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バイオマシンの外科医


2085年7月 滋賀県山間部 統合軍NCBM訓練施設格納庫

 格納庫の扉が大きく開かれると、ストレッチャーで運ばれる患者のようにトレーラーの上で仰向けになったNCBMが牽引車に引かれて入ってきた。

 「ダミードローンの事故だ。左肘関節から欠損および右足膝関節から欠損!」

 整備主任の井桁靖志が牽引車から飛び降りると大きな声で言った。

 「大森!腕の交換やってみろ!出来るな」

 井桁がトレーラーに向かって走ってきた新人整備士の大森久実子に言うと、大森は『はい!』と大きな返事を返した。

 オイルで汚れたつなぎを着た大森は、そんなに長くない髪を後で結んでおり、丸いフレームの眼鏡をかけていた。

 「大森!つなぎが汚れたらすぐに着替えろって言ってるだろ。着替えて来い!」

 「はい。すみません」

 大森は直前まで他の機体の重整備をしていたので、着替える時間がなかったのは仕方のないことだった。しかしそれでも井桁にとっては許せることではなかった。

 『ちゃんとした整備をしていれば、つなぎは汚れるものじゃない。つなぎを汚すのは整備がへたくそだと思え』これが井桁の口癖だった。

 大森は女性用のロッカールームに行くと大きな鏡に映る自分の姿を見た。つなぎの右肩からおなかにかけてオイルがべっとりと付いていた。オイルが抜けきっていないのに慌てて配管を抜いたことで、残っているオイルを浴びたのだった。

 「確かに、まだまだへたくそだ」

 大森はそう言うと汚れたつなぎを脱ぎ、ロッカーから出した新しいつなぎに着替えた。

 井桁の言うことは、大森には十分理解出来た。

 大森は一時期外科医を目指しており、手術室での研修まで進んでいた。その研修で教授が言っていたのが、『出血で術野を汚すのは手術が下手な証拠だ』だった。外科というのは、出血におびえず果敢にメスをふるうなんてイメージがあるかもしれないが、実際には高周波を使った手術器具の進化やAIによる手術の支援により出血をさせることなく手術を進めることが可能だった。まさしく、出血させるのは血管の走行がわかっていなかったり器具の操作が下手で誤って血管を傷つけたときくらいなのだ。

 そんな教授の言葉を何度も聞いていたので、この施設に来て整備主任の井桁から、『つなぎを汚すな』と怒られてもその意味することがよくわかったのだった。

 バイオマシンは多くのパーツが生体として成り立っているので、大森にとって過去に学んだ医療の知識はここに来ても無駄にならないどころか十二分に役立っていた。


 着替えが終わった大森がNCBMに戻ると、左腕周囲の装甲がクレーンを使って他のスタッフによって外されていた。

 「作業にかかります!」

 インカムをつけた大森は井桁に声をかけるとすぐに作業にかかった。

 左腕は肘関節で切断されていた。関節部分は変形して使い物にならないので、上腕の中央で切断し、新しい腕と交換することにした。

 「上腕中央ゼロ位置で切断、接合します」

 大森が井桁に向かって伝えると、井桁は親指を立てGOサインを送った。

 それを確認した大森は近くの壁に設置してあるインターフォンに向かうと、受話器を取り内線の番号を押した。

 「3番作業台、大森です。左腕上腕中央ゼロ位置をお願いします」

 四肢の場合、交換する箇所がいくつか決まっており、交換箇所を指定すれば組織培養で生成され冷凍保存されているパーツが、解凍後運び出される仕組みになっていた。

 大森はすぐにNCBMに戻ると交換に向けた作業を開始した。

 まず、ハンドガンのような形をした高周波メスを使い人工皮膚を上腕の中央で腕を1周するように切開していく。切開と同時に組織間を満たす還流液がわずかに漏れてくる。

 全周の切開が終わったところで開創器を使い皮膚を広げ、その下の筋肉組織を見やすくする。ふたたび高周波メスで今度は筋肉を切断していく。途中数本の還流液のラインがあるが、近位側でバルブが閉じているので切断しても還流液の漏出はない。筋肉をすべて切断すると最後に見えるのは軽量有機超合金の骨格だ。その周囲は生体の骨膜のようなものが覆っており、表面にはいくつかの神経伝達繊維の束が骨格に沿って縦走していた。

