~報瀬編~ 操縦
長野県 更科平ホテル
水瀬と別れて宿泊先のホテルに戻った野嶋は、今日こそ娘の報瀬に電話をしなければと思っていた。しかし、時計を見るとすでに深夜の2時を過ぎていた。
「二人とも、気が強いからな」
野嶋は報瀬と速水がどうしているのかずっと気にはなっていたのだが、今更電話したからと言ってどうにかなるものではないと、成り行きに任せようと思った。
明日は長野から山梨へ向かい、新しい研究所の予定地で設計の最終確認を行うことになっていた。
野嶋は軽くシャワーを浴びると、ベッドに入った。
「それにしても・・・、すごい勢いで話が進んでいるな」
8月に初めて水瀬と会った時には、まさかこんなことになろうとは全く予想もできなかった。
野嶋は少し酔いの冷めた頭で、当時のことを思い出していた。
学会が行われているホテルで水瀬に声をかけられた野嶋は、ホテルのコーヒーラウンジへ連れて行かれた。
案内されたテーブルにつき、コーヒーが運ばれてきたところで水瀬が話を始めた。
「現段階では、詳細をお話しすることができませんので、大変恐縮なのですが」
水瀬はいかにももどかしそうな表情を向けた。
「軍で『あるもの』を造っているのですが、その途中で大きな壁に当たってしまいました。なんとか乗り越えられないかとあれこれ論文などを当たってはいたのですが、なかなかこれといったものには出会えませんでした。途方に暮れた中、今回の学会発表のアブストラクトを見て、やっと長いトンネルを抜けられるような気がしました。ぜひとも、先生の技術を使わせていただけないでしょうか」
おそらくこれは軍の機密事項なので、詳しいことが言えない事は野嶋も理解した。しかし、あまりに具体性に欠け、どう返したらいいのかわからなかった。
そんな野嶋の表情を見て、水瀬はしっかりとした具体的な話をしなくては失礼だと感じた。
『この技術がなければ、おそらく完成する事はないだろう』
水瀬は少し考えたのち、決断するように野嶋を見た。
「先生のご都合の良い時に、我々の研究を見にきていただけませんか」
軍の機密を部外者に見せるということの重大さがどれほどのものなのか、野嶋は少し恐ろしく感じたが、そうまでする水瀬の行動には、やはりしっかりと応えるべきだろうと思った。
「分かりました」
数日後、野嶋は長野県にある軍の研究施設に来ていた。
厳重ないくつものチェックゲートを通り案内された場所は巨大な格納庫だった。
最後の扉が開く。
「あれが研究途中のバイオマシンです」
水瀬が見る先には、巨大な人型のロボットのようなものが立った状態でハンガーに固定されていた。その胸部は大きく開き、中には座席が見えた。
野嶋はその迫力に驚きながら、使用目的を考えた。
「人型兵器という事ですか?」
思いついたことを素直にぶつけた。
「武器を持てばそうですが、クワを持てば農作業だって出来ます」
水瀬は笑って応えた。
「動くのですか?」
野嶋は10メートルを軽く超えるこの巨体が、人のように動けるとは思えなかった。
「動きます。これが我々の技術です。生体組織の培養、そして無機物と有機物とのシームレス結合」
癌化問題のために頓挫していた再生医療の技術が、こんなところで生かされていたのかと野嶋は驚きを隠せなかった。
「もっとも、まだよちよち歩きなんですが」
水瀬はまた笑った。
「あの胸のところが操縦席になるのですが、制御系がまだ貧弱なんです」
そこで自分に繋がるわけだと、野嶋はやっと最終的な答えに辿り着いた。
「もう、ご理解していただけたと思いますが、ぜひともご協力を願いたい」
水瀬は頭を下げた。
すぐに野嶋がそれを制した。
「分かりました。協力させていただきます」
ここは進むしかない。このチャンスを逃したらいけないと、野嶋は決断した。
水瀬も野嶋もお互いの技術の凄さを理解していた。そして、その互いの技術が合わされば、一つの大きな研究成果が残せるということも。
「問題は操縦ですね」
野嶋は確認するように聞いた。
「そうです。操縦ではダメなんです」
水瀬は念を押すように言った。
あの時見た機体は、水瀬君にとってただ上層部を納得させるためのものだ。すでに次のものを考えている。それに遅れを取らないように自分の研究を進めなくてはいけない。
野嶋はいつしか眠りについていた。
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初めての実戦〜僕は逃げなかった




