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魔のクリスマス


2083年12月 オーストラリア

 真夏の強い日差しが覆うオーストラリア。

 ずんぐりとした胴体のVTOL型大型輸送機が、アリススプリングス北部の砂漠地帯上空を埋め尽くしていた。その数は100機以上。

 胴体の中にはそれぞれ10機の巨大なヒト型兵器、バイオマシン(BM-001)が収納されている。

 「今回の作戦には、人類の命運がかかっている」

 数百キロ離れた地上のキャンベラ臨時作戦本部より、すべての輸送機に無線が入った。

 「本作戦は、日本部隊とオーストラリア部隊との共同戦線である。まずBM-001降下によりシャフト周囲のケルベロスの排除。次いで、自然落下による貫通弾で地下よりシャフトの破壊を行う。シャフト破壊後は地上に残ったケルベロスの殲滅である。それでは、最高のクリスマスを迎えよう!以上!」

 「時計合わせ、10秒前!」

 指揮機からの無線が飛ぶ。

 「5、4、3、2、1、今!」

 BM-001のコクピットにいる石津は、座席前のモニターの下にあるキーボードをたたいた。

 モニターの隅のカウントが一瞬0に戻り、再び時を刻み始める。

 「作戦開始!」

 「射出ゲート、オープン」

 輸送機の側面にある左右それぞれ5つのゲートがゆっくりと開き始めた。中に立ったままで固定されたBM-001が姿を現す。同時にコクピット内の全周囲モニターが外の映像を映し出した。

 石津はこれから自分たちが向かおうとしている地表をモニター越しに見た。

 そこには無数の黒くうごめくものがあった。

 「この高さで、無倍率で確認できるとは。やはりでかいな」

 石津は覚悟を決めた。

 「001石津小隊、準備よろし?」

 オペレーターから無線が入る。

 「我々石津小隊5名は地表到達後、シャフト8時の方向より貫通弾落下の援護を行う。遅れるな!」

 「了解!」

 「石津小隊5機、準備よし」

 「ロック解除、ご武運を」

 ロック解除の振動が機体に伝わる。同時に一瞬体がシートバックに押し付けられ輸送機から射出されると、全周囲モニターには青い空が広がった。

 周囲の景色にあまり変化はないが、落下速度はかなりのものだ。

 時折、バーニアの音が小さく聞こえる。すべてオートでやってくれるBM-001の姿勢制御は問題なく作動していた。

 他の輸送機からも次々とBM-001が射出されていく。

 「ウヒョ~、すごい数だ。これだけそろえば、なんとかなりますよね、隊長」

 2番機の佐藤だった。

 「落下中だ、高度計に集中しろ」

 石津が注意する。

 「了解」

 そうは言ったものの、石津自身も佐藤と同じことを思っていた。しかし、物思いに耽っている時間はない。

 「高度500、減速スラスター点火」

 ドウッ!

 体がシート座面に押し付けられる。BM-001の背中にしょった減速用のスラスターが作動したのだ。これによって、通常のジャンプと同じほどの衝撃で地表に降りることが出来る。

 「10、9、8、7...」

 石津は足もとのペダルを踏んだ。機体の姿勢制御用バーニアが噴射され、最終減速。同時に背中の落下用スラスターが解除され、機体から離れた。

 着地。

 左右の操縦レバーを前に倒し、最高速度で前進。小隊のほかの4機も同様に続いた。

 BM-001の操縦は思うほど難しくはなかった。それはテレビゲームの操作に似ていた。基本的な姿勢などの制御はコンピューターがすべてやってくれて、ゲームのコントローラーを操作するように、機体の操作に合ったレバーやベダルを動かすだけでよかった。

