回収
2084年10月 九州阿蘇地区
「目標確認、降下します」
VTOL大型輸送機のコクピット後部に放射線防護服を着て座っている速水香織は、その言葉に即座に反応し横の小窓から外を見た。
輸送機はちょうど右に旋回したところで、地表の様子がはっきりと見られるようになり、すぐに2、3メートルほどあるいくつもの岩の間に少し埋もれるように横たわるNCBMの姿が速水の目に入った。
シャフトを閉じるために使用した核の爆発のために、装甲の一部は焼け落ちていたが、その形はしっかりと残っていた。
「何とか耐えたようだな」
地表のNCBMに集中していた速水は急な言葉にびっくりして振り返った。
「あ、先輩」
速水と同じ防護服を着た篠原大輔が、速水の座るシートバックに手をかけながら小窓を覗き込んでいた。
「乗っていらしたんですね。本部から指示されると思っていましたのに、大佐になられたのに現場作業ですか?」
速水は防護服越しでも伝わるように少し声を大きくして言った。
「どこも人手不足でね。それに本部はあまり居心地がよくない」
確かに、大学の研究室時代の篠原を思い返すと、本部の居心地がよくないというのも納得出来るなと速水は思った。
輸送機は水平を維持し、小窓からは上を向いたローターが見えた。
軽いショックとともに輸送機は着地した。
「放射能濃度測定中。しばらくお待ちください」
コクピットからの声を聞き、速水は防護服の最終チェックを行った。
「いくら極短半減期の核を使ったとはいえ、使用直後では危険レベルだろうな」
篠原は記録のためか、タブレット端末を操作していた。
「レベル5、フィルターの作動限界20分です。ゲート開けます」
「コクピット分離と引き上げのワイヤリングは並行して行う。10分でやるぞ」
「了解」
篠原の声に反応して、後部の格納庫から作業員たちの声が響いた。
速水はやや緊張した面持ちで立ち上がると、足下に置いてあった抱えるほどの大きさのコンテナのベルトを肩にかけた。持ち上げようとするとその重さでベルトが肩に食い込んだ。しかし、すぐに肩の重みがなくなる。
「持とう」
篠原が苦にならない様子で、コンテナを持ち上げていた。
「あ、ありがとうございます」
輸送機の外に出ると、今の季節には合わないような暑さを感じた。まだ爆発時の熱量が残っているのだろう。
爆風で飛ばされた大きな岩が散乱していたが、阿蘇の火山地区ということを考えると特別珍しい光景ではなかった。しかし、それが防護服のバイザー越しの景色だと思うと危険な場所にいるということを再認識するのだった。
少し先にNCBMが見えた。
大きな岩の間に横たわる焦げたNCBMは、存在感を示しつつも少し寂しげに感じた。
「ここでいいか」
「はい。ありがとうございます」
「必要なことがあれば、声をかけてくれ」
「はい」
篠原は速水のコンテナをNCBMのコクピット近くにおくと、輸送機から搬出用の機器を降ろす作業員たちに向かって指示を出す。
「バッテリーの接続終了とともにコクピットの分離を行う。作業前にコクピットのロックを確認しろ!間違っても開くなよ」
閉じられたコクピットの周りにクレーンなど大型の重機が集まってきた。
「機体側のハッチは壊してもかまわん。コクピット側は傷つけるな」
作業員たちの声を聞きながら、速水はコクピットのハッチにある通信用の小さなパネルの蓋を開いた。蓋は少し歪み完全に開くことができなかったので、無理矢理こじ開けなくてはいけなかった。次にコンテナからノートパソコンを取り出すと、通信用のケーブルをパネルにつなぎパソコンを起動させた。いくつかキーボードを叩き、モニターに集中する。
「非常用電源に切り替わり、セーフティモードになっている。還流量50%」
速水はあわてて持ってきたコンテナを大きく開くと、コンテナ内で大部分を占める非常用電源ボックスにつながるケーブルを引き出し、コクピットのパネルにつなげた。
「どれだけ残っているか」
モニターの表示が『外部電源』に切り替わり、還流量を示す数字が100になった。
「どうだ?」
背後で篠原の声がした。
「あと、バッテリーの固定だけです」
「ここだな」
篠原は理解した様子で、電源のつながれたパネルの下にあるやや大きめのハッチを無理矢理開けると、現れた穴にコンテナから取り出したバッテリーを差し込んだ。
「固定は自動でやってくれます」
速水の言葉に、篠原はバッテリーを揺らし固定されていることを確認した。
「どうやら、シャフトの封鎖時にサポートしていたパイロットが、撤退のときにこのコクピットを開けたようだ」
速水は篠原を見たが、予期せぬ言葉に何も言えなかった。
「まぁ、方針はなにも変わらんがな。脱出後死亡」
「あ、はい」
パイロットが軍内部に留まれば、それ以上は漏れることはないだろう。速水は少しほっとした。
「クレーンあげます。さがってください!」
作業員の言葉に振り返ると、陽はすでに傾きかけていた。
これから戻って...、徹夜になるかな。速水はパソコンだけで軽くなったコンテナを肩にかけ、夕日をみながらそんなことを考えていた。