来るといいっすね』
まさか、こうなることを予想していたのだろうか……?どこかであの少年が笑っている気がした。
その後、あのへっぴり腰の重課金勇者は、訓練を受けながら、少しずつ少しずつ、魔物を討伐していった。
最初はスライムに怯えて逃げ出し、洞窟の蜘蛛に泣かされ数日自室に引きこもる等、勇者どころか一般兵にも劣る実力だったが、仲間の騎士に守られながら何とか経験を積み重ねた。
そして五年後。ようやく百体の魔物を倒し、重課金勇者は元の世界へ帰還した。
王は、彼の帰還に盛大な送別式を開き……心の底から、安堵した。
◆◇◆◇◆
「なんだって、こちらの都合で召喚した少年、いや淳太郎殿を故郷に返し、代わりに別の勇者を召喚しただって!?」
その報告を耳にした時、マイロン第八騎士団長は、目の前が真っ暗になった。
スタンピードが起こった際の、あの淳太郎の身のこなし。あれは、正しく勇者にのみなせる力だった。
この方が居れば、きっと王国は救われる。そう安堵したのも束の間、何を血迷ったか、王は淳太郎殿を異世界に返してしまった。
そしてその代わりにやって勇者というのが、装備が良いだけの全くの素人で。
この国は滅んでしまうのだろうか。
マイロンは、目の前が真っ暗になった。
しかし彼は諦めなかった。
五年前に一度遠くから見ただけの、【無課金勇者】、いや無課金村人・玉川淳太郎の戦術を、自らの体に叩き込み、鍛えに鍛え抜いたのだ。
フェイント、奇襲、位置取り、包囲回避、心理誘導。
ただの物理戦闘ではない、ゲーム的戦術の応用。
それを正しく習得した彼が率いる第八騎士団は、少数ながら圧倒的な効率で戦果を上げるようになった。
そしてついにマイロンは、仲間とともに魔王を討ち果たしたのだった。
◆◇◆◇◆
マイロンの活躍で魔王が滅び、それに伴い魔物が消滅。王国に平和が戻ったある日のこと。
王と宰相、魔術師レナードの三人は、密かに王宮の一室に集まっていた。
「……結局、真の勇者は、我が国の騎士だったな」
「はい、召喚された勇者は、完全に足手まといでしたな」
「あぁ、結果としてあの禁術が、自身の首をしめる形となった」
「ええ。やはり、異世界の者に頼るのではなく、自国の民を鍛え上げ、万全の対策を打つこと。これが国を平和に保つためには一番なのでしょう」
「そうだな。禁術に手を出した余が間違っておった」
「王……」
「もう、禁術は次代には継がせない。これが国のためだ」
「……同感です」
三人は頷き合い、手に持った古文書に魔法をかける。
文字が音もなく消えていく。
「__この禁術は、封印する。もう二度と、【勇者召喚】などという愚行は繰り返してはならぬ」
「……では」
「はい」
「「「この召喚は、無かったことに」」」
最後までご覧いただきありがとうございました!
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