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九州防衛

 

2084年10月 九州阿蘇地区上空

 50機ほどのVTOL型大型輸送機が、青く深く澄んだ雲ひとつない秋晴れの空をゆっくりと飛んでいた。

 輸送機のずんぐりとした胴体の中にはそれぞれ10機の巨大なヒト型兵器、バイオマシン(BM-002)が収納されている。

 「目標到達まで5分。最終チェックを」

 BM-002のコクピットに座る田沼は、座席前のモニターに次々と表示される数字をチェックしていた。

 「それにしても、あの新しい機体を乗りこなすやつがいたなんて驚きだな」

 1番機に乗る田沼は無線が小隊内回線になっていることを確認すると話しをはじめた。

 「テスト機に乗ったときは、立ってるだけで1歩も踏み出せなかった」

 「立つのはオートですもんね」

 3番機の大下が言う。

 「結局うちの隊では、誰一人動かすことができなかったですね」

 2番機の川島だ。

 「うちの隊以外でもみんな無理で。で、急遽これに落ち着いた」

 4番機の山下がモニターを指で叩きながら言った。

 「001から002になって、大幅に処理能力がアップしたってことですけど、それにあわせて冷却系の強化とかで不細工な機体になったものです」

 5番機の大友が索敵用のレーダーのチェックをしながら言った。

 ケルベロスの俊敏な動きに合わすために機体の能力を上げようとするとCPUに大きな負担がかかる。その負担を少なくするためにCPUの能力を上げると今度は冷却が追いつかなくなり、冷却系の強化が必要になる。そんなわけで、BM-002の機体の腹部は大きく膨れ上がってしまっていた。その外観から、パイロットの中には002を『メタボ』と呼ぶやつもいた。

 見かけが悪くても、ちゃんと動いてくれればいいのだが。

 田沼はこの機体に不安を持っていた。001のように突然のシステムエラーで不動になることはなくなったとのことだったが、それは稼働限界10分という注意書きが付いたにすぎなかった。10分を過ぎれば熱暴走でどうなるかわからない。

 「目標地点到達。田沼小隊はNCBM射出後、10秒で発進。さらに10秒後、他部隊全機発進する」

 「田沼小隊、了解」

 「ゲートオープン、ロック解除」

 田沼小隊の乗る大型輸送機の左サイドの5つのゲートが徐々に開き始めた。

 逆の右サイドは中央の一つのゲートが開く。そのゲート奥には新機体であるNCBMニューロコントロールバイオマシンが両腕でライフルを持ちながら発進に備えていた。

 田沼小隊は初陣となるNCBMのサポートを任されていた。

 まさに今、同じ輸送機に乗り合わせていることから、田沼はNCBMのパイロットに一言声をかけたかったが、システム上動作に不都合が生じるとのことで、通信管制が行われており叶わなかった。

 『あんな機体を操縦するなんて、いったいどんなやつが乗っているのだ』

 田沼は搭乗前に機体格納庫で見たNCBMのスリムな姿を思い浮かべながら不可解な気持ちを消すことができなかった。

 「NCBM射出!」

 オペレーターの無線が入った。

 「続けて田沼小隊! 5、4、3、2、1、射出!」

 輸送機から押し出された田沼の機体は、すぐに両腕両足を開き人がスカイダイビングをするのと同じ姿勢をとった。時折バーニアが開きバランスをとる。着地まではすべてオートでやってくれる。

 全周囲モニターの正面で、先に射出されたNCBMの機体がブルーの円形のマークと機体名で表示されていた。田沼小隊はこれに追尾してシャフト破壊のサポートを行うことになる。

 地面が近づくにつれ、地上に徘徊するケルベロスの姿がはっきりと確認できるようになった。そろそろ着地の体制に切り替わるはずだ。


 九州阿蘇地区にシャフトが出現したのがちょうど1ヶ月前だった。『魔のクリスマス』と言われる昨年12月のオーストラリアでのほぼ全部隊が壊滅するという事態から、立ち直るにはあまりにも時間が足らなかった。