 「前方500メートル、シャフト確認。周囲のケルベロス1000以上」

 探査機能を備えた5番機の山本の声がヘルメット内に響いた。

 「核入りの貫通弾を阻止されるとシャフトの破壊ができなくなる。できるだけケルベロスの数を減らす」  

 石津が言い終わると、すぐに山本が叫んだ。

「シャフトよりさらに多数のケルベロス出現」

 地表にぽっかりと開いた直径200メートルほどの深さのわからない巨大な縦穴は、4つ足の巨大生物〜ケルベロスの排出場所だ。その穴を塞ぐための大量の貫通弾を持った飛行部隊が上空で待機していた。

 「ケルベロス、来るぞ!続け!」

 石津は無線でそう言うと、左右のレバーを前に押し込みフットペダルを床まで踏み込んだ。機体背中に取り付けられたバーニアが噴射され、BM-001はジャンプと同時に一気に加速した。

 全周囲モニターには地表の砂煙と、時折そこから飛び出すいくつものBM-001の姿が映し出されていた。すべての機体が戦闘態勢に入った。

 穴から無数に出現するケルベロス。この穴を塞ぐことができなければ、オーストラリアからも他の大陸のように人類がいなくなってしまう。BM-001は人類の未来を懸けた最後の希望だった。

 石津たちの周囲に砂煙が近づくと同時にその中から黒い物体がいくつも飛び出してきた。ケルベロスだ。

 「散開、各個撃破せよ」

 石津はそう叫ぶと、左右レバーを操作し、BM-001の持つ100ミリライフルの照準を合わせ右レバーのトリガーを引いた。

 ドウッ!

 ケルベロスの右胸にあたった炸裂弾が爆発し、直後にケルベロスは霧散した。

 ケルベロスには死骸が存在しない。撃墜と同時に霧が晴れるように消滅するのだ。

 さらに飛びかかってくるケルベロスにライフルを撃ち続ける。

 「速いな」

 想像以上のケルベロスの動きの速さに、石津は恐怖を感じた。

 なんとか弾が当たっているものの、石津が照準を合わせた場所からは大きくずれていた。

 巨大な穴の周囲では、1000機以上のBM-001が戦っていた。

 時折、砂塵の中で爆発が起こる。BM-001がケルベロスに破壊されたのだ。

 無限にわいてくるように感じるケルベロスを狩っていく。

 ライフルの銃身がかなり赤くなって来ている。少し冷やさなければと思うが、休む余裕はなかった。

 しかし、このペースで倒していけば、じきにシャフトの周囲のケルベロスの脅威はなくなるだろう。

 石津はライフルを撃ちながら、時折全周囲モニターに表示される小隊の識別信号を確認する。みんな付いて来ている。

 「逃がした!隊長機の右です」

 3番機の田原から無線が入る。

 石津のコクピットにアラームが鳴るのと同時に、石津はレバーを操作して向かってくるケルベロスをとらえた。

 射撃。

 ほぼ正面なので外れるはずがなかった。しかし、打った瞬間にケルベロスは上にジャンプし、至近距離の弾丸を回避していた。

 ケルベロスの鋭い爪が石津の機体に迫る。

 ケルベロスの爪の破壊力は凄まじいものだった。ひと突きでBM-001の装甲は貫通される。周囲で時折起こる爆発は、そうやって動力源を破壊されたからだった。

 とっさに石津はバーニアを全開にし左によけた。ケルベロスの爪が地面に刺さる。

 ドウッ。一瞬動きを止めたケルベロスの頭部に炸裂弾が打ち込まれ、同時に霧散した。

 2番機の佐藤だった。

 「佐藤、助かった」

 石津は機体を立て直しながらいった。

 「隊長、自分が逃したせいで、申し訳ありません」

 3番機の田原の悲痛な声がヘルメットに響いた。

 「まだ来るぞ!戦闘に集中しろ!」

 「了解」

 逃したのは田原のミスではない。ケルベロスの動きが速くなってる?