 高周波メスの出力を抑え、膜と同時に神経繊維の束を切断していく。次に出力を最大にし、骨格を切断する。

 すべての切断作業が完了した頃、交換する腕が大きな運搬用トレーに載って運ばれてきた。

 運搬用のトレーは高さ角度等の調整が細かく出来るようになっており、大森はパネルを操作して腕の接合のための位置合わせの行程に移った。骨格には位置合わせのために印がついており、それにしっかりと合わせれば腕が曲がって付くなんてことはなかった。

 位置合わせが完了するともう一度トレーを操作し、接合面の間隔を10センチ空けた。この間隔の中で新しい腕を繋げていくのだ。

 切断に使った時の高周波メスに似た形の骨格接合用の器械に持ち替え、骨格用の生体接着剤を機体側と腕側の接合面に吹き付ける。接合面が合わされば、すぐに反応が起き10分ほどで実用強度になる。生体接着剤には活性細胞と有機超合金の結晶が含まれており、生体が傷を修復するような反応で、強度を損なうことなく完全につなぐことができるのだった。

 さらに軟部接着用の器械に持ち変えると、伸縮性のある還流液のラインを引っ張り出して接着していく。そして少し細目のリターン側のラインも同じようにつないだ。生体での動脈と静脈だ。

 大森は接合部から顔を上げると、ずれた眼鏡の位置を直し大きく深呼吸をした。これからが大変な行程だ。切断面に露出したいくつもの神経伝達繊維の束と筋繊維の束を接合用の新しい腕のそれと正確につなぎ合わせなくてはいけない。一つでも接合箇所を間違えると、正確な腕の動きができなくなるのだ。

 大森はまず、ひとつの神経伝達繊維の束の断面に接着用器械の先を当てトリガーを引いた。そしてトリガーを引いたまま断面から先を離すと、生体接着剤が糸を引いたようになり、すぐに対応する新しい腕の神経伝達繊維の束の断面にその先を当て、接着剤がつながるようにした。これをすべての神経伝達繊維の束と筋繊維の束に行っていく。これは接合場所の位置決めを行っているようなものだった。

 大森はBMのどの組織でも完全にイメージできるくらい解剖の知識を持っていた。しかし、それを実際の作業で生かせるには、まだまだ経験が浅かった。胸元に汗が伝うのを何度も感じながら大森はそれぞれの対応する断面に生体接着剤を何度も何度も往復させた。

 すべての筋繊維の接着を終えると、大森は別の器械に持ち替えそのトリガーを引いた。器械の先端からはスプレー状に抗感染物質が含まれた培養促進剤が噴き出し、それを接合部分にまんべんなく吹き付けた。

 「よし・・・」

 大森は接合面で橋渡しされる何十本もの糸状の接着剤をもう一度確認すると、腕の載ったトレーのスイッチを押した。

 トレーがゆっくりと動き出し、接合面の隙間をなくしてゆく。それに合わせて、糸状の接着剤は太くなり、やがてトレーの動きが止まると同時に全ての筋肉繊維、神経繊維がつながった。

 そして最後にもう一度軟部接着用の器械に持ち替えると、皮膚を全周にわたって接着した。

 ふぅ...。

 大森は大きく息を吐いた後、額の汗を腰につけたタオルで拭うと、すぐに周囲に散らかった器械を片付け始めた。そしてすべての器械がそろっていることを確認して、コクピットで作業をしている井桁に向かって言った。

 「腕の交換終了しました。確認お願いします」

 「結構早かったな。すぐ確認する」

 井桁はそう言うと、端末を操作し始めた。

 大森は深呼吸をすると、接合した腕の皮膚の合わせ目をみた。線状になっていた接合部が徐々に消えていくのがわかった。急速に組織の反応が進み傷を癒していくようだった。

 『戦闘が激しくなったら、これを戦場でやることになるのかなぁ』

 大森は自分が前線に行くなんてことは全く想像できなかったが、学生の頃の救急実習の現場のことと少し重ねていた。

 「大森!完璧だ。よくやった」

 大森がコクピットを振り返ると、コクピットから上半身を乗り出した井桁が親指を立ててにこっと笑った。

 「よし、その調子で、足の交換も頼む!」

 「え?!」

 大森は呆然としながら、まずは汗で濡れたつなぎを着替えようと思った。




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