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安堵


岐阜県揖斐川町上空

 「前方5キロ、ケルベロス捕捉」

 大型輸送機は梅原、水瀬、そして古川のNCBMを積んで岐阜県揖斐川町の上空を飛んでいた。

 「梅原、水瀬、古川の順で射出します。準備はいいですか?」

 輸送機の通信席に座る上田がヘッドセットのマイクに手を添えながら言う。

 「梅原機、大丈夫です」

 「水瀬機、大丈夫です」

 「古川機、準備完了」

 「ゲートオープン。梅原機、射出カウントダウン、10。5秒後、水瀬機。さらに5秒後古川機」

 梅原はヘルメット内に伝わるカウントダウンをじっと目を瞑って聞いていた。

 「2、1、射出」

 梅原が目を開くと同時に体がシートバックに押し付けられた。

 すぐに地面を覆う木々が目の前に迫ってくる。

 降下用スラスターが作動し、減速と姿勢制御を行う。

 何度もシミュレーターでやったことだった。違うのは思いのほかGがかかる事だった。

 最終減速。梅原は左右のフットペダルを踏み込んだ。

 着地と同時に背中の降下用スラスターが排除された。

 「梅原君、ケルベロスの位置はわかる?」

 着地を待って、上田からの無線が入った。

 「モニターで確認できます」

 「水瀬、着地完了。梅原機とケルベロス位置確認」

 すぐに水瀬からの無線が聞こえた。

 「こちら古川、すべての位置の確認出来ている」

 古川も着地が完了した。

 「梅原君、いいよ。行って!」

 「はい」

 梅原はNCBMを前方のケルベロスの方向に大きくジャンプさせた。

 続いて水瀬が低いジャンプで梅原に続く。

 古川は梅原と水瀬の位置を確認しながら一定の距離を取り、同じように低いジャンプを繰り返した。

 「行くよ。いい?」

 梅原が水瀬に言う。

 「はい」

 水瀬の返事を確認して、梅原は機体をジャンプさせるとフットペダルを思いっきり踏み込んだ。機体の上昇にともなって全周囲モニターの下にケルベロスが見える。梅原の動きを感知したケルベロスはすでに次の行動に移っていた。頭上を通り過ぎた梅原に向かって右腕を振り上げながら飛び上がる。同時に水瀬の機体もジャンプし、エイムの姿勢制御に移った。

 ドウッ!

 梅原の機体が着地すると同時に背後でケルベロスが霧散した。

 「ケルベロス消滅確認。お疲れ様、すぐに回収に向かいます」

 上田の声を聞いて、梅原も水瀬もホッとして力を抜いた。

 後方で一部始終を見ていた古川は、見慣れた基本的な戦闘パターンだったが、それを少し前までは一般人だった高校生がやってのけたことに重ねて、先日篠原に言われたことを思い出した。

 上田がNCBMの回収地点を確認していると、急に索敵モニターのアラームが鳴り出した。

 モニターに目をやった上田は青ざめた。

 「水瀬さん、すぐ後ろ逃げて!」

 自機のアラートに気付いた水瀬は、上田の無線と同時に機体を右に滑らせていた。しかし、その直後大きな衝撃とともに水瀬のNCBMは地面に仰向けに倒れ込んだ。

 突然現れたケルベロスが、水瀬の機体の両足を鋭い爪で切断したのだ。とっさによけていなければ、コクピットを直撃していただろう。

 NCBMのパイロット用スーツは、耐熱、耐薬品、耐衝撃などパイロットを保護する機能が備えられていた。中でも耐衝撃性は最も重要で、いくらコクピットのシートを支えるアームがNCBMの素早い動きを干渉すると言っても、専用スーツがなければシートベルトによって骨折したり、最悪の場合内臓破裂の危険性があった。

 NCBMのコクピットは機体が倒れ込む程度の衝撃には全く問題なかったが、水瀬にとって実戦での初めてのその衝撃は大きな恐怖だった。

 その直後、水瀬は気を失った。

 「水瀬さん、大丈夫?」

 梅原の声に水瀬の返事はない。

 「どこから出た?」

 古川が周囲を索敵する。

 背の高い杉の木とクマザサが密集する山奥である。その中に隠れていた可能性があった。

 ケルベロスは水瀬の機体にとどめを刺そうと、飛び上がりながら右手を大きく振り上げた。

 「撃ちます!」

 梅原は機体をジャンプさせ視界を確保すると、ケルベロスに向けライフルのトリガーを引いた。

 梅原のエイムは確実にケルベロスを捉えていた。しかし、ケルベロスはそれを予測したかのように銃弾が届くときにその位置にはいなかった。

 ケルベロスを見失った梅原は、同じ位置に留まらないようにとっさに機体をジャンプさせた。しかし瞬時に梅原の機体の背後に回ったケルベロスは梅原に襲いかかった。

 その動きを後方で追っていた古川は自分の機体を軽く跳び上がらせるとトリガーを引いた。

 鈍い衝撃音とともにケルベロスは梅原の機体の直前で霧散した。

 「ケルベロス消滅確認」

 上田の声がヘルメットに届く。

 「水瀬さん!」

 梅原は水瀬の機体に向かって走り出した。

 「まだいるかもしれない。注意して」

 上田の緊張した声が響く。

 「梅原、一箇所に固まると危険だ、離れろ」

 古川の指示を無視して、梅原は水瀬の機体にたどり着いた。

 「仕方ないか」

 古川はそう言うと自分の機体をやや後方にジャンプさせ、梅原の周囲の視野を広げるとケルベロスの急な襲来に備えた。

 梅原は膝をついて自分の機体を安定させ、コクピットを水瀬の機体に近づけるとハッチを開いた。そのまま水瀬のコクピット部分に飛び移り、ハッチ横のパネルに緊急用コードを入力した。

 軽い爆発音とともに外装のハッチが飛び、少ししてコクピットのゲートが開いた。

 「水瀬さん」

 梅原はコクピットに入ると、仰向けにシートに固定された水瀬のシートベルトを外した。

 「水瀬さん」

 梅原の声に反応して、水瀬の体がわずかに動いた。

 バイザー越しに水瀬のまぶたが開くのが確認できた。

 「大丈夫?」

 「ああ、梅原くんだ」

 水瀬は右手を動かすと、ゆっくりと梅原のヘルメットに触った。

 「来てくれたんだ。ありがとう」

 ひとりだったコクピットがひとりではない事に、水瀬は少しの恥ずかしさと大きな安堵を感じていた。



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