 石津、いや、BM-001のパイロット全員がそう感じていたのではないのか。

 戦闘開始時に比べると、リロードの間隔が短くなって弾丸の消費が激しくなって来ていた。それは敵を倒すペースがあがったのではなく、敵を逃す弾丸が多くなっていることを意味した。

 「弾倉が残り少なくなっています」

 4番機の堀田だ。索敵の情報を各機に送る5番機をサポートしながらの戦闘なので、弾の消費が最も速い。

 「弾倉の補充要請。すぐにドロップされます」

 5番機の山本が上空で待機している飛行部隊に要請を送った。

 その間にもケルベロスは次々に襲いかかってくる。

 「堀田と田原は2機で山本のサポートに付け。敵の動きが速くなっている。止まるな。動け!」

 「コンテナドロップ!位置送ります」

 山本の声がすると同時にモニターに弾倉のコンテナの方向と距離が表示された。

 石津は最後の弾倉を装着すると、ペダルを踏み込みコンテナに向かってジャンプした。2番機もそれに続いた。

 「コンテナに多数のケルベロスが集まって来ています」

 先に到着した山本からだった。

 2度目のジャンプをした石津は、上空でコンテナに群れるケルベロスを確認した。機体を制御し射線からコンテナをずらしトリガーを引く。

 コンテナに気を取られていたケルベロスは簡単に霧散した。

 他のケルベロスが目標を石津の機体に代え、次々とジャンプした。

 石津は機体を後退させ、ライフルのトリガーを引く。

 「反応が遅い」

 なんとかケルベロスをしとめているものの、機体の操作に時折ラグが出るのに苛立った。

 2匹のケルベロスが同時に石津に襲いかかる。

 「左を!」

 石津はとっさに左のケルベロスを撃つ。同時に右のケルベロスが霧散した。2番機の佐藤だった。

 「堀田、田原、山本、補給完了」

 無線が入ると3機のライフルが石津と佐藤の機体に向かおうとするケルベロスを霧散させた。

 石津と佐藤もコンテナから弾倉を補充する。

 「シャフトから多数のケルベロスが出現している模様」

 「きりがないな。しかしここで数を減らさないと、穴を塞ぐことができん」

 石津は山本からの無線を聞きながら、いらだつ気持ちをなんとか抑えようとした。

 周囲を見渡すと、狼煙のような黒い煙がいくつも空に向かっていた。時折閃光とともに大きな爆発が起こる。BM-001が1機にしては爆発の規模が大きい。

 「集団でやられているのか?」

 石津はよくないことが起こっているような不安に駆られた。

 「どーしたんだ?」

 5番機の山本が独り言のように言ったのが無線に流れた。

 「何かあったのか?」

 石津が聞き返す。

 「司令部が混乱しているようです」

 山本の機体には司令部の回線が流れるようになっていた。

 「熱暴走とか、フリーズとか言っています」

 石津は全周囲モニターを見回した。やはり大きな爆発があちこちで起こっている。この爆発に関係していることは間違いなさそうだった。

 「あ、緊急通信です」

 山本がやや大きな声で言った。

 「作戦、フェーズ2に移行。弾頭投下まで、30秒」

 「予定より早くないか?まだ、穴の周囲にケルベロスが大量に残っているぞ!」

 佐藤が山本に聞き返したが、山本はそれには応えず索敵の情報を伝える。

 「2時方向5体のケルベロス、こちらに気付き向かってきます」

 「穴に向かわなければ好都合だ。このままやつらを引き連れて退避だ。急げ!爆風に巻き込まれるぞ」

 「了解」

 石津はバーニアを最大に吹かし、巨大な穴から離れるために大きくジャンプした。それに山本の5番機が続く。

 「2番機システムダウン。動きません」

 佐藤の慌てた声が石津のヘルメット内に届いた。

 「4番機、システムフリーズ。操作受け付けません。強制再起動」

 「3番機もダウン。再起動しません」

 石津は着地と同時に機体を反転させ、救助に向かうために再びバーニアを全開にした。その直後、石津の向かおうとしている方向でほぼ同時に3つの爆発が起こった。