 地面の接近を知らせるアラームが連続音となった瞬間、002の背中の着地用スラスターが最大噴射を始めた。

 『それにしても遅すぎた』

 着地と同時に背中の着地用スラスターが機体から離れた。

 『もう少し早く関門トンネルを破壊しておけば』

 田沼は先をいくNCBMの機体を正面に捉え、左右の操縦レバーを前に倒すとフットペダルを思いっきり踏み込んだ。

 「後続部隊、すべて着地完了。周囲のケルベロス、こちらに気付きました。向かって来ます。数25」

 索敵機器を積んだ5番機の大友から情報が入った。

 「さらにシャフトよりケルベロス出現、数50」

 「3、4番機は5番機をサポートしつつ周囲の25を撃破せよ。それより外周の敵は後続部隊に任せる」」

 「作動限界、カウントダウン開始」

 田沼は全周囲モニターに映し出されるケルベロスを確認した。シャフトから出現したケルベロスは、先を行くNCBMに集まりつつある。機動性がアップしたNCBMであってもさすがに1機で50を相手にすることは自殺行為である。

 「大下、遅れるな」

 田沼はもう一度フットペダルを踏み込んで大きくジャンプした。これでNCBMの周囲に集まるケルベロスをライフルの射程に入れることができる。

 「右から行く。大下は左だ」

 田沼は2番機の大下に指示を出し。着地と同時にライフルを構えた。

 ロック。

 田村が操作レバーのトリガーを引こうとした瞬間、ロックが解除された。それどころか、モニターに表示されていたケルベロスのマークが次々と消失してゆく。

 「どーなっているんだ」

 田沼は、ケルベロスの集団の奥でジャンプしたNCBMを見て、ようやく事態を把握できた。

 「小隊長。あれは...」

 2番機の大下も気付いたようだった。

 そこには襲いかかるケルベロスを次々に撃破、霧散させていくNCBMがあった。

 「なんだ、あの動きは」

 今まで見たことのない光景に、田沼は002の操作を忘れてただNCBMの動きに見入っていた。

 瓦礫の不安定な地面を駆けながらケルベロスを捉えたNCBMはライフルを発射する。瞬時に右にジャンプし次のケルベロスを撃つ。そのまま後方に体の向きを変えるように小さくジャンプし、すぐさま2匹を狩る。

 決してケルベロスの動きが悪い訳ではない。それ以上にNCBMの動きに無駄がなかった。

 田沼の全周囲モニターから、ケルベロスを示す赤いマークが凄まじいスピードで減っていく。

 大きくジャンプしたケルベロスがNCBMの真後ろから襲いかかった。

 全周囲モニターはその名の通り、周りの空間の全てをスクリーンに映すが、シートに座っている以上、パイロットの後部は死角になりやすい。

 「あの位置はまずい」

 我に返った田村は反射的にライフルの照準を向ける。しかし、ケルベロスの動きが速く、照準がロックされない。それでも、田村はトリガーを引いた。

 田村のライフルから吐き出された炸裂弾がケルベロスの遥か後方を流れていく。

 「逃げろ」 

 通信管制され届くはずもないのに田村は叫んでいた。

 しかし、NCBMは2匹のケルベロスの動きがわかっていたかのように、軽く後方にジャンプしケルベロスをやり過ごすと、今までの途切れのない動きの延長のようにライフルを撃ち2匹を霧散させた。

 NCBMの動きは止まらない。そのまま次の目標へと軽くジャンプすると右手に持っていたライフルを捨てた。弾薬が切れたのだ。すぐさま腰に固定された片刃の刀剣を右手で持つと、着地と同時にケルベロスの頚を切り捨てた。振り下ろした刀を手首をひねり後方へふると、背後から迫っていたケルベロスの頭部に突き刺す。さらに2匹のケルベロスが鋭い爪を振りかざしながら迫ると、それを滑るように避け、1匹は頭部を、もう1匹は腹部を一瞬で切り捨てた。

 「ケルベロスを狩っている」

 まるでNCBMがその動きを楽しんでいるように思えた田沼は、この先の希望とともに背筋には冷たいものを感じた。

 NCBMは全く動きを止めず、左右に短くジャンプを繰り返すと、最後の1匹の頚を切り落とした。

 「シャフト周辺のケルベロスの進行は完全に阻止。作戦フェイズ2に移行」

 5番機の大友から無線が入る。

 「シャフトへの貫通弾、300よりカウントダウン開始。退去命令! 極短半減期の核が一機含まれます」

 「全員、機体は大丈夫か?」

 「問題ありません」

 全員の返事は同じだったが、すでに作動限界のタイマーはゼロを示していた。

 「一番近い退避カプセル、シャフトより5時の方向、500メートル」

 あらかじめ投下されたカプセルには、BMが8機収納出来るスペースがある。小隊5機とNCBMの退避には十分だった。

 「全員急げ! この距離で爆風に巻き込まれたら、装甲が保たんぞ」

 田沼は全周囲モニターにマークされたカプセルを確認すると、背中のバーニアを使いその方向に向かって002を大きくジャンプさせた。

 「NCBMがついてきません」

 先にカプセルに到着した5番機からだった。

 「作動限界を超えたか」

 田沼はすぐに002の向きを変え、今来た方向へと大きくジャンプした。

 「各機、カプセル内で待機」

 「自分も向かいます」

 まだカプセルに向かう途中の2番機の大下からだった。

 「すでに機体は作動限界を超えている。NCBMのパイロットを回収するだけだ。1機で問題ない」

 田沼は2度目のジャンプをした。すると、シャフト近くで横たわっているNCBMが確認出来た。

 「無理もない。いくら新型とはいえ、あれだけ激しく動いていたんだ。機体への負荷は相当なものだったろう」

 田沼は002をNCBMの近くで膝間づかせると、コクピットのハッチを開きさらに地面に飛び降りることができる距離まで機体の姿勢を下げた。

 全く動こうとしないNCBMのコクピットは閉じたままだった。

 「トラブルでハッチも開かないのか。今出してやる」

 地面に降り立た田沼はNCBMのコクピットのハッチに取り付くと、端末に緊急用共通コードを入力した。そして、外部ロック解除レバーを引く。

 ゆっくりとコクピットを覆う装甲がせり上がり、すぐにコクピットのハッチが開いた。

 「大丈夫か」

 田沼はNCBMのコクピットを覗き込みながら言った。 

 「... 」

 コクピット内には、いるはずのパイロットがいなかった。

 「外に出たのか?」

 田沼はハッチの横に立ち上がり周囲を見渡したが、脱出したような形跡は何も確認出来なかった。

 「田沼隊長、もう時間がありません。戻ってください」

 2番機の大下からだった。

 田沼はもう一度NCBMのコクピット内に誰もいないことを確認すると、すぐに002のコクピットによじ登った。

 シートに座るとハッチを閉じながら002の姿勢を起こした。貫通弾投下までのカウントダウンは100秒を切っていた。

 左右のレバーとフットペダルを操作し、バーニアを吹かしながらジャンプする。

 3回ジャンプすれば、カプセルに届くだろう。

 続けて2回目のジャンプ。田沼は思いっきりフットペダルを踏み込んだ。バーニア全開。

 「?」

 ヘルメット越しにも聞こえていたバーニアの音が急にやんだ。

 次の瞬間、002は急にバランスを崩し、地面に落下した。

 シートベルトをしていなかった田沼は、座席前のモニターに思いっきり頭部をぶつけた。ヘルメットがなければ気を失っていただろう。

 「くそ!これだからこの機体は!」

 田沼は全周囲モニターが切れ非常照明になった薄暗いコクピットで、ヘルメットがぶつかってひび割れたシート前のモニターを拳で力一杯殴りつけた。

 そもそもBM-002は、NCBMの開発が頓挫したことによって急遽旧型をアップデートしたものにすぎず、根本的な問題は解決していないのだ。

 貫通弾投下まで時間は40秒を切っていた。脱出してあがくより、ここにいよう。田沼は覚悟を決めた。

 「ハッチあけてください」

 コクピットに振動が伝わり、すぐに無線が入った。2番機の大下だった。

 「もう時間がないぞ」

 そう言いながら、田沼は緊急レバーでコクピットのハッチを吹き飛ばした。

 「もしものことを考えて、カプセルとの中間地点で待機していました」

 田沼の前にハッチを開いたコクピットに座る大下の姿が迫った。

 「まだ動くのか?」

 田沼はそう言いながら、自分のコクピットから2番機のコクピットに飛び移った。コクピット内が薄暗い。すぐに全周囲モニターが切れていることに気付いた。

 「ジャンプします。つかまってください」

 田沼はシートバックをつかむ腕に力を入れた。

 「モニターのGPUの負担が...」

 大下の声が田沼のヘルメットの中で響いたが、ジャンプの加速と開いたハッチから吹き込む風の衝撃で、その先の言葉は田沼の頭には入ってこない。

 カプセルに向かう002の後方で、NCBMのコクピットが静かに閉じていくことに田沼は気づかなかった。

 そして貫通弾がシャフトに吸い込まれるように着弾する。

 その直後、シャフト周辺がゆっくりと盛り上がると、中央から空に向かって閃光が走り、炎とともに赤黒い煙が噴き出した。煙と砂塵が視界をなくす。そしてその後視界が戻ると、シャフトは消え、その周囲は広く陥没していた。

 それ以降、シャフトからケルベロスが現れることはなかった。



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