 石津のモニターから2、3、4番機の識別信号が消えた。

 「くそっ」

 3匹のケルベロスが石津の機体に向かう。石津はその1匹に瞬時に狙いを付けるとトリガーを引いた。

 霧散。続いて2匹目。

 次のターゲットを補足するためにフットペダルを踏み込み制御する。

 「?」

 機体が加速した直後、石津のBM-001はバランスを崩し左肩から地面に倒れ込んだ。

 「どーしたんだ?」

 衝撃の中、石津はなんとか意識を保った。

 モニターは既に死んでいて、コクピット内は真っ暗だった。

 周囲で炸裂弾の音がした。

 「大丈夫ですか?」

 暗闇の中、山本の声が響いた。追いついた山本がケルベロスを叩いてくれたようだった。

 「貫通弾が投下されたようですが、やはりケルベロスに阻止されました。作戦失敗です」

 「なんだって」

 「撤退命令が出ました。脱出ポッドの投下が始まっています。動かないようならこちらに移ってください」

 反応のないBM-001に残っていても意味はない。石津は緊急レバーを引きコクピットのゲートを飛ばした。

 コクピット内に光が差し込むと、すぐにヘルメットのバイザーが反応し遮光する。同時に外気の熱風が吹き込んだ。視界が戻るとゲートを開いたコクピットから手をのばす山本の姿があった。

 「急いでください。ケルベロスが迫っています」

 石津は5号機のコクピットに飛び移ると、山本の操縦の邪魔にならないようにシートの後ろに移動した。

 「このまま脱出ポッドまで走ります」

 山本はコクピットのゲートが開いたままレバーを操作した。

 「本部の混乱は相当なもののようです。ほとんどの機体がシステム異常で操縦不能となり破壊されています。脱出ポッドが投下されてもどれだけ戻れるか」

 「この機体は大丈夫なのか?」

 「ご覧のようにモニターが死んでいます」

 山本がコクピットを開いたまま操縦している意味が理解できた。

 「本部のやり取りを聞いていると、どうやらCPUの熱暴走のようです。BM-001のコントロール系に凄まじい負荷がかかっているのだと思います」

 シート前の索敵用の小さなモニターのアラームが鳴る。進行方向にいるケルベロスの集団がこちらに気付いたようだ。

 「この機体のように索敵用の装備を積んでいると、CPUの冷却システムが強化されているので、多少システムダウンがおきにくいのかもしれません。しかし、それもいつまで保つか」

 前方にケルベロスが5体確認できた。赤い目が不気味に光った。

 「脱出ポッドまであと少しです。前方のケルベロスをジャンプします。つかまってください!」

 石津は山本の座るシートバックのステーを持つ手に力を入れ加速に備えた。

 5号機との距離を詰めたケルベロスが襲いかかる。

 山本は左右のレバーを前に倒し、フットペダルを思いっきり踏みつけた。石津の体が床に押し付けられる。機体は4匹のケルベロスの頭上を大きく超えた。しかし1匹は確実に5号機の高度を捉えていた。

 山本がライフルのトリガーを引く。照準なしでは当たるはずがない。ライフルから吐き出された薬莢が、熱風とともに開いたコクピットの正面を流れていき、その背後からケルベロスの右腕が迫った。

 とっさに山本は左のレバーをひねり機体を左にロールさせた。

 ドウッ!

 コクピットが衝撃で大きく揺れた。

 襲いかかったケルベロスは、5号機の右腕を上腕部の途中から切断し後方へと流れていった。

 切断面から一瞬白い還流液が噴き出したがすぐに止まった。緊急閉鎖弁が作動したのだ。

 この衝撃で石津の体は掴んでいたシートバックから離れ、消えた全周囲モニターに左肩を強打していた。

 強烈な痛みが石津を襲う。こりゃ折れたなと、石津は薄れ行く意識の中で思った。

 


 のちにこのオーストラリアでの壊滅的な敗戦は、『魔のクリスマス』と呼ばれることとなる。